羊と狼
羊のメイコさんはいつも誰かの役に立ちたいと考えている、珍しい羊でした。例えば、仲間が草を食べたり、天気について話したり、自分達をいつも追い回す犬の悪口を言ったりしているとします。そんな時、メイコさんは、仲間がどれだけ食べるのが、この群れ全体にとっていいのか、今の天気は身体の弱い仲間に悪い影響を与えないか、そして自分達を追い回す犬でも今日は体調が悪そうだったということを考えてしまう、そんな羊です。そのせいで仲間からは変わり者扱いされていましたが、特に害もないため、苦にもされていませんでした。
ある秋の晴れた日、人間がバリカンを持ってやってきました。人間は羊の毛を刈って生活していました。人間にとって羊の毛はなくてはならないものでしたが、羊にとってみれば、寒さから自分達を守る毛をとっていかれる、ただの迷惑行為でした。ですから、羊は人間のそばには行こうとはしません。唯一、メイコさんだけは進んで人間に毛を刈られました。メイコさんは、人間が自分達の毛なしには生きていけないことを知っていたからです。他にも刈られた羊はいましたが、みな人間を恨めしげな目で見ていました。メイコさんだけは、人間を暖かな目で見ていました。
「私の毛が、少しでも人間のためになればいい。あの人間には小さい子どもが三人もいる。お金にも困るはずだ。そんな時、私の毛があの家族を守るというなら、私にとってはそれがとても嬉しいこと。」
メイコさんはある日、仲間のカールに話ました。カールは、変わっているなぁと言いながら、草を食べていました。それはいつものことでした。
その後、人間の家が火事になるまでは。
火はあっという間に広がりました。人間は何かを叫びながら逃げ、犬も火が熱いのかすぐに逃げました。羊達は勿論一目散に逃げました。メイコさんも一緒になって逃げましたが、途中でお腹をすかせた狼に出会ってしまいました。群れの中でメイコさんはそうするのが当然のように前に一歩出ました。
「私を食べてください。」
狼は一瞬驚きましたが、メイコさんが逃げるつもりがないことがわかり、他の羊は見逃すことにしました。
さて、狼とメイコさんは二人きりになりました。
「何であんなことを言った?」
狼は聞きました。
すぐに食べられると思っていたものですから、メイコさんは驚きました。それでも、狼の目が真剣だったので、ちゃんと答えることにしました。
「あなたがお腹をすかせていたからです。」
メイコさんは思ったままを口にしました。それでも狼は納得がいかなかったようです。
「俺が腹をすかせていたから、犠牲になったというのか。仲間のために?」
「はい、そうです。私はいつも仲間のために生き、そして死にたいと思っていました。今がそのときだったのです。さぁ私を食べて、あなたも生きてください。仲間のために死に、あなたのために死ぬ。これ以上の喜びはないと思います。だって私の生に、死に、意味があったと思えるのですから。命の連鎖の一つになれるのですから。」
「命の連鎖?」
「はい、私は人間に飼われていました。人間は他人のために生き、死ぬことがもっとも困難な生き物だと思います。その生の意味に確信が持つことがなさそうですし、その死に意味が与えられることもまれです。そんな生き物を見て、私は人間を憐れに思いました。なぜなら、人間は命の連鎖から外れてしまっているように私には思えたからです。それに比べて私の今のこの状態は、幸福といえるでしょう。死ぬことは怖いです。それでもあなたの前に立てた。命の連鎖の一つの輪になれる。私は幸福な生き物でした。」
狼は聞き終わった後、静かにそうかとだけ言い、ゆっくりとメイコさんののど笛に噛み付き、その血の味をまず味わいました。そして肉を、むしゃむしゃと食べ、お腹をいっぱいにして、また明日を生きていくことにしました。
狼は、メイコさんの命を食べる瞬間、こう言いました。それは狼にとってどうしても言わずにはいられないものでした。
「お前は憐れだ。せっかく神様が命を与えてくれたのに。お前は生きることを知らずに死ぬ」
メイコさんに聞こえていたかは、誰も知りません。
登校第2弾です。どこにでもあるようなお話ですが、書いてみました。少しでも読まれた方が時間を忘れることができたら幸いです。