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回想2 「わたしは姫じゃない」

マリーダは座ったことのないようなふかふかな張りの施された馬車の座席で、プルプルと震えながら泣いていた。


「わたし……姫じゃ…ない……」


涙の間に辛うじて喉から絞り出されたマリーダの言葉に、近衛兵は「そのような嘘はいけません」と眉尻を下げてたしなめる。いくら宥めすかしても「わたしは姫じゃない」としか言わないマリーダに、近衛兵がほとほと困り始めていた頃に馬車は王城へとたどり着いた。


そうして涙と鼻水でひどい有様になっていたマリーダは早々に浴室に放り込また。あれよあれよと言う間にきれいに磨かれ、清潔で美しいドレスを着せられて、恐れおののいた。


そう。着せられたものは下着からドレスにいたるまで、オーダーメイドで作られたのではないかというほどにピッタリだったのだ。


平民の麻で出来たゴワゴワした服よりも、肌触りのいい上質なシルクのドレスを着ているにも関わらず、気味の悪さにマリーダの肌が粟立った 。カタカタと震えの隠せないまま、マリーダはひとつの部屋に押し込められた。そこでは、引っ詰め髪のいかにも性格がきつそうな女性が、マリーダを待ち構えていた。女性は鬼のような形相で、ぎろりとマリーダを睨む。


「マリー様!授業を抜け出すのは何度目ですか!今日はこの本が終わるまで解放しませんからね!!」


有無を言わさぬ気迫で怒りを露わにする女性は、扉の前から動こうとしない(正確には怖くて動けない)マリーダを無理やり動かすと、平民が一生働いて稼いだお金でも買えなさそうな椅子に座らせた。マリーダの目の前には豪奢な装丁の本、見たこともないような立派な羽がついたペン、混じりけのない紙で作られたノートが置かれている。どれを触っても、汚したり壊したりしたら弁償できなさそうなものばかりだった。恐怖のあまり、マリーダの喉から風を切るようなヒュっというか細い音が鳴った。そんなマリーダの態度などお構いなしに女性は口をへの字にして授業を開始する。

生まれてこの方孤児院で過ごし、読み書きなどは多少出来る程度のマリーダにとって、女性が喋っている内容などわかるわけもなければ、もちろん目の前の本すら読めない。

理不尽にネチネチ何を言われても、マリーダは殊勝に言葉を紡ぎつづけた。


「わかりません」

「読めません」

「わたしは姫じゃありません」


と目には涙をためながら、しかしどこにもこぼさぬように、斜め上に視線を上げ、なるべく女性に聞こえるような声量を出すように心がけていた。


だが、教師である女性は一向にその言葉を信じようとしない。


何度か「ふざけるのはおよしなさい」と怒り狂ったが、あまりにマリーダが一途に同じことを繰り返すため、教師の方が折れてしまった。これでは授業にならないと見切りをつけた教師は、今日予定されている授業を全て見合わせ、姫に充分な休息を取らせるよう侍女に頼んで、その場を後にした。


マリーダは立ち去る女性の背中を見つめ、一難去ったようだと悟ると頬に一筋の涙をこぼした。

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