おーぷにんぐむーびー
「で、『定着できていない魂』と入れ替わる・・とか言っていたな。」
爺さんの目的を確認する。
「そうじゃよ。」
「『定着できそうもない魂』をそもそも転生させなければいいんじゃね?」
瞬間的に浮かんだ根本的なことを聞いてみる。
「ぶっ・・・カッカッカッカ。そういう発想が出てくるかの。それはワシに言っても始まらんよ。ワシはあくまで『定着できていない魂』を入れ替えるだけの『存在』じゃ。転生をつかさどっておるわけでもない。転生の段階ではそれは分からんことなのかもしれんしのう。まあこの方法をとっている以上、『必要なこと』なんじゃろう。」
そう来るか・・。まあ、管轄外の事なら四の五の言ってもしょうがないのかもな。
自分にも覚えがあるが、管轄外の事で色々言われるのはかなり堪えるし。
「で、入れ替わったとして、どんな世界なんだ・・?そこは。」
今の生活が特別に満ち足りているわけではない。むしろ飽き飽きしてきている。違う世界にいけるというのは、それが本当か嘘かはともかくとして興味がある。
「まあ色々説明しても良いのじゃが、これを見たほうが話は早かろうて。」
どこからともなく小さな冊子のようなものを取り出す。
「それは・・?」
「前に来た人物は、『おーぷにんぐむーびー』とか言っておったな。」
「なんだそりゃ。」
見れば分かる、と言うのならば見たほうが話は早いだろう。開き直るかのような気分でその小さな冊子を受け取った。なぜこれは受け取れるのか、少し疑問に感じつつも、ぱらり、と開いた。
突然、視界が開けた。
広い野原に俺は立ちすくんでいた。
草原の匂いが鼻を 擽り、気持ちよい風が肌にあたる。
空にはひとつの太陽と、太陽が出ているにもかかわらず存在を主張する緑色の 衛星。始めて見る光景にもかかわらず、その衛星が月だということが分かる。
遠くに見えるヨーロッパ風の城。その城が『学園都市ルーミル』であることを『俺』は知っていた。冒険者になるためには必須の都市。
中程度の都市で孤児として 成人まで育てられた『俺』には、将来についてあまり選択肢がない。そのうえ、そこで出世できる余地もほとんどない。あるとしたら、『冒険者』しか存在しない。
この世界では『戦闘』できないものには『魔素』を取り込む機会が少なく、そのため『成長』が遅い。そのため『戦闘』で『魔物』を倒す事で『魔素』を吸収できる『冒険者』は人気の職種だ。
その昔、むやみやたらに冒険者を名乗る人物が増え、急激に死亡率が上がり、それに伴って『魔物』の活動が活発になったこともあり、今では『冒険者』になるには学園都市で専門の勉強をして、卒業資格としてもらうか、それに準じた専門の施設での『認定』を受ける必要がある。
学園に入ることは難しくない。むしろやや推奨されている。
学園都市の出張機関である『学校』にてそこそこ優秀な成績を採った俺は『推薦状』ももらっている。奨学金として入学料金や授業料が免除になるこの『推薦状』の意義は大きい。
学園都市の入学は4月と10月に限られているため、4月入学のため学園都市を目指している最中だ。
・・・そこまで見て突然、意識が戻る。
手に持っていたはずの冊子はいつの間にか消えていた。
「・・・なるほど・・・たしかに、オープニングムービーと言うのは言い得て妙かもしれない・・・。ムービーにしてはリアル感が尋常ではないけれど。」
「入れ替わる予定の人物の記憶じゃし、その『おーぷにんぐむーびー』なるものをワシは知らんが、どうやら比較対象としては適切ではなさそうじゃの。」
ここまでできる技術なんて聞いたこともない。ずいぶん疑っていたが、この爺さんが『魂の管理人』というのはあるいは本当かもしれない。
「それで、入れ替わったとして、こいつは俺の世界でうまくやっていけるのか?」
「お前さんよりはよほどな。心配せずとも、今のお前さんも体験したから分かるじゃろうが、『その世界の知識や常識』といったものは元の体の知識が問題なく利用できるし、お前さんが問題なく暮らせていたのと同様に生活していけるじゃろうよ。」
ここまで聞いて、俺は入れ替わるのも悪くないと思っていた。
むしろ、やる事がなく退屈な『今』よりもよほど充実した生活が送れそうだ、と喜んでもいた。
「ふむ、やはりこれを見せると違うの。ずいぶんとその気になってきたようじゃな。」
「ああ、それを見せられてはな。さすがに信じざるを得ないかな。」
「よきかな、よきかな。とはいえ、今のまま向こうの世界の人物と入れ替わるのもな。これほど恵まれた世界から、向こうに行ったのではさほど長くは持たん。それはあまりこちらにとっても望ましくない。そこで、『ぼーなすぽいんと』をプレゼントしておるのじゃが、おぬし、必要かの?」
さすがに新しい世界ですぐお亡くなりは面白くないし、ボーナスポイントをもらえるというのに拒む理由もない。
「もちろんもらうぜ。しかし、ずいぶん数値的だな。」
「ずいぶん昔は『概念』として説明しておったのじゃがな、『数値』に対しての理解度が深まるにつれ、分かりにくいということで不評だったのじゃよ。今ではこうやって数値として表示した方が分かりやすいということでな。」
俺の目の前にはさっきまでなかったはずの『16』と言う数値が踊っていた。
「何にどうやったら使えるかとか、知りたいんだが?」
「うむ、用意してあるぞ、前に来たもの曰く『とりあつかいせつめいしょ』とやらじゃ。」
また冊子を取り出す爺。すこし笑ってしまった。
前にきた、という人物はどうやらかなりのゲーマーらしいが、目的に関して分かりやすいという意味ではセンスがいい。
「しかし、なぜに16?なんだ?」
気になっていた疑問をぶつける。
「それもなあ、もともとは15じゃったんじゃが、前回に来た人物がのう、16がいいと強弁してなぁ。何でも2でも8でも16でもきりが良く表現できるとかなんとか。」
どうやら、前に来た人物は相当なゲーマー、そうでなければゲーム開発か何かを担当していたようだ。
前に来た、という人物に興味を覚えつつ、その人物のいうところの、『取扱説明書』を開いた。
16と言う数値が、2でも8でも16でも表現できる、とは2進数でも8進数でも16進数でもキリがよく表現できる、という意味です。
コンピューター上では全て2進数で表現されていますが、それでは人が分かりにくいため8進数や16進数が登場します。8進数での表記は実際にはほとんど利用されませんけども・・。この手の話はプログラミングやIT関係に進むときにわりと出てきます。
16の2進数表記:10000、8進数表記:20、16進数表記:10