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四葉の不幸なクローバー

作者: 魚住エスカ
掲載日:2026/06/08

 四葉遥。 そんな名前だからやたらと四葉のクローバーを渡される。

 だけどそれは他人にとって幸運の象徴でも私にとっては不幸の象徴。

 だって、渡されるその人には幸運が訪れ、私には不幸が降り注ぐのだから。

 そうやって今までの学生時代を過ごしてきたけど、そんな友達、さらには親とも決別し、大学入学。

 さあ、仕切り直そうって思ってた。

 一人暮らしを始めて3ヶ月。

 ポストに一通の手紙。

 宛名も差出人もない、黄緑の封筒。

 開けてみる。手紙。

 

 『俺に幸せをください』

 

 そしてはらりと落ちる四葉のクローバー。

 ひっ、と思わず声が出る。

 あたりを見回すが別に誰か居るわけでもない。

 ただ夕日が差し込んでいるだけ。

 外で子供が騒いで、カラスが鳴いているだけ。

 怖くなってきて急いで扉に入って鍵を閉める。チェーンロックも忘れずに。

 少し息が上がる。扉の前で崩れる。

「なんで、まだ友人に誰も家の場所言ってないのに」

 独り言が漏れる。

 この情報はどこから漏れた?

 恐ろしい手紙は捨ててしまおう。

 勢いよく破り捨てた。


 

 次の日。

 教室でついキョロキョロとしてしまう。

「四葉、どうした?」

「……いや、大丈夫」

 その時だった。

 メッセージがスマホに届く。

 

『昨日の俺の幸せ、ちゃんと持ってるよね?』

 

 スマホを投げ捨てる。

「四葉!どうしたの!?」

 流石に友達だけじゃなくみんなの視線を浴びる。

 恐怖を恥が塗り替えた。

「あっ……後で言う」

 チャイムが鳴って授業が始まる。

 授業なんて頭に入って来なかった。


「やばくないそれ?」

 友人のお弁当の米粒が飛んできた。

「あらまごめん。勢い余って」

「はは、気持ちは受け取る」

 ただ、私はそんな昼ごはんのパンがちょっと飲み込み辛い。

「ストーカーじゃないそれ?警察行こ警察」

「そんなカラオケ行くノリで行けないでしょ」

「まあそうだけどさあ」

 友人は考えてくれている。

 そういうところはすごく助かる。

「じゃ、私ゴミ捨ててくる」

「あーい」

 立ち上がってゴミ箱へ行こうとした。

 その時床に置いていたカバンの紐にひっかかり、転ぶ。

「うわあ!」

「四葉、大丈夫?」

「あは、あははは」

 乾いた笑いで誤魔化すしかなかった。

 絶対あのクローバーのせいだ。

 ちょっと腕を捻ってしまった。

 その痛みが少しずつ恐怖として私を蝕んでくる。

 起き上がってふと前を見た時、何かと目があった様な気がした。

 でも、瞬きの瞬間、その気配は消えてしまった。

 ……きっと気のせいだって、言い聞かせた。


 バイトに直行して帰宅。

 疲れとアパートの明かりを背に、家の鍵を開ける。

「ただいまあ」

 腑抜けた声で言うのは誰も返事がないから。

 ポストを見る。

 また黄緑のまっさらな封筒。

 一気に心臓を掴まれる。

「ま、また?」

 恐る恐る開く。手が震える。

 

『今日はありがとう。明日の分も贈るね』

 

 また挟まれている四葉のクローバー。

 全部まとめてまた破り捨てた。

 お風呂に入るのも、布団に入るのも視線の様なものに怯えていた。


 

 後日。

「寝不足だよ……」

「授業寝るやつだこりゃ。でもまた届いたって怖いなあ」

 友人は腕を組んで考え出す。

「よし、四葉、今日遊びに行っていい?」

「えっ、急過ぎて家掃除してないんだけど……」

「いいからいいから、掃除ぐらい手伝うし」

 そう言う問題じゃない気がするけど、そんな余裕は私になかった。

「恥ずかしいな……でも心強いかも」

「よし、怪しい奴はとっ捕まえてやる!」

「頼むから変なことにならないでね」

 とりあえずは不安な気持ちも少し紛れて授業を受けることができた。


 

 帰路。西日がきつい。

「おおー、ここは確かに初見じゃわかんないねえ」

「でしょ、ちょっと奥まっててさ」

 わかりにくい場所に佇むアパート。

 そこの2階。

 鍵を開ける。今日はポストに何も入っていない。

 安心した。

「おじゃましまーす!お、外観に反して意外と中綺麗だな〜。四葉が几帳面だからかな」

 部屋に入ってすぐ全力の笑みで振り返る友人。

「はは、そんなことないよ。リノベしたって言ってたし」

 私は普通に返すけど、それに対しちょっと悲しそうな表情で返される。

「もー、真面目に返さなくても〜。ま、今日は何にもなかったんでしょ?大丈夫だよ」

「まだ今日は終わってないよ?」

 私は怖くて俯く。

「あー、ごめんごめん。じゃ、ほら、コップ貸して!とりあえず喉乾いたし」

「あ、うん」

 乾かしていたグラスを一つと棚から同じ様なグラスを一つ。

 帰りに大学の生協で買ってきた2Lのオレンジジュースを開ける。

「生き返る〜」

「大袈裟だなあ」

 必死に励まそうとしている友人に少し申し訳なさを感じつつ。

 ジュース片手にたわいもない話が続いていく。

 少しだけ、恐怖はほぐれていた。

 

 だけど油断していた。

 ポストが開く音。

 その音で一瞬にして恐怖が舞い戻る。

 

 急にどこかから視線を感じる。

「あ、あ……」

「四葉、待ってて、取ってくる」

 友人が扉へ。そして勢いよく開ける。

「居るのか!?」

 でもすぐに戻ってきた。

「外には誰も居ないなあ……」

 違う、後ろ。後ろ!

「あっ……」

「どした?」

 その刹那友人の頭は殴られる。

「痛い!」

 壁に打ち付けられた友人。

 動けない私。

 目の前に居たのは。

 

 ――父親だった。

 

「お……父さん?なんで?」

 私は声を絞り出した。震えながら後退りしながら。

「遥、今日のクローバーはどうした?俺には今、遥の幸運が必要なんだ!」

「知らない……知らない」

「知らないわけないだろう」

 どうして。なんでお父さんがここに居るの。

 お母さんと離婚して、縁も切っていたはずなのに。

「捨てたのか」

 そう言ってゴミ箱を探り始める。

 すると突然すがる様な声に変わる。

 豹変の仕方に気味が悪い。

「なんでわかってくれないんだ。俺は家族のためにやってるんだぞ。俺の幸せは母さんの幸せ。二人の幸せは遥の幸せだろう、なあ?」

 畳み掛ける様に放たれた言葉に信用なんてものはない。

「そんなことない」

 いきなり歩み寄って肩を掴まれる。

「なんでそんなこというんだ。幸せは遥から俺、俺から母さん、最後に遥に戻ってくる。いつもそうだったじゃないか」

 そんな理論ない。

 戻ってくるまでに私がたくさんの不幸を溜め込むことをお父さんは知らない。

「こいつなんだよいきなり殴るなんて。電話したからな」

 友人が起き上がって言い放つ。

「どういうことだ?俺は遥の父親だぞ!」

「違う!」

「違うって言ってるじゃん。お前、ストーカーなんだよ」

 サイレンの音。

「どうして、どうして、なぜだ!?」

 焦るお父さん。

 逃げようとした時、友人は辛そうなのに立ち塞がる。

 でも、力は及ばない。

「どけ!」

 また壁に叩きつけられゆっくり沈む。

 お父さんが外に出る。

「ああ、ごめん、本当にごめん。私のために」

 泣きながら急いで友人の元へ駆け寄る。

「いいよ、今日の私最高でしょ。後でSNSで言っていい?」

「無茶しないでよ……言っていいから……ありがとう」


 その後すぐに警察に事情聴取され、お父さんが捕まった。

 私を見るなり叫んでいたけどもう聞くのはやめた。

 友人も同じ様な感じだった。

 ふと、アパートの外から部屋に戻る時、足元に草が触れた。

 アパートの電気がうっすらそれを照らす。

「クローバー」

「四葉だねえ」

 言葉にされて少しドキッとした。

「今度は幸せになれるかな」

「押し付けられても捨てちゃえばいいんでしょ?」

「今日、それに気がついたかも」

「じゃあもう大丈夫だよ」

 階段を上がり部屋へ戻る。

 部屋に入ろうとした時、視線を感じた。

 でも、そいつに向かってあっかんべーと煽っておいた。

 今の私に怖いものなんてもうないから。

 だからもう、四葉のクローバーは不幸なんかじゃない。

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