最後の因習
檻が壊れた瞬間、人は獣より恐ろしくなる
私の故郷は、山が深く、耕す土地に乏しかった。
畑は石だらけで、米一俵を収めるにも汗と血を搾らねばならなかった。だから誰もが家を持てなかった。
長男だけが家督を継ぎ、残る者は男は「おじろく」、女は「おばさ」と呼ばれ、一生をその家の労働力として捧げた。
嫁にも婿にも行けず、ただ生まれた家で朽ちていく。それが掟だった。私は、その古い掟を最後まで目撃した村人になるのかもしれない。
父は、己の子供たちをその不遇から救おうとした。世の中が少し開けた時代に生まれた幸運を活かし、私たち兄弟を村の外へ移住させた。
父の代では、それすら許されなかっただろう。父の家には、父の弟が四人、妹が三人いた。つまり四人のおじろくと、三人のおばさがいた。
戸籍の上では、彼らは「人」ではなかった。「厄介」と記され、家族の付録のように扱われた。名前はあったはずだが、私には区別がつかなかった。
おばさたちはわずかに顔立ちや声音に差があったが、おじろくたちは皆、父によく似た容貌をしていながら、
まるで魂を半分抜かれたような無気力な表情をしていた。来客があれば、彼らは寝起きする薄暗い小屋へ、蜘蛛の子を散らすように逃げ込んだ。
不平も不満も漏らさず、働いていないと落ち着かない。蟻のように、ただ黙々と動き続ける。それが彼らの生き方だった。
ところが、父が亡くなった十年前、すべてが変わった。
一部のおばさと、おじろくたちが、互いに殺し合ったのだ。本来、私は長男として家督を継ぐべきだった。
しかしそれをすれば、私の弟たちが新たなおじろくとなり、厄介の烙印を押される。私は父の遺言に従い、家を放棄した。
それが彼らを救う唯一の道だと信じて。すると、働き蟻の中に潜んでいた「二割」が牙を剥いた。
彼らは、万が一に備えて常に控えていた予備の存在だった。自らを当主にしようと、血を洗うような争いを始めた。
無気力だった目が、狂気と欲望に濁り、父に似た顔が歪んだ。
静かに耐え続けていた彼らが、掟の鎖が外れた途端、獣と化した。古い家は、血と叫びと、崩れる梁の音とともに、因習とともに滅びた。
今、あの山深い村に残るのは、焼け落ちた基礎石と、風に揺れる雑草だけだ。
私は時折、夢に見る。あの無表情だった叔父叔母たちが、血まみれで笑いながら家督の座を奪い合う姿を。
彼らは、ただの労働力ではなかった。長い年月、押し殺され、飼い慣らされた獣だった。
そして最後に、檻が開いたとき、彼らは自分たちの檻を血で染めた。
これが、私の見た、最後の因習の終わりである。
読んで頂き有り難う御座います。




