二話~終わった平穏な日常~
それから約十分、バスは学園前に停車する。
乗っていた過半数の乗客が降りるのを確認して最後に降車する、態々最初に出ようとして窮屈な思いをするのが目に見えているからだ。俺の後ろに錦戸姉妹と怜が続けて降りた。
目の前には大きな校門と校舎などへ続く道、何故かは知らないが日本にあるウィザード学園は殆ど同じ造りでやたらと校舎までの道が長い。
明らかに設計ミスと思うほどだ、その長ったらしい道を歩く。
「やっぱり大きいね、向こうの学校とは少し違うけど」
「ねえ兄さん、あの建物なに?」
沙希の指さす先にはマンション六階建くらいの高さがある円状の建物がある、あれは日本ではまだ東京校と横浜校にしかない建物だ。
「あれは実技の授業とかで使う建物だ、生徒からは闘技場とかコロッセオって呼ばれたりしてる。特殊な結界が張ってあって怪我とかはしないようになってるけど、その分身体の中にダメージが徹るようになってるんだ。まだアメリカの学校と日本で試験運用中らしい」
「へぇ~」
関心がるのか沙希はうんうんと頷いている、実際どんな術式なのかはしらないが魔法で自分の身体に怪我をしないというのはかなり楽だ。
わざわざ治癒魔法なんかも掛けてもらわないで済む、しかし武器などの攻撃で怪我はする。そればかりは避けられないからか、使用するのは刃を落とした刀剣類やゴム弾を使用した銃が義務付けられている。
「そう言えば、茉莉と沙希は何組なんだ?」
クラスが気になっていたのか怜が聞く、そう言えば俺も二人が何組か聞いてなかった。
「A組だよ、沙耶はC組だったよね」
「うん」
ウィザード学園は一般生徒、任務に出ている魔法使いを支援するのが目的の普通科と、魔法使いが入る総合科がある。
中でも総合科は三つに分けられ、近接戦闘を専門とするA組、銃器などで中距離支援を目的とするB組、魔法だけを専門とするC組がある。
どのクラスでも魔法は学ぶのだが、適性や個人の得手不得手が影響してもっとも得意とするクラスに入ることになる。
「A組か、俺たちと一緒だな」
「怜もなんだね、これから一年よろしく」
「私だけ年下なんてなんか理不尽です」
「おいおい」
それを言ったらきりがないぞ、まあ学年が違っても一緒に居る方法はあるしこれはお楽しみに後で教えることにしよう。
昇降口に着いて土足のまま上がる、学校に依りけりだが上履きが必要な学校もあるらしい。
「とりあえず二人は職員室だろ」
「うん、じゃあ黎斗と怜はまた後でね」
「じゃまたです」
「おう」
二人が職員室の方に歩いて行くのを見届けてから怜と教室に向かう、校舎は中に中等部が一緒に入っているためか普通の学校よりも大きい、というか縦に大きい。
何せ六階まであり高等部二年生の教室があるのは五階で一つ一つの教室も広い、そりゃ一クラス五十人も居るんだし必然的にそうなる。そろそろエレベーターとか付けてほしいくらいだ。
「疲れた」
「鍛え方が足らないんじゃないか?」
「俺はお前と違うし」
教室に着くや否や机に突っ伏した怜、あれで疲れるとかどれだけ体力ないんだよ。
「いやいや、無さすぎだよ」
「眠い」
だめだ……こいつ早くなんとかしないと、いやもう手遅れか。
「そう言えば、何かわかったのか」
気の抜けているのかと思えば真面目な事を聞いてくる、怜のペースは独特すぎて着いて行くのが大変だ。
「一応はな、流石東京の学園なだけあって色々調べられた」
四年前の『事件』を調べるのは苦労した、何せ情報の隠ぺいや改ざんもあったから大変だった。
「そうか、じゃあ行方も?」
「今は『こっちの方』に戻ってきているらしい、まだ確定じゃないけど」
二人を見つけないといけない、何故四年前にあんな事をしたのか真相を知る権利が俺たちにはある。
「はーい、みんな席に着いて」
会話を続けようとしたところで担任の八神かがり先生が入ってくる、十九歳にして魔術教員免許を取った日本でもトップレベルの魔術師だ。
話を中断して席に着く。
「欠席は無しね、みんな知ってるとは思うけどまず転校生を紹介します。入って」
「はい」
教卓の前で教室を見渡してから廊下で待っているであろう転校生を呼ぶ、教室内は少しざわつくが俺と怜は誰が入ってくるか知っているので、普通にしていると扉が開き長い銀髪を首の後ろで結った茉莉が入ってくる。
朝と違う髪形で不覚にも少しドキッとしてしまった、髪型一つでこんなに変わるのか。
「今日からこのクラスでお世話になります錦戸沙耶です、よろしくお願いします」
「よし、茉莉はあの空いてる席に座って」
「はい」
ゆっくりと歩きながら俺の隣の席に座る、かがり先生を見ると何故かにやにやしていた。
なんなんだ一体。
「よろしくね黎斗」
「お、おう。よろしく」
と一言話しただけで。
「篠宮の野郎……茉莉ちゃんとどういう関係なんだ?」
「仲良く話してるしよぉ、なんなんだあいつ」
「確か朝に錦戸さんの妹らしき女の子と一緒に登校してたな」
「なん、だと!? 奴の人間関係を洗い出せ!」
「了解!!」
「恨めしいぞぉレイト~……」
なんて呪詛のような言葉から人の友人関係まで詮索しようとする声が周りから聞こえる、沙耶とはただの幼馴染なんだが、と言いたいところだがそれを言ったらまたややこしくなりそうだ。
ここはあえて何も言わないのが得策だな。
「錦戸さん、篠宮くんとはどういう関係なの?」
「黎斗とは幼馴染で今篠宮家に少し居候してるんだ」
「へぇ~」
「「「………………」」」
という俺の考えは僅か数秒で打ち砕かれた、クラスの男子からはまるでレーザーサイトの如く視線が俺に集まる。
この状況はよくない、非常に良くないですはい。
「さ~て、今日は確か実技の授業があったよな」
「三、四時間目にある。楽しくなりそうだぁ~」
後ろに座っている大山和紀と竜胆悠里がうきうきした感じで拳を鳴らす、こいつらなに勘違いしてやがる。
和紀たちの言葉で周りの男子生徒が便乗し始める。
「B組、C組の同志たちにも連絡をしておけ!! 篠宮は我々の敵だ!!」
「今学内掲示板に書き込んだぞ!!」
「なに書き込んでるんだよ!?」
いろいろ終わった。
さようなら俺の平和な日常、願わくば今日の実技で生きていれることを祈ろう。
「はぁ~……………」
誰も居ない屋上で寝転びながら盛大に溜息を吐く、実技の授業を終えてクラスの男子から逃げるようにここへ来た。
普段は一対一で行う模擬戦を一対多でやることになるとは思いもしなかった。何せA組だけならまだしも他のクラスまで加わってきて逃げるのが大変で、途中から怜や和紀たちも便乗して参加し始めた時は死ぬかと思いもしたが、なんとか茉莉が止めに入ってくれて今日は何事もなく過ごせるだろう。
「それにしてもここの生徒はみんな気楽だ」
学園には園内ランキングがあり、東京校なんか大多数の生徒が上へ上へと目指している傾向があってかなり殺伐としていた。クラスメイトは全員ライバルみたいな感じであまり好きじゃなかったが、横浜校はやっぱり心地いい。
「黎斗、なにしてるの」
「よく居場所が分かったな」
視界がうっすらと暗くなる、顔を上げると茉莉が風で揺れる髪を押えながら立っていた。
身体を起こすと茉莉が隣に座る。
「怜から聞いたの、居ない時は屋上だって」
「ふむ、この一週間で俺の動きを察するとは流石だな」
妙に鋭いところのあるからな怜は、侮れん奴だ。
「なにいちゃついてるんだ」
「昼休みに逢引きか?」
「悠里に和紀か、そんなんじゃないよ」
ここ数日で仲良くなったクラスメイトの二人がやって来る、今日は俺の元に来訪者が多いな。
「それにしても実技演習よく逃げ切ったな」
「逃げなきゃ死んでたわ」
最初は数人から始まり、気づけば三クラスの過半数の男子生徒が斬撃やらゴム弾やら魔法やらを雨霰に浴びせてくるんだ。逃げる以外に選択肢がない。
「確かにあれはやり過ぎだよ」
「そう言っても男からしたら錦戸と仲良いというのは羨ましいものなんだ」
和紀が切実に言う、確かに沙耶は綺麗だと思う。若干姉気質な部分があるから世話も少し焼いてくるところがまた男心をくすぐる。
「それになんか茉莉は姉気質だから俺の男心をくすぐるんだ」
そうだ、悠里は俗に言うお姉ちゃんタイプが好みだった。この一週間でどれだけ姉がいいか散々聞かされたな、どういう話の流れでそう言う会話になったかと言うと原因は怜のロリコン好きの話からだったが。
俺の周りは変な性癖を持った奴が多い。
「いや、妹もいいぞ。兄さんなんて呼ばれた日には」
「兄さん、ようやく見つけました」
「…………」
タイミングが良いのか悪いのか沙希までやって来る。
おお、和紀の背後に般若が見える。マジで怖いからその殺気納めようか、ね?
「ええと、こちらの二人は?」
「俺のクラスメイト」
「橘悠里、よろしく」
「大山和紀だ」
「錦戸沙希です、よろしく願いします」
こいつここでも猫被ってるし、ばらしてやりたい気持ちがかなりあるがそれをしたら俺が滅されるな。
ただ今は話の方向が逸れたし万々歳だ。
「黎斗、あとで少し話そうな」
「あれ」
や、そこはさっきの事忘れるところだろ和紀、俺は何も悪いことはしてないじゃないか。
「ところで、俺に何か用?」
「お昼一緒に食べようかな~って、二人ともまだでしょ?」
「まだだよ」
「まぁ」
今日は一人で食べる予定だったんだけど、沙希たちと一緒に食べるのも悪くないか。
「じゃ俺たちもご一緒するわ」
「そうだな」
と和紀たちもその場に座る、賑やかな昼食になることは間違いなさそうだ。
若干短いですが二話です。