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3話 初めて

「いいきなり、は、話しかけて、す、すす、すみ、ません……!」


 私の耳に届くその声は、まるで風に揺れる葉が触れ合うように、か細く震えていた。

 声の主の方へと振り向くと、身を縮こませるように肩をすくめた茶髪の少女が申し訳なさそうに眉を下げていた。


「う、ううん。えっと、私に何か御用ですか?」


「え、えっと、そのお、と、隣の席、あ、空いてますか?」


 少女は左右の指を互いにちょんちょんと当てながら、恐る恐る聞いてくる。私はちらっと横を見て、誰も座っていないことを確認。


「あ、はい、空いてますよ」


「よ、よろしければ、と、隣、い、良いですか?」


「あ、はい。どうぞ」


 そう言って私は少女が通りやすいように、椅子から立ち上がる。


 座面が自動的に跳ね上がり、少女一人が通るには余裕な幅が確保された。立ち上がると少女の小柄さがより顕著に現れた。


 私自身が身長、百五十センチほどに対して、茶髪の少女は、私の約頭一つ分低く、子犬のような小動物然とした愛らしさがあった。


「あ、ありがとう、ございます」


 少女は頭を下げてお礼を言い、私の隣の席へと腰を落ち着かせた。少女に倣(なら)い私も席に着く。


 考え事に没頭していた為、周りの状況を見てなかったが、講堂内には、百を優に超える新入生たちが集結していた。

 

 講堂内は広大で、幾列にも連なる座席が視界の奥まで続いている。


 正確な数は分からないが、目測でも千は下らないだろう。


 三つ葉女学院に入学する生徒数は年によって多少の差はあるものの、おおよそ二百人前後と聞く。今年も例外ではないはずだ。


 それだけの人数であれば、この講堂において座席が不足することなどあり得ない。むしろ、二席、三席と間隔を空けたとしても、なお余裕が残るほどだ。


 にもかかわらず、新入生たちは示し合わせたかのように左右の列へは足を向けず、中央の列へと集まっている。


 彼女たちが左右の列に座らない理由は、いたって単純だ。


 この室内へ入る前、入口脇に置かれていた座席案内図――その中央列にだけ、あらかじめ印が付けられていたのである。

 おそらくは、中央のステージを最も見やすい位置へと導くための、学院側の配慮なのだろう。


 中央列だけでも、詰めれば余裕で、新入生全員が収まるほどの座席数はある。


 ただ、入学初日ということもあってか、多くは一人で座り、自身のテリトリーを誇示するかのように一席、あるいはそれ以上の間隔を空けて腰を落ち着かせていた。

 

 その結果、空席は点在しているにもかかわらず、どこか満たされたような、不思議な密度が空間に生まれていた。


 三つ葉女学院の制服は白を基調としているため、様相が深い赤で染められているこの講堂内には良く映えていた。


 それはまさに、紅(こう)一点ならぬ、白一点のようであった。


 ――魔法少女キズナ!


 講堂内の様子をそれとなく観察していた私の耳に、はつらつとした元気のよい声が届いた。


 隣を見ると、茶髪の少女が慌てた様子でスマホの音量を調節していた。

 

 幸いにも、音量はかなり小さめだったため、周囲の人たちの耳には届いてないようだった――私を除いて。


 少女はスマホを胸に抱え、肩をすくめるようにして恐る恐る周囲を見渡し……やがて、その視線が私とぶつかった。


「っ!? あ、あああ、あの、あのあの」


 少女は慌てふためくあまり思考がまとまらず、壊れた機械のように、同じ言葉を繰り返す。


「っ~」


 にっちもさっちもいかなくなった少女は、最終的に顔を真っ赤にし、両手に持つスマホを盾にして、一生懸命に顔を隠す。


 ――か、かわいい!


 少女の一挙一動があまりにも愛らしくて、私の中の母性本能をくすぐってくる。


「えっと、魔法少女キズナ、好きなの?」


「ふえ? あ、えっと、それは、そのお……」


 少女は言い淀みながら瞳を右往左往と動かすと、何かと葛藤するように眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せながら、ぎゅっと目を瞑った。


 そこから、少女は唇をプルプル震わせるだけでそれ以上の言葉はなかった。


 てっきり好きなのかと思ったのだが、どうも違うかったらしく、気まずい沈黙が二人の間に流れる。


「ご、ごめんね。てっきり好きなのかと思って、今の忘れて」


 気まずくなった私は少女に今の質問を忘れるように促す。


 私はこの空気から、いち早く脱したい思いで、スマホを取り出して、曲を聞こうと行動する――


「あ、あの……!」


 よりも先に、隣から声が飛んでくる。


 私は視線をブレザーのポケットから取り出したスマホから、少女へと移す。


 私と目が合った少女は、恥ずかしそうに顔を少し俯かせ、茶色の瞳をきょろきょろと何度か動かす。


 携帯を持つ両手に力を込めて、抱える緊張を放出し。やがて、意を決したのか、上目遣いで私を見つめながら、


「ま、まほ、う、しょ、少女、き、キズナ、す、好き……なんで、すか?」


 と先程、私が少女にした質問を逆に今度は少女から私に向けられた。


「えっと……私は昨日のリメイク版の第一話が初めてだったんだけど、戦闘もストーリーも映像も凄くて、一話しか見てないけどハマっちゃって、公式のSNSもフォローしちゃった……て、あはは、ごめんね、好きかどうかの質問なのに、一人で脱線して語っちゃって」


 今更ながらに恥ずかしくなってきた。


 魔法少女キズナは、二千九十年、五月頃(私は当時四歳)に初めて放送が開始され、二千百二年に完結した作品。

 

 国民的子供向けアニメで、当然、子供にとても人気があった。


 しかし、それ以上に大人にも人気で、グッズなどが販売されたときは、店内には子供よりも大人の割合を占めていたというほどで、放送が終了しても、魔法少女キズナの人気は衰えることなかったという。


 ――完結から時が経ち。


 昨日――二千百十五年、四月七日にリメイク版が放送され、SNSは熱狂に包まれた。


 トレンドにも上がり、私もせっかくだしアニメも見てみようかなの精神で視聴。


 ……その結果、圧倒的な映像美と演出、そして心を揺さぶる物語に一瞬で引き込まれ、気づけばすっかり『魔法少女キズナ』の沼にどっぷり浸かってしまっていた。


「ぼー」


 茶髪の少女は呆けたようにぼーっとしていた。


 ――しまった。つい楽しくて、勢い任せで語りすぎた。


「ご、ごめんね。ぺらぺらと。な、何言ってるか分からなかったよね!」


「あ……い、いえ。ち、違うんです。そ、その……さ、さっきは、はぐらかしちゃったんですけど、わ、わたしも魔法少女キズナが、す、好きで、今の話凄く分かるなって思って」


「そ、そうなんだあ。よかったあ」


 あっけにとられていた理由を聞いた私はほっと一息を吐く。幸いにも気まずい空気が流れる事態は阻止できたようだった。


「そ、それで、そのお、よよかったら、入学式が始まるまで、い、一緒にま、魔法少女キズナについて、か、語り合いたいでしゅ! あ……っ~」


 茶髪の少女は最後の最後で噛み、恥ずかしくて悶えていた。


「かわいい……」


「ふぇ?」


「あ、ううん。何でもない、こっちの話だから気にしないで」


 可愛さのあまり無意識にこぼれた言葉を、自分で慌てて蓋をした後、私は、わざとらしく、こほん! っと咳ばらいをする。


「あ、そうだ! 自己紹介、自己紹介がまだだったよね? 私、神崎光。気軽に光って呼んで」


「あ、はい。わ、わたし、は、水無月凜《みなづきりん》ってい、言います。わ、わたしも、凜って呼んでくれたら、それで」


「うん。分かった。よろしくね、凜ちゃん。後、同じ一年生なんだし、敬語は不要だよ」


「あ、う、うん。わ、わかった……よ。ひ、ひか、り、ちゃん」


 こうして入学初日に初めての友達が出来たことで学院生活を好スタートで切ることに成功した私は、入学式が始まるまで凜ちゃんと仲良く魔法少女キズナについて語っていた。


 その時突然、講堂内に、ブー!! っと警報のような音が鳴り響いた。


 いよいよ入学式が、そして、私の学院生活が幕を開けようとしていた。

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