回想5 マリーダという少女
王様と王妃様は顔の火照りを残したままマリーダに家族のことを聞いた。マリーダは王様と王妃様の目を真っ直ぐに見て答えた。
「物心ついたときには王都の外れの孤児院にいました。神父様から、5年前の春に男から預けられたと聞いています。」
王様と王妃様は互いに顔を見合わせた。王様が静かな優しい声で尋ねる。
「その男のことを覚えているかい?」
マリーダは一度だけ瞬きをした。
「覚えて、いま……。」
マリーダの頭に揺らいだ2つの紫の目が過ぎる。
「…………目が……私と…同じ色だったと、思います」
顔も声も思い出せない。ただそれだけが残っている。王様が小さく息を飲む音が聞こえる。王妃様の口が少し歪んだのが見えた。
「すぐに、この子のいた孤児院へ行き、神父様に確認を取りなさい」
王妃様の凛とした通る声が、背後にいる近衛兵にかけられた。近衛兵はすぐさま返事をすると矢のような速さでその場を後にした。
「母上様、父上様」
今まで大人しくしていたマリーが声を上げる。マリーの片手はマリーダの手に、そしてもう片方の手はマリーダの肩に添えられた。
「マリーダを休ませてあげましょう。きっとひどく疲れているわ」
マリーダはマリーの顔を見た。先ほどまで好奇心が先立っていた目には、心配の色が浮かんでいる。肩に添えられた手のぬくもりに、マリーダの頬へ一筋の涙が伝った。そのあとも涙はあとからあとから出てきた。
「ええ。申し訳ないことをしたわね。隣にある控えの間を使いましょう。そこならカウチもあるわ」
王妃様がそう声をかける。王様も王妃様もそろって玉座からおりて、こちらへ向かってくる。王様は膝をつくと、一枚のハンカチをよこした。マリーダは戸惑ったように王様を見やる。
「お使いなさい。なにも、気にしなくていい」
マリーダはおずおすと王様の節くれだった手からハンカチを受け取ると、目元を抑えた。
控えの間にあるカウチでは、ずっと隣にマリーがいた。マリーは侍女に絵本を持ってこさせると、朗々とその絵本を読み聞かせてくれる。この国で有名な聖女様と勇者の冒険譚であった。身振り手振りを交えて、声色をかえて言葉を紡ぐマリーはまるで舞台女優のようだった。
その様子を向かいのカウチに座る王様と王妃様は優し気は目で見る。
扉の外から慌ただしい足音が近づいてきた。
皆が扉の方へ視線をよこすと、たたきつけるように扉が開いた。あの近衛兵が控室へなだれ込む。滝のような汗をかいている。深い啓礼をすると、震える手で紙切れと小さな革袋を王様に手渡す。王様は重々しい表情でそれを受け取るとまず紙に手をかけた。
さすがのマリーも絵本の朗読をやめて息をひそめる。紙が広がるかさりという音が大きく響く。読み進める王様、その隣で一緒に読む王妃様からも、徐々に表情が抜け落ちていく。
すべて読み終えたらしい王様と王妃様が、先ほどとは打って変わった焦ったような手つきで、革袋 をひっくり返す。革袋からは宝石のついた指輪が二つ、音もなく、王様の手ひらに落ちた。王様の目も、王妃様の目も限界まで開かれる。
「あら。その赤い指輪。マーシャル大叔父様のものと一緒ね」
無邪気な声がぽとりと部屋に落ちた。「大叔父様」と、マリーは言った。
「……この、緑の指輪は、弟のものよ」
王妃様は絞り出すような声でそうつぶやいた。王様が深く息をつくと、低い声で語り始めた。
「前王の兄に穢された侍女がいた」
「その侍女は子を身ごもったまま、姿をくらまし、子を産み……その子どもが、公爵家から追われた子息と子を成した」
それが――「マリーダ」。
重苦しい空気の中、皆の視線はマリーダに注がれた。マリーがマリーダの手を強く握りしめる。マリーダはその手を強く握り返す。同じように握り返してきたその手を、マリーダはただ見つめていた。




