第1話「それ、普通に回ってないですよね?」
主人公は、特別な才能もチート能力もありません。
過労で倒れかけたことがある、
どこにでもいる普通のサラリーマンです。
ブラックすぎる異世界ギルドで、
「それ、普通じゃないですよね?」と
思わず口にしてしまったら――
その世界で、
“気づいてしまう人間”は、どう扱われるのか。
前の職場で、俺は何も言えなかった。
言えば面倒になる。
言わなければ、自分が壊れる。
結果、どっちも同じだった。
だから次は、
気づいたことは言うと決めていた。
たとえ、それが異世界でもだ。
冒険者ギルドの朝は、いつも騒がしい。
依頼を受けに来る者、報告を出す者、文句を言う者。
そのすべてを、**受付の彼女は一人でさばいていた。**
「次の方、どうぞ」
声は落ち着いている。
笑顔も、形だけは完璧だ。
だが、メガネの奥の目にははっきりと疲労が溜まっていた。
(今日も、人が足りない……)
彼女は、元々このギルドで**少し有名な受付だった**。
手際がよく、愛想もよく、
「美人受付嬢がいる」と噂になる程度には。
――それは、今よりずっと前の話だ。
人が減り、仕事が増え、
気づけば「できるから」という理由だけで、
彼女一人に業務が集中していった。
「昨日の依頼、報酬が違うんだが?」
「まだか? 時間がない!」
「少々お待ちください」
その言葉を、今日に入って何度言ったか分からない。
書類は山積み、管理表は未整理。
休憩? いつから取っていないのか、思い出せない。
「受付は座ってるだけだろ」
「気合で回せ」
上司はそう言って、
自分は上に顔を出すだけで、現場には降りてこない。
(……考えるの、やめよう)
そうしないと、続かなかった。
そのときだった。
「すみません」
列の後ろから、控えめな声がした。
振り向くと、見慣れない男が立っている。
冒険者にしては装備が貧相で、
どこにでもいそうな、特徴のない男。
――新人だ。
戦力にならないと判断された者は、
こうして裏方の雑務に回される。
彼もその一人だろう。
「この受付、今ひとりですか?」
「はい。……何か問題でも?」
業務用の笑顔で返す。
クレームなら後回しにしたい。
だが男は、少し首をかしげた。
「いや、その……普通に回ってないですよね?」
一瞬、頭が真っ白になった。
「え?」
「列が伸びてますし、処理も詰まってます。
この状態で休憩なしは、ミスが出ます」
(……やめて)
そう思った。
余計なことを言えば、また怒鳴られる。
「だ、大丈夫です。これは普通なので」
反射的に、いつもの言葉が出る。
男は困ったように眉を下げた。
「普通じゃないと思います」
その一言が、胸に引っかかった。
そこへ、上司の声が飛んでくる。
「おい! 何を勝手に話している!」
彼女は身構えた。
また、だ。
だが男は、一歩も引かなかった。
「昨日の報告書、処理が遅れてましたよね」
「……なぜそれを」
「受付が詰まると、冒険者の出発が遅れる。
結果、依頼の成功率が下がる。
それ、上への説明、困りませんか?」
上司の口が、ぴたりと止まった。
「五分、休憩を入れましょう。
そのほうが今日中に戻せます」
沈黙。
周囲の視線が集まる。
「……五分だけだぞ!」
上司はそう言い捨てて、立ち去った。
彼女は、呆然と男を見た。
「……ありがとうございました」
「いえ」
男は少し気まずそうに視線を逸らした。
「言うつもりはなかったんです。
でも……前の職場と、同じだったので」
五分後。
頭が冴え、手が動く。
処理速度が、はっきり違う。
(……私、まだちゃんと働ける)
ふと、男を見る。
彼は何事もなかったように、列の整理をしていた。
「……あの」
「はい?」
「どうして、ああいうことが言えたんですか?」
男は少し考え、答えた。
「言えなかった後悔が、あったので」
それだけだった。
かつて“美人受付嬢”と呼ばれた彼女は、
その日初めて、
**自分がまた人として扱われた**気がした。
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