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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』④讃岐の『天領化』

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讃岐の天領化18


1534年 如月半ば


 多度津付近・香川氏の居館

 夜、国分寺から戻った香川氏当主の香川元景は、重臣たちを集めていた。

 広間の火が揺れている。誰もすぐには口を開かない。

 沈黙を破って、やがて重臣の一人が言った。


「殿、どう思われますか」


 香川元景はしばらく黙る。そして静かに言った。


「恐ろしい」

「阿波がですか」

「違う。あの仕組みだ」


 その場が静まり返る。


「わしは、四州近衛孫次郎長慶という少年が現れたと聞いたとき、最初は特別な才覚を持つ若者だと思った」


 しかしそれは全く違った。香川元景は気付いてしまった。


「もし四州様(長慶)が死んだらどうなると思う」

「終わるのでは」


 重臣の言葉に香川元景は首を振る。


「終わらぬ。帳面が、法が、測量が、学校が、港が残る。つまり、四州様が死んでも動く」


 香川元景は戦国武将だった。

 だから分かる。普通は逆なのだ。

 どんなに有能な人間がいたとしても、死ねば、その秩序は崩壊するのが当たり前なのだ。

 けれど阿波は違う。人が仕組みを支えるのではない。仕組みが人を支えている。

 人が入れ替わっても動く仕組み。


「こんなもの、どう戦うのだ」


 その言葉に重臣たちも黙る。

 しばらくして別の家臣が言う。


「ですが殿、天領化となれば、領地も冠位も一度返上です。家の権威が落ちます」

 

 香川元景は即答した。


「逆だ。正式になる。今までの領地は何だ? 武力と慣習だ。だが天領化後は違う。朝廷が認める」


 これは香川元景だからこそ分かる理屈だった。

 守護代家層は「権威の価値」を理解している。

 つまり、細川家の権威から朝廷の権威へ置き換わるだけ。


 香川元景が本当に悩んだのは別だった。


「問題は、家の存続ではない。取り残されることだ」

「港が阿波式になる。升が、税が、法が統一される」

「その時、香川だけ違うやり方をしておったらどうなる?」


 数日後、香川元景は再び家臣団を集めた。


「香川家は天領化に参加する」


「ただし条件がある。我らも学ぶ」

「従うだけではない。理解し、使う」

「使えねば家は残らぬ」


 この瞬間、香川元景は讃岐の中で最も早く本質を理解した勢力になった。

 彼らが見たのは、(長慶)個人ではない。阿波でもない。まして朝廷でもない。

「制度そのものが勢力になる時代」だった。


 そして香川元景は決断する。

 国大名としてではなく、新しい秩序の共同設計者として生き残る道を選ぶのである。



1534年 如月半ば、同じ頃


 勝賀城、国分寺から戻った夜、香西元定は、珍しく酒を飲んでいなかった。

 広間には重臣たち、しかし誰も話を切り出せない。

 当主である香西元定自身が考え込んでいるからだ。

 やがて家老が口を開く。


「殿」

「なんだ」

「天領化の件ですが」


 香西元定はすぐには答えない。

 そしてぽつりと言う。


「面白いな」


 家臣たちは顔を見合わせる。予想外だった。


「面白い……ですか」


 香西元定は頷く。


「今まで誰も考えなかった。いや、考えても出来なかった」


 香西元定は国分寺でずっと観察していた。

 四州様(長慶)ではない。海雲でもない。

 帳面を。商人を。庄屋を。技術者を… そして気付いてしまった。


「武士だけで話が終わっておらぬ」


 それが異常だった。戦国の評議とは本来、

 武士が決め、農民に命じる。

 だが国分寺では違った。

 庄屋が発言し、商人が数字を出す。職人が意見を言うのを武士が聞いている。


「普通は順番が逆だ」


 翌日、香西元定は勝賀城下の港へ出る。


 船が並んでいる。荷役が行われている。商人たちも忙しい。

 その中の古参海商を呼ぶ。


「阿波式ですか?」

「そうだ」

「儲かります」

「どれくらいだ」

「かなりです」

 

 海商はさらに言葉を続ける。


「升が同じ。重さが同じ。荷札が同じ。つまり税が見えるので揉めません」


 香西元定は眉をひそめる。

 それは武士から見れば当たり前ではない。しかし商人から見れば革命だった。


「そんなに違うか」


 海商は笑った。


「殿、違うのです。今までは毎回確認していたのです」


 香西元定は黙る。


「毎回……?」

「毎回です」

「港ごとに、領主ごとに、升ごとに、税ごとに、毎回」


 その夜、勝賀城。香西元定は一人で地図を見る。


 ふと思う、今まで自分は何を守っていたのか。

 城? 兵? 領地? 違う… 手間だ。

 自分で導き出した答えに衝撃を受けたかのようにぽつりと呟く。


「我らは手間を守っていたのか」


 その瞬間、天領化が違って見えた。

 数日後、香西元定は再び重臣を集める。


「お前たち」


 全員が顔を上げる。


「天領化で何を失うと思う」

「裁量です」

「独自性です」


 元定は首を振る。


「違う、失うのは不便だ。今まで当たり前だった不便を失う」

「だが得るものは何だ? 時間、人、知識、未来だ」


 如月半ば、西氏は国分寺へ使者を送る。


 書状は短い。

 香西家は天領化に異存なし。

 阿波式の導入にも協力する。

 ただし勝賀城下を瀬戸内交易の実証地として用いることを願う。

 つまり、香西元定は単なる参加者ではなく「阿波式を利用して伸びる側」になることを選んだ。


 そんな香西元定が最後まで理解できなかったものがある。

 それは四州様(長慶)個人だった。


「なぜあの歳であれを思いつく」

「稀人だからでは」


 家臣の言葉に、香西元定は苦笑する。


「いや、稀人だからではない。武士ではない。商人でもない。公家でもない… あやつは“仕組みを作る者”だ」


 その評価は、おそらくこの時代の誰よりも、香西氏が四州様(長慶)の本質に近づいた瞬間だった。



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