陰気な騎士と陽気な少女
陽光が注がれる庭で、一人の少女が花の手入れをしていた。鼻歌を歌いながら、笑顔で如雨露から水を振りかける。
陽光を受けて煌くのは金の髪。一面を彩るのは色とりどりの花々。
光と、花と、少女の笑顔。
見た者が思わず微笑むような平和で穏やかな光景の中に、一つだけ不釣合いなものがあった。黒い影のような騎士だ。
無表情のまま、騎士は影のように下りた前髪の隙間から少女を見つめている。騎士の立つ一角だけが、光溢れる庭園に暗い影を落としていた。
しかし、彼の使命は少女の笑顔を守る事であり、彼自身もまた、その使命に順ずる覚悟を秘めていた。しかし、外見からはそうは思えない。なにせ、暗いのだ。
彼を評する名は幾つかある。
無愛想、鉄面皮、冷血漢。いずれも一片の温もりすら感じない名だ。
その評価に彼は異を唱えるつもりはない。
ただ一つ気になるのは、そんな自分と居る事で、少女の名に傷がつくこと。万が一にも、少女に訪れる明るい未来を閉ざす事があってはならない。
そんな思いとは裏腹に、少女は騎士を重用した。正確には、少女が父に頼み込んで彼を重用しているのだが。
彼には自分が重用される理由がわからなかった。
何故自分を、と何度も考えたが、答えが出る事は無い。
「……たの?」
しかし、やはり変えていただくべきではないだろうか。
「どうしたのー?」
気が付けば、少女が目の前で手を振っていた。
「どういったご用件でしょうか」
「なんか暗い顔してるなーって思ったから」
「生来生まれ持った顔です」
「もっと笑うといいよー。貴方美形なんだから!」
そういった評価をもらった事は無かった。
「……そうでしょうか」
「そうそう、私が保証するよ!」
その言葉で、ふと思った。
「顔で私を選ばれたのですか?」
途端、少女の顔が曇った。
「……そういうわけじゃないんだけどね」
では、何故。思いが伝わったのか、少女は続ける。
「ほら、私ってお父さんが偉いから、色々扱いが困るじゃない。皆作り笑いで、私の機嫌を損ねないように、って。だからお父さんにお願いしたの」
「せめて、一日中顔を合わせる人は作り笑いをしない人にして」
なるほど、その条件なら確かに自分はうってつけだ。なにせ、笑った事が無い。
「だけどね?」
少女は屈み、上目遣いでこちらを見る。
「来た人はなぁ~んと作り笑いどころか、一ッッ切! 笑わない鉄面皮。私がいくら頑張って話してもぜんっっぜん笑わない! これはこれでちょっと悔しくなっちゃって!」
むすっとした表情で続ける。
「意地でも笑わせてやろう! って思って、その人にはずっと傍に居てもらってるんだけど、いつまでも笑ってくれないのよね」
「…………」
どう言ったものだろう。自分の性根は少女とは関係なく形成されたものだ。笑う必要の無い人生だったからで、彼女のせいではない。
「ねぇ、お願いがあるのだけど、いい?」
頷く。
「私はいずれお父さんの跡をついで社交界に出なきゃいけない。その時も傍に居てほしいわ。愛想笑いをしない貴方。貴方を見て私は人の作り笑いを見抜きたい。そして、貴方を笑わせる事の出来る人間になりたい。貴方を笑わせられた時、私はきっと一人前になれる」
どう? と少女は告げる。
まさか、笑わない自分の事をそう考えていたとは。
笑う必要の無い人生を送った自分を笑わせる、それはどのような努力が必要か自分にも分からない。
しかし、思った。
笑ってみたい。
だから、彼女の前に片膝をつき、己の胸に手をあてる。
「承知致しました。お嬢様」
「よろしい、お願いね。私の騎士」
そういって笑った少女の笑顔は、まるで太陽のように光り輝く笑顔だった。