33話 二人だけのお話
「ど、どうしよう……。もしかして昨日、私、知らないうちに反町先輩の地雷を踏んじゃったとか……? 昨日の今日で部屋に呼び出すなんて、まさか私に何か危害を――い、いやいや! 反町先輩がそんなことする人なわけないよね……?」
”休養日”
その名の通り、心身の疲労を回復させることを目的とした休みのことで、任務の次の日には必ずこの休みがある。
丸一日休みの為、座学授業にところどころ穴が空いてしまう。
なので、その穴を少しでも埋めるために、後日、各担当の先生から授業内容をまとめた動画と、それに伴った練習問題、応用問題がメールで届いて、自習という形を取っている。
本当は休養日でも鍛錬に赴こうと思ったのだが、起きて端末を確認すると、一通のメールが届いていた。
差出人は反町先輩からで、『今日、もし暇なら二人だけで会えない? 少し話したいことがあるの』とのこと。
思いもよらない誘いに、私は目を丸くした。
昨日の今日で、しかも『二人だけ』という文言まで添えられている。
なんとなく重要な話のような気がして、私はすぐに了承の返事を送った。
その後すぐに、反町先輩から返答が来て『苦労かけてごめんだけど、私の部屋まで来て欲しい』と。
その一文を読んだ瞬間、胸の鼓動が一段と速くなった。
――部屋に呼ばれるほどの話とは、一体何なのだろう?
私は呪詛のようにぶつぶつと独り言を漏らしながら、昨日の出来事を必死に思い返していた。
しかし、どれだけ考えても答えは見つからず、結局不安だけを膨らませたまま、気づけば私は反町先輩の部屋に到着。
私は嫌な未来ばかり想像していたため、中々覚悟が決まらない。
部屋の前でうろちょろしたり、インターホンを押そうとしてやめたりと、傍から見たら不審者極まりない行動ばかりしていた。
幸いにも周囲に人はおらず、私の行動を目にする者はいないのは救いだった。
「ええい! もういい加減覚悟を決めよう!」
私は両頬を軽く叩いて気合を入れる。
不安を胸の奥へ押し込み、深く息を吸い、意を決して、ゆっくりとインターホンを指に近づけた。
――ピンポーン。
乾いた電子音が静かな廊下に響く。
その音が鳴ったが最後、私はもう後戻りは出来ない。
数秒の沈黙。
やけに長く感じるその時間に、心臓だけが落ち着きなく鼓動を刻む。
「はーい!」
やがて聞こえてきたのは、反町先輩のはつらつとした弾んだ声。
「い、一年の神崎光、です!」
「お、神崎さん。今開けるね~」
そうして通話がぷつりと切れる。
声だけで判断するのは早計だが、印象としては怒りを抱いている様相はなかった。
もちろん、部屋に入った途端に態度が豹変する可能性も無きにしもあらず、だが。
そんな不安を抱いているうちに、ガチャリと鍵の外れる音が響く。
扉が開き、その向こうから部屋着姿の反町先輩が顔を覗かせた。
「いらっしゃい。ごめんね~ 休養日なのに私のわがままに付き合わせて」
「あ、いえ! 大丈夫です!」
「ありがとう。ささ、上がって上がって」
「お、お邪魔します!」
反町先輩に促されるまま私は、緊張しながら部屋へ足を踏み入れた。
考えてみれば、入学してから誰かの部屋に入るのはこれが初めてだ。
師匠や凜ちゃんならまだしも、まさか最初に訪れるのが先輩の部屋になるとは、想像もしていなかった。
リビングに入ってまず目を引いたのは、あちこちに飾られた数多くの写真立てだった。
近づいて見てみると、そのほとんどが反町先輩と臼井先輩のツーショット写真で埋め尽くされている。
臼井先輩は、どうやらカメラがあまり得意ではないらしい。
満面の笑みを浮かべる反町先輩の隣で、どこか照れくさそうに視線を逸らしている。
その対照的な表情が微笑ましく、二人の関係性を自然と感じさせた。
写真に映る景色はどれひとつとして同じものがなく、二人がさまざまな場所を訪れてきたことがうかがえる。
見慣れない風景ばかりで、その一枚一枚から旅の思い出や楽しげな時間が伝わってくるようで、眺めているだけで自然と頬が緩む。
「いい写真でしょ?」
不意にかけられた声に振り返る。
反町先輩はお茶とクッキーを乗せた皿をダイニングテーブルに置きながら、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
「はい。お二人共凄く楽しそうです」
「ふふ、ありがと」
柔らかな笑みとともに返された言葉に、部屋の空気がさらに穏やかなものになる。
私は席に着き、反町先輩が用意してくれたお茶に口をつける。
優しい温もりが喉を通り抜け、ほっと肩の力が抜ける。
「さっそく、本題に入ろうかな~」
反町先輩の飄々とした表情は一変し、真剣な表情になる。
そのただならぬ雰囲気に、私も息を呑み、ついぞ、背筋を伸ばしてしまう。
「単刀直入に言うね」
その声には、いつもの甘えるような響きも、間延びした軽さもない。それほどまでに、重大なのだと、嫌と言うほど伝わってきた。
だけど、その重大さは自分の想像を遙かに超えることなど、その時の私は知る由もなかった。
まるで、覚悟を決めるように、反町先輩はすううっと空気を吸い込む。
――そして。
「神崎さん。雫ちゃんに”憧れ”を抱くのを諦めてくれないかな?」
その言葉を聞いた瞬間。
私の思考は、完全に停止した。
あまりにも予想外すぎる一言に、私の脳は理解を拒み、ただ呆然と反町先輩の顔を見つめることしかできなかった。




