回想4 謁見もとい犬も食わぬ夫婦喧嘩
マリーダは今玉座の前にいる。隣には、マリーという少女(蛇は回収された)。後ろにはマリーダを連れてきた近衛兵がいる。近衛兵の顔には血の気がない。マリーダとマリーを交互に見ては震える息を吐いている。
マリーダの育った孤児院などすっぽり入ってしまいそうなほど大きい空間だった。床は艶のある白く艶やかなタイルが敷き詰められており、毛の短い赤色の絨毯が王座へと続いていた。左には王様、右には王妃様が座っている。空気はピンと張り詰めていた。
「セドリック、これは、どういうことかしら?」
王妃様は絶対零度の凍てつきをもって言葉を発した。王妃は一度も王の方へ視線をよこさない。マリーダは、店の軒先で身ぐるみを剥がさせ土下座させられていた八百屋の店主と、それを冷たい目で見やっている奥さんを思い出した。八百屋の店主は浮気をしていたのだ。
「わたしに、やましいことなど、ない」
王様は真顔で、尊大に言った。王様も王妃様を見ない。王様の視線はマリーダとマリーの間に注がれている。王妃様は小さく息を吐いた。小さな音にも関わらず、その音は広い部屋に大きく響いた。近衛兵の呼吸はまだ揺れている。マリーダがチラリとみやると、近衛兵のこめかみに大粒の汗が伝っているのが見えた。
「答えになっていませんよ?目の前の、これは、どういう事なのか、説明していただけませんか?」
王妃様は静かに、だがしっかりとした怒りを込めて一言、一言、言葉を区切るようにして王に問いかけた。”これ”と言われたマリーダも口元を引き締める。マリーダに非は一切ないはずだが、王妃様の人も殺せそうな空気と視線は身も震えるような怖さだった。
しばらく無言でいた王様が視線をウロウロとさせると、もにょもにょと小声で何かを呟いた。先ほどの言葉よりもずいぶんと弱々しい。ひじ掛けにあるこぶしが固く握りしめられていた。
「なんですか?そんな小声では聞こえませんよ?はっきりとおっしゃってください」
苛立ちながらも凛とした声で王妃様が王様を責め立てる。王様が突然立ち上がり、王妃様の方へと向く。
「私は!あなた以外と閨を共にした事など無い!!!」
叫ぶような音量での言葉だった。大声に面食らった王妃様だがすぐに立ち直るとキッと王様を睨む。
「嘘をおっしゃい!王子教育の際に閨の勉強もあるはずです!そのような嘘よくも!」
「嘘じゃない!座学のみで済ませた!お前と、アイリーンと、はじめてを迎えるために私がどれほど努力をしたと思っているのか!!!」
怒る王妃様に重ねるように王様も同じかそれ以上の気迫で王妃様に言い募る。要約するに王様は王妃様へ拗らせている恋慕があるようだった。
マリーダもマリーもそして近衛兵も二人の喧嘩を茫然と見やる。そうしていると突然マリーが小首を傾げた。
「ねや?にゃーあ?ねこ?」
どう考えても分からなかったのか、後ろに控える近衛兵を見やった。気配で近衛兵が悟り、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
マリーは”ねや”の意味を近衛兵に聞こうとしていた。それは、あまりにも気まずい。マリーダは頭を巡らすと、マリーの服をちょいちょいと引っ張った。
そして、おもむろに両手をマリーに見せると、どこで覚えたかも覚えていない”親指無くなっちゃった”という手品を披露した。マリーダは、孤児院育ちである。近所のお姉様方に色々、そう、本当に”色々”大人の色恋について教えていただいたのだ。”ねや”の意味だって当然知っている。
マリーは”ねや”のことなど忘れ、マジックに心底びっくりした様子だった。目をキラキラと輝かせ、マリーダの目をしげしげとみやる。マリーダは人差し指を唇にあて、静かにしてねという合図を送ると、そっとポケットから小さなキャラメルを取り出して、マリーに手渡した。キャラメルは部屋に案内しようとしてくれた侍女がこっそりくれたものである。マリーはコクコクと頷くと素早くキャラメルを口の中に滑り込ませると神妙な表情を保って正面を見た。マリーダもそれに倣う。
犬の食わぬ夫婦喧嘩の果てに王様と王妃様はりんごのように顔を赤くしていた。
そうしてはたと喧嘩と仲直りの原因となった女の子を見やる。
果たして――この子は、なんなのか。




