〇
ガタッ
馬車が大きく揺れた。道にある石を馬車の車輪がはねたのだろう。
目の前にいる侍女は体勢を崩し、窓ガラスに手をつきながら前のめりになった。マリーダも座席に片手をついてしまった。
マリーダはドレスの皺を少し整えるふりをしながら、ドレスの隠しポケットを撫でた。指先が冷たい。
中にはスリングショットが入っている。
指に沿う輪郭に、息を細く吐いた。
「大丈夫ですか!姫様!」
「えぇ、大丈夫よ」
慌てた様子の侍女に、マリーダはなんてことないように優しい声色で答える。マリーダは怪我がないかと近寄ろうとする侍女を、手を前に出して止める。
「大丈夫ですから。馬車が動いてるときに立つのは危ないわ。あなたが怪我をしてしまっては、大変よ」
「っ!申し訳ありません…。ありがとうございます…、姫様……」
侍女はそういうと、素直に座り直した。
それは。
あの木の上で、マリーがくれたものだった。
忍ばせてしまった、愛器。
木材界のミスリルと呼ばれるシロタエクルミを柄に、伸縮性に優れたエリマキヘビの首の革を弦に用いて作られている。
金貨数十枚相当の代物だ。使い慣れた頃にマリーから値段をサラリと言われたときには震えが止まらなかった。
手渡されたときには黒かった柄の色は、経年変化により白く色が抜けている。それはマリーの髪の毛の色のようだった。ドレス越しに スリングショット を撫でる。
最後に見たマリーの揺れる髪の毛が瞼の裏に映る。
マリーダはまた思い出をなぞり始めた。




