ボス登場
流石に一週間同じ入り口に入ってきているので、ある程度道や敵の出現場所も分かってきた。
今日も今まで行ってないところに向かうか。
途中、何度か魔物と戦闘をしながらも順調に進む。・・・というか、順調に進みすぎだ。
魔物にほとんど会わない。まったく会わないわけではないが、少なすぎる。
魔物はある程度決まったコースを巡回する「巡回型」と、決められた部屋に必ずいる「守備型」がいるのだが、「守備型」がまったくいない。
昨日来たときは確かにいたはずの場所にすらいない。
前に少なくとも一つのパーティがいる。どうやら行きたいところは同じようだ。
うちのパーティは地図のうち9割は換金ならぬポイントに変換しているため、地図を購入すればここまで来るのはさほど難しくないだろう。
地図は売値に反して買値は安いからなぁ。
しかし、地図を全部売るとその先に進まれて地図を先に売られてしまうかもしれない。とはいえ売り絞って手元に持つ量が多くなると別のパーティが「手元に持っている地図」を売ってしまい、ポイントを損する可能性もある。
地図の取引一つとっても難しいんだよな。
そのまま特に魔物に苦労することもなく小一時間ほど迷宮を進み、まだ行ってない道を進み始めてしばらくすると、前にパーティがいた。
なぜか道の途中で止まっている。
・・・ふむ、ここは一本道なんだよな。戻ってもいいけど、地図として埋まってないのはこの先になるんだよなぁ。
「どうする?」
シオンに尋ねる。
「戻るのにメリットがない以上、進むしかないだろう、とは思うけどな。」
「そうだな。」
学園迷宮内で何かトラブルになることもないだろう。そう思い、近寄っていく。
向こうもこちらに気づいたようだ。5人パーティか。
両手斧を持ったやや重装備の男戦士、左手に盾、右手に槍をもったどちらかと言えば軽装備の女戦士、軽装備のグノーム族の男盗賊、女性僧侶に男エルフの魔法使いとかなりバランスの取れたパーティだな。
「よう、調子はどうだい?」
右手を上げながら勤めて明るく声を掛ける。
「ああ、悪くはないよ。」
女戦士が返してくれる。てっきり男戦士がリーダかと思ったんだがな。少し意外に感じて男戦士に視線を転じると、
「チッ」
いかにも忌々しそうに男戦士が吐き捨てる。
「アス!・・すまないな、気を悪くしないでくれ。」
「さっさと行こうぜ。いつまでもいてもしょうがないだろうがよ。」
アスと呼ばれた戦士はずいぶんいらだっているようだ。しかし、いくら学園迷宮とはいえ迷宮内でこんなにイライラしているのはあまり感心しないな。
おそらく自分がリーダーでなく、自侭に振舞えないのがいやなのだろうが、「自分の望まない状況」にあるくらいでイライラする程度では力量が知れるというものだ。
「いや、気にしていないよ」
そう言ってすれ違おうとしたとき、彼らのパーティがいる側の壁から違和感を感じる。
「うん?」
「・・・気が付きおったか」
グノーム族の盗賊、確か・・・クルトだったか。同期では一番腕前の高い盗賊だから覚えている。
「何かある、な。調べていたのか」
「言わんこっちゃない、さっさと先に進んでれば良かったんだよ!こんなところでもたもたしてっから気が付かれるんだろうが!」
「・・・バカモンが、探索者としては同期の人間族じゃ一番の腕っこきだよ。ワシらがここにおらんでも気づいただろうて。」
アスが一人さらに怒鳴り散らしている。・・・多少腕前が立つのかも知れないが、こんな奴は俺ならお断りだな。
「調べてもらっても良いだろうか。・・虫の良い事を言っていると思うかもしれないが、見つけてしまった以上どうしても気になってな。しかし、どうやってもあかないしと苦労していたところだったんだ。」
「こんな奴にやらせるぐらいならクルトにさせりゃあ良いだろうが!・・おい、お前もお前だよこっちが先に見つけた以上こっちに占有権があるからさっさと引き返しやがれ!探索者の癖にリーダーなんかやってるんじゃねえよ、ボケが。」
『アス!!!』
やれやれ、迷宮内でリーダーの方針に真っ向から歯向かう上にこっちには帰れ、か。なかなか良い根性をしてやがるな。もちろん皮肉的な意味だが。
「切って良いか?」
シオンが俺にだけ聞こえるように呟く。表情が分からないので感情が読み難いルカでさえも臨戦態勢だ。
交戦は避ける、のハンドサインを返しつつ、
「見せては欲しいけどな。・・・良いのかい?」
「ワシからも頼む。ワシでは難しそうじゃ。」
アスはこれ見よがしに悪態をついているが、あまり気にしないことにして見せてもらう。
クルトが探し当てていたため、開けるための装置であろう物はすぐに分かる。・・・と言うかこれ、日本風に言うと絵合わせパズルじゃないか?
少し複雑で分かりにくいけど、コツは分かっているからな。試行錯誤することしばし、やや複雑なピースだったが合わせられた。
ゴウン・・と言う音がして壁が開く。
中はかなり広めの部屋だな。テニスコートくらいなら余裕ではいる広さだ。そこの左右に宝箱が一つずつある。
「両方ともうちのパーティのものだろ!!」
アスとやらがまだ騒いでいる。正直いい加減にして欲しいんだが。
「一個ずつ、中身が何でも恨みっこなしってことでどうだ?」
両方ともこっちが主張できそうな気もするが、先に発見したのは向こうだしな。妥当な落としどころだろうと提案する。
「・・・悪いね。」
向こうのリーダーが手短に謝る。
さっさと開けて先に進むか。特に意図もせず、入ったとき右側だったので右側の宝箱に向かう。
宝箱自体には罠もなく、割と簡単にあけれた。『宝』と書かれたカードが入っており、裏には250ポイントまたは『隠し扉発見』単位と記載されている。
結構美味しいな。左側の宝箱を軽く見ると、向こうも問題なくあけれたようだ。中身は同じなのかな?向こうもカードを取り出していた。
その瞬間だった。ゾワリとした悪寒が襲ってきたのは。
とっさに出口を確認する。広すぎる部屋が災いし、誰も出口付近には残っていない。全員が部屋の中に入ってる。
悪寒はひどくなって来る一方だ。
「出口確保!!」
叫ぶ。シオンが慌て出口に向かうが、遅い。出口は音を立てて閉まる。
部屋の中央に黒い『靄』がゆっくりと立ち上り始める。
やばいやばいやばいやばい。頭の中で警鐘が鳴り響く。
「クルト、出口を見てくれ!シオン、ルカ、ボス編成だ!」
靄を取り囲むような形でルカと並ぶ。シオンはルカの後ろで抜刀して所謂「溜め」の状態に入っている。
黒い靄は俺達の身長よりやや高い位で成長を止め、少しずつ少しずつ形をとり始める。
靄から強烈な瘴気がもれ始める。
「これは不味い!!すまないが手を貸してもらえるか!僧侶さん『祝福』をくれ!」
「おいおい、何を言ってやがるんだ!別パーティで協力するのはルール違反じゃねえか!っていうかてめぇが仕切ってるんじゃねぇよ!」
「リーゼ、『祝福』を私とアスとあっちの3人に、ミランは攻撃魔法準備、とりあえず火力の高い奴だ!。クルト、どうだ!?」
「すぐには開けれそうもないわい。時間が要る!」
「おいおい、ノーラお前まで何やってんだよ!」
分かってないのはアスとかいう斧戦士だけだな。どこまでも残念な奴だ。
「分からないのか!本物が来るぞ!」
・・・そう、本来学園迷宮の中で出るはずのない『本当の魔物』だ。
この瘴気といい、まだ『実体化』していないにもかかわらず感じ取れるプレッシャーといい、相当な強さを持っていることは疑いなさそうだ。
補佐魔法『鋭敏』を俺、シオン、ルカ、ノーラという向こうのリーダに掛ける。
準備できるのはここまでだな。
黒い霧が収まり、『ソイツ』は姿を現した。




