一話~変わっていく日常~
あの日の夜、俺は月明かりに照らされた一人の少女に不覚にも見惚れてしまった。綺麗な黄金色の長髪と白い肌を月光に薄っすら輝かせながら、公園の中で召喚された悪魔を狩りながら舞う姿に。
朝の俺にはこの娘に出会うなんて予想すらできなかっただろう、何時もと変わらない日々を送っていく筈だった、ただそれが今日から変わるとも知らず。
「兄さん、朝だよ」
「ぐは!?」
俺、篠宮黎斗の朝は不可解極まりない。なにせこんな声と共に腹部へ衝撃が来て目覚めるのだから、もう少し優しく起こしてくれると助かるというものだ。
目を開けると、そこには白銀色の長い髪の一房をサイドで結った俺の一歳年下の幼馴染、錦戸沙希の姿が映る。
「お前さ、いい加減寝てる人間にダイブするのやめろよ」
「だって、兄さんは普通に起こしても起きないでしょ?」
少し笑みを浮かべながら意地悪そうに言う沙希。それを言われると何も言い返せなくなるのが悲しい、事実とは辛いものだ。
起きようとすると部屋の襖が開き、また沙希に似た長髪をした女の子が部屋に入ってくる。
「沙希、もう少し優しく起こせないの?」
「う~ん、じゃあ姉さんが考えてよ」
錦戸茉莉、沙希の姉にして俺と同い年だ、幼馴染たちの中で多分一番の常識人だろう。
「じゃあ鼻の摘むとかはどうかな」
「ふふふっ、それはいいかもね」
「窒息するし勘弁してくれ、てか何時まで俺の部屋に居るつもりだよ」
この二人はお隣さんで、昔から我が家で朝食を食べることが多い。それも彼女たちの両親が年の三分の二を海外で過ごしているからだ。
とは言っても、つい二週間前まで沙耶たちは外国に住んでいた。沙耶が小学五年の頃に引っ越して約五年、二人は日本に戻りたかったらしく無理言って両親より先に帰国してきたのだ。
幸い、母さんと祖父さんたちは昔から錦戸夫妻とは仲が良く、おじさん達が帰国するまでの間は二人の面倒を家で見ることになっている。
「ごめんね、莉紗さんが朝食出来てるって」
「わかった、先に行っててくれ」
「はい、沙希。行くよ」
「は~い」
仲良く出て行く茉莉たち、昔から本当に仲が良い。
喧嘩もしているところ見たことないし、まさに理想の姉妹だな。
「さて、着替えますか」
布団を畳んで寝間着から制服に着替え、居間に向かうと既に母さんと祖父母、錦戸姉妹が朝食の席に着いている。
「おはよう黎斗」
「今日は遅いな、寝坊か?」
「おはよ、違うし」
「今日は鮭と味噌汁よ」
俺の母さんこと篠宮莉紗と祖父母、篠宮源十郎と篠宮セツに挨拶を交わして、沙耶たちの間に座って朝食を食べ始める。茉莉たちが家に来てから食事を取る時は、この二人の間に座らせられることになっていた。
他の席に座ると異様なプレッシャーを放ってきてろくに飯も食えなくなるほどになり、祖父さんたちは楽しんでいるのかこの事態を笑ってスルーする。
別に嫌なわけじゃないからいいけど、要因は別にある。
「兄さん、醤油取るから少し退いて」
「はいはい……」
茉莉側にある醤油に右手を伸ばして取ろうとすると、凄く柔らかい感触が左腕に当たる。
意識していないのかいるのか分からないが、沙希はもう少し俺のことも考えてほしい。
「それより、その呼び方治らないのか?」
「だって兄さんは兄さんだし。今さら変えられないかな」
何時からだったか、最初は俺の名前を呼び捨てだったのに帰ってくると呼び方が兄さんに変わっていた。外でもこの呼び方になるからかなり恥ずかしい。
「黎斗、諦めなよ。沙希はこういうところ頑固なんだから」
「お前助ける気ないだろ」
「姉さんは私の味方だから無理だよ」
この姉妹、本当に俺のことで楽しんでやがる。家族からの支援射撃も期待できないし、こんなの理不尽すぎるぞ。
「あなた達はいつも元気ね~」
「そうだな、若いのは羨ましいもんだ」
「あらあら、私たちもまだ現役でしょう?」
と前の席で微笑しながら話す我が家族、茶化す暇あるなら少しは助けろよ。意外とこの状況きついんだぞ、と期待の眼差しを母さんに向けてみるが。
「どうしたのよ」
「イヤナンデモ」
にやにやして華麗にスルーしながら味噌汁を啜る、酷い母親を持ったものだ。
「黎斗、天弦流の技はどこまで教えたかな?」
唐突に祖父さんが聞いてくる、というか教えている本人が忘れてるとかどういうことだ。
「剣術、鎗術は奥義の五、六、七ですよ、体術はまだまだですけど」
「へぇ~、兄さんやるね」
「学園から帰ったら熱心に練習してるもんね」
前にお祖母ちゃんが簡単に説明をしてくれた、天弦流とは篠宮家に伝わる古武術の流派だ。なんでも昔はどこぞの大名に仕えていた家柄だったらしく、その頃から魔法使い兼護衛役を務めていたらしい。
まず篠宮家が何百年前からある家なのか気になるところだが、それ以前にいつ魔法使いの一族になったのかも気になる。書物には殆ど残っていないらしく、推定で戦国時代前後と前に祖父さんから聞いたけど定かではない。
「何事も練習あるのみだからな、それに」
もうあんなことになるのはごめんだ、何もできないなんて理由にはならない。
「黎斗?」
「味噌汁冷めるわよ」
「ん、ああ」
少しぼーっとしていたらしい、お茶碗を持ちながら鮭とご飯を口の中に放り込む。
やっぱりお祖母ちゃんの和食は美味い、何度食べても飽きないな。鮭も醤油と塩の微妙な味付けで濃くなく薄くなく茉莉たちにも人気だ、味噌汁も赤味噌を使っていて具の風味も最大限に生かしている。
「今日は遅くなるのか?」
「わからん、早く帰れるかは神のみぞ知る」
そう、俺たちの通っている学園は普通じゃない。今までの常識が通用したのは2003年までだった、あの事件が起きて俺達魔法使いは世界の表舞台に出てきたのだから。
朝食を終えて自室に鞄を取りに入ると正面のデスクに飾ってある一枚の写真立てが目に入る、少年が五人と少女三人が仲良く映っている集合写真。
「昂祐と悠貴、元気にやってんのかな」
俺と同い年の幼馴染と一歳下の弟分、四年前にいきなり外国の学校に転校してからもう連絡は取ってない。所在もしらないから連絡のしようがないのもある。
それに俺となんか話もしたくない筈だ、あんなことがあったんだから。そっと写真立てを倒して部屋を出て玄関に向かう。
「それじゃ行ってきます」
「いってらっしゃい、気を付けてくるのよ」
母さんに送り出されて外に出ると、玄関先で茉莉たちが門に寄りかかりながら待っていた。
「それじゃ兄さん、行こうか」
「……お前はぶれないよな」
「ふふふふふっ」
三人でゆったりと歩き出す、家から学園まではバスで十分ほどした場所にある。
みなとみらいの沿岸に六年前設立された国立ウィザード学園。日本で二校目に出来た魔法学校だ。
ここで少し魔法学校の説明をしよう。
あのアメリカで起きたテロ以降、日本も魔法使いを育成する学校を全国に六校設立した。と言っても全ての人間が魔法を使えるわけじゃない。
素質、魔力を持っている人間を調べる判定紙がヨーロッパの方で作られ、それを触り色が黒くなると魔力持ちだとわかるようになっている。それを全国の小学生から高校生までを対象に行った、理由としては子供たちに魔法などを学ばせれば呑み込みが早いだろうと言う理由があった。
俺はその判定をするまでもなく即座に学園へ編入させられたわけだが、そしてびっくりなことに幼馴染全員が学園に編入したのだ。その内四人は元々魔法使いとは知っていたけど他のメンバーが素質を持っているとは思いもしなかった。
この錦戸姉妹の両親も魔法使いで、世界を股に駆けて事件やら災害救助やらをしているかなり有名な魔法使いだ。
「二人とも、今日から登校な訳だけど大丈夫か?」
「私は平気だよ、姉さんは緊張しっぱなしだけどね」
「流石に少しはしてるよ、でも大丈夫」
「茉莉は本番に強いし大丈夫だろ」
二人が帰国してから二週間、一応編入試験や身体検査諸々をしていて正式な登校は今日が初めてだ。茉莉は少しだけ緊張した様子を見せてるのに対して沙希は何時も通りで少し安心する。
「茉莉は俺と同じクラスなんだし平気だよ、それに怜もいる」
「怜も居るんだ、じゃあ安心かな」
「呼んだ?」
「おはよ」
曲がり角からやや身長の高い俺たちの幼馴染、朝比奈怜がタイミングを見計らったように出てくる。激しく余談だが学内調査で彼氏にしたい生徒で中等部から常に上位に居る、俗に言ういけめんだ。
「怜、久しぶりだね」
「久しぶりです、怜先輩」
「二人とも久しぶり、元気そうだな」
久しぶりの再会を喜ぶように茉莉たちは会話を交わす、五年ぶりに会うんだし仕方がないか。
というか、沙希の怜へ対する対応俺と違くないか?
気のせいじゃないよな?
「てかバス停で会う約束じゃなかったか」
「寝坊した」
お決まりの台詞ありがとうございます、怜は昔からよく寝坊をすることが多い。
だから約束をする時は時間に余裕を持っている、寝坊する確率はそろそろ五割を超えるくらいだ。
「怜は変わらないね」
「ペースが一定ですよね」
あれ、沙希の口調が敬語になってる!? これが猫被りというやつか、なんでこんなことしてるんだこいつ。
「おい沙希、何で猫かぶ……ぐふっ!!」
「何か言いました? 兄さん」
言葉を言い終える前に沙希の肘鉄が脇腹に炸裂する、口封じのつもりか。と言うかこいつこれを外のデフォルトにする気だな。
これ以上突っかかると俺が危ない、触れぬ神に祟り無しだ。
「どうした黎斗」
「イヤナンデモ」
「それでいいんです」
ぼそっと沙希が耳打ちしてくる、なんだこのプレッシャーは。
今のやり取りを見ていなかったのか怜が不思議そうな顔をして聞いてくる、知らないことがいいこともあるんだぞ怜。
「そう言えば紘、莉紗さんから聞いたけど何で二年も東京の学校行ってたの?」
「おい、今言うことじゃ」
「え、兄さんこっちの学校行ってなかったんですか?」
母さん、余計なこと言うなよ。説明が面倒くさいだろ……。
「中等部三年から諸事情で、横浜校に通い始めたのは一週間前くらいからだな」
「何かあったの?」
「特に、なにもないさ」
そうだ、特に何もない。二人には一切関係ないんだ、関わらせるわけにもいかない。
「お、バス丁度来たみたいだ」
怜が話を逸らすようにわざわざ目の前のバス停に停車した事を言う、こういう気遣いは本当に助かる。
「ほら、行くよ」
「うん」
「…………」
四人でバスに乗り込んでそのまま学園前へと向かう、これが朝の出来事だった。
緋黒を間違えて消してしまい意気消沈してましたが、ようやく新しい小説が書けました。
一人称で書くのは初めてで、良く書けているか分かりませんがよろしくお願いします。