第8話 判断しないという判断
主人公は特別な才能もチート能力もありません。
ただの、どこにでもいる普通のサラリーマンです。
ブラックすぎる異世界ギルドで、
「それ、普通じゃないですよね?」と
思わず口にしてしまったら、どうなるのか。
朝のギルドは、昨日までとは少しだけ違っていた。
列は相変わらず長い。
冒険者の声も多い。
だが、受付の動きが止まらない。
――回っている。
それだけで、空気は変わる。
レイは壁際に立ち、あえて口を出さずに様子を見ていた。
手伝えば、もっと早くなる。
仕組みを直せば、さらに効率は上がる。
それでも、今日は何もしない。
(……今は、見ておく)
前の職場で、何度も失敗した。
良かれと思って踏み込みすぎて、
「お前のやり方は特別だから」と切り離される。
改善は、現場のものにならなければ意味がない。
「レイさん」
声をかけてきたのは、ナーミだった。
昨日より、顔色がいい。
「今日は……大丈夫そうです。もう少ししたら、交代も回せそうで」
「それはよかったです」
それ以上、何も言わない。
褒めもしない。指示もしない。
ナーミは一瞬きょとんとしたが、
すぐに小さく笑った。
「……変ですね。
昨日まで“助けられてる”感じがしてたのに、今日は“自分でやれてる”感じがします」
レイは、胸の奥でうなずいた。
(それでいい)
昼前、ギルド長が現れた。
空気が、一段引き締まる。
人任せの上司とは、まるで違う。
「……数字が落ちていないな」
受付全体を一瞥し、淡々と言う。
「むしろ、滞留が減っている。
何か変えたか?」
ナーミが一瞬こちらを見る。
だが、レイは首を横に振った。
「現場が、考えたことです」
ギルド長は、少しだけ目を細めた。
「ほう」
それ以上、追及はなかった。
評価も、命令もない。
それが、逆に重かった。
業務終了後。
帳簿が閉じられ、扉が下ろされる。
レイは外に出て、大きく息を吐いた。
(……疲れたな)
体は正直だ。
何もしなかったのに、どっと来る。
空を見上げる。
夕焼けに染まる雲。
昼の喧騒が嘘みたいに、広い。
――前は、見ていなかった。
いつも足元か、書類か、誰かの顔色ばかりだった。
歩きながら、ふと思う。
(今日は、ちゃんと休もう)
帰ったら、湯を張る。
柑橘系の入浴剤を入れて、長く浸かる。
湯上がりには、温い紅茶。
この世界の茶葉は荒いが、
蒸らしを短くすれば、悪くない。
そんなことを考えていると、
胸の奥の張りが、少しだけ緩んだ。
(……判断しない、ってのも。
悪くないな)
レイはそう思いながら、
静かな帰路についた。
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小さな改善が“当たり前”になったとき、
次に問われるのは――「誰が決めるのか」。
ギルド長の視線、
現場の戸惑い、
そしてレイ自身の迷い。
踏み込まないと決めた男が、
それでも無視できなかった“違和感”とは。
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※更新は1日〜2日に1話を目安にしています。
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