竜穴にて
少し意外なことに、最も怒っているのはシオンだった。
「なんなのだ、あいつは!」
シオンがテーブルを強く打ち付ける。
いつもの飯屋のいつも通される個室。防音対策が採られているとはいえ、隣の部屋まで届いているのではないか?と思うほどの音だ。
「シオンさん・・・」
おそらく最も冷静であろうミランが声をかける。
「アキラ、貴公はあれでいいのか!?冒険者にとって人の成果を横取りするなど、最も卑劣で憎むべき事だ!!学生だから、爵位があるからといって許される行為ではない!あれならば、こちらから切りかかってもよい状態だった!!!」
「そうだな・・・あれが普通であれば、そうしたかもしれないな・・・」
正直、俺だってそうしたかった。
出来るものであれば。
「ならば!!何故だ!!」
シオンの言うことは正しい。正しいことを貫こうとする彼女に少し眩しさにも似た羨望を感じてしまう。
しかし、世の中には「正しい事」が通じない場合が多々ある。
「・・・戦って、勝つ事はできただろう。」
「ならば!!」
「その後、僕らが悪者にされますね。」
俺の言葉をミランが引き継ぐ。
「・・・どういうことだ。」
シオンが睨み付ける。流石に迫力があるな。
「簡単ですよ。そうですね・・ありそうなところでは『目撃者』がでてきますかね。」
「目撃者、だと・・?」
シオンは真っ直ぐすぎて他人の悪意に気が付かないタイプだな。
仲間としては得がたい人物だが、冒険の外ではこういったフォローも必要になるか。
「ええ、私達が『卑怯にも背後から不意打ちで』攻撃した、というあたりですかね。」
「な!」
「・・ありそうな話だな。それで不名誉放校、といったところか」
ミランの話に同意する。
「それで終われば御の字と言うところですかね。」
「・・消しに来るか?」
「さぁ、そこまではなんとも。そこまでするには一応リスクはありますし。・・ただまあ、冒険者にはもうなれないでしょうね。」
ちらりと、一瞬だけノーラを見る。
ノーラだけは例外、かな。その程度の力はある貴族ということか?・・いや、婚姻の話を受ける前提で、かもしれないな。
「卑怯な・・・。」
シオンがギリギリとこぶしを握りながら、まだまだ怒りが収まらない口調で言う。
「・・出来るの?」
ルカがぼそりと言う。
「・・・言いたくはないですができると思いますよ。むしろ簡単なうちでしょう。・・こういうところであれば。」
「爵位の継承が怪しい一代爵の子息あたりに取り潰しの揺さぶりを掛ける、あるいは継承を保障すれば、簡単に出来るだろうな。他にも色々手はあるだろう。」
ミランに同意する。
「・・汚い。」
「・・そうね。こういう『権力』の使い方はやりすぎだわ。貴族の規範たるべき4大爵が取る手段ではないと思うわね。」
リーゼも同意する。
「すまないが、あまりそちらには詳しくない。4大爵はどの程度まで出来るんだ?」
アキラが孤児と言うこともあってあまり貴族やその力関係がよく分からない。
「剣の『アーラスティア』、杖の『エクティア』、弓の『レスティア』、そして本の『ファーランティア』。わが国の誇る4大爵です。」
「それぞれ大将軍、大司祭、外務長官、内務大臣を世襲してる。あえていうなら、どうしても『ファーランティア』がやや弱い。」
「軍で、医療で、外交で、とそれぞれに分かりやすい成果を出しやすい他の要職と違い、『天候や周辺状況の影響を受けやすい』内務はやや軽く見られています。新しい技術等そう簡単に出てはきませんから。」
「だから、と言うわけでもないのだろうが、ここ最近は迷宮攻略という『わかりやすい』成果を求めているらしい、とは噂に聞いている。」
ミランとノーラが交互に説明してくれる。
「だからあのボンボンが出てきてるのか。」
納得だ。
「・・どの程度の継承権があるかは知りませんが、『自分の子が迷宮を攻略した』は、確かに分かりやすい成果ですよね。」
ミランが苦笑しながら言う。
「迷宮内で魔物が爵位に気遅れするわけでもあるまいに。」
シオンがはき捨てるように言う。
確かに、それも真理ではあるな。なにより、あのパーティに探索者いなかったしな。
「とはいえ、俺のような庶民にとってあんなのに目をつけられるのはぜひとも遠慮したいところだ。・・・せめて冒険者資格を得るまでの間は、だけどな。」
「・・お断りだ。」
まだ何も言ってないのにシオンから断られた。
「アキラ、お前の言いたいことは分かっている。次の競技祭で奴らに負けろと言うんだろう?・・だがお断りだ。」
競技祭とは体育祭のようなもので、冒険者としての技能を競う、入学から3ヶ月目に当たる時期に行われる祭りだ。
その中にパーティ対向戦がある。
「・・勝ってどうする。」
「むしろ負けてどうするつもりだ。・・競技祭でまで何かしかけたりは向こうもできないだろ。」
シオン・・・やはり甘いな。勝てたとして、その後だろう。何かしてくるのは。
「・・・確実ではないが、手はある。」
「ノーラ?」
「姉さん!?」
ミランとリーゼが驚いている。なんだ?
「どんな手だ?」
尋ねる。
「まだだ。確実でもない。・・競技祭まで時間があるし、少し時間をくれないか?」
「お前を人身御供にするようなことは御免だぞ。」
釘を刺す。
ノーラが少し微笑む。
「大丈夫だ。私とてあんな奴と結婚するつもりはない。・・私も今回の件は腹に据えかねているところがあるしな。」
結局、その後はボンボンの悪口大会となった。
ずいぶんピリピリしていたシオンやルカも文句を吐き出して少し落ち着いてくれたようで少し安心だ。
俺にも何か打てる手はないかと考えながら、寮へと帰った。




