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回想0 美しい少女 マリーダ

影武者姫の本名はマリーダと言う。平民生まれなので姓はない。


マリーダはまだ乳離れもしてない年齢で王都の外れにある孤児院に預けられた。神父もシスターも善良な人間だったので、マリーダを他の子達と同じ様に愛情を持って育てた。


すくすく大きくなっていくマリーダの容姿は、目を引く様な美しいものだった。

白磁の肌にはアメジストのような瞳が輝き、絹糸の様な柔らかな白い髪の毛を持っていたのである。


だが、マリーダは成長するにつれてひとつ困った奇行をするようになる。たまに意味のわからない言葉を発しはじめるのである。それはどう考えてもこの国の言葉ではなく、その言葉を発する時は大体興奮状態なのだ。何か魔物が取り憑いているのか、病気なのか判断しかねた神父とシスターは、評判の良い町医者にマリーダを見てもらうことにした。


「どのような時にその言葉を発するのですか?またなんと発音していますか?」


柔和な表情の医者の男は優しく、神父とシスターに尋ねる。


「どのようなときと言われましても…….、どうにも突然でして。<ワンコセメトウシエウケ>、ですとか、歯軋りしながら<トオトイ>とか…………。動揺したように<リバ>と繰り返すこともあります。いずれも聞き慣れない言語でして、そのときはとても情緒不安定で……」


神父が眉尻を下げながら答える。


「一度鼻血を出して膝から崩れ落ちて<ドエロイ>とも……」


シスターは目を伏せながら心配げに答える。医者の男はその言葉をカルテに真剣な面持ちで書くと、優しい視線をマリーダによこしながら質問した。


「マリーダさん。<ワンコセメトウシエウケ><トオトイ>と言ったときのことを覚えているかな?何を見てどう感じたのかな?教えてもらえるかい?」


マリーダは顔を赤らめもじもじとし始めた。彼女としては男性と男性がたまたま接近しているのを見かけてた際に、体の奥から込み上げるような気持ちがポロッと溢れて出てきた言葉なのだ。ただ、その状況を年上の男性に事細かに説明するのは憚られた。なんだかとても”いけない事”のような気がしてしまったのだ。マリーダはじっと神父へと目線をやると、また視線をそらした。


「あの、男の人同士が仲良さそうにしてるのみると、わって、なるの……」


マリーダが消え入りそうな声でそう答えると、医者は鷹揚にうなずいた。


「教えてくれてありがとう。マリーダさん、もう大丈夫だよ。あとは神父様達とお話するから、マリーダさんはみんなと遊んでおいで」


マリーダが火照る頬もそのままにお辞儀をすると、素早く部屋を後にした。


「あの、お医者様。マリーダはなにか大変な病気なのでしょうか」

「いえ、そういったものではありません。いわゆる”前世症候”でしょう。生まれる前の生での記憶や想いが強すぎると、ままある症状です。生死にかかわるようなものではありませんよ。年齢が上がるにつれて前世での想いや記憶も薄れていくものです。このまま健やかに成長すれば、先ほどのような行動も減りますよ」

「本当ですか!よかった……」

神父は思わず医者の手をにぎり、涙目でお礼を述べた。シスターも安堵の涙を静かにハンカチで拭っていた。医者は柔和な笑顔のまま、大事でなくてよかったと小声で伝えた。


天が与えた作り物のような見た目の少女に、非常に業の深い癖が刻まれている事実を神父へ伏せたまま。

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