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揺れる馬車

乗り心地の良い馬車に揺られ、ベールで顔を隠した花嫁衣装の娘が外を見ている。向かいに座る侍女は気遣わしげに娘を見やって言う。


「姫様、今からでも逃げましょう。獣人めなどに姫さまを嫁がせるなど……」


「いいのよ。これも国のためだもの。ただ、そうね。今は少し、そっとしておいてもらってもいいかしら」


優しい声色で小首を傾げる姫の表情は伺えない。ただ手袋に包まれた手だけが小刻みに震えているのに侍女は気がついた。


「っ………。出過ぎたことを………。申し訳ありません」


侍女は身につままれるような思いでそう口にすると涙ぐんだ。長らく冷戦状態にあり、蛮族とも謳われる獣人の元に、文句も言わず健気にも嫁ごうとする姫の気高さに胸を打たれたのだ。


「いいのよ……。ありがとう」


柔らかく消え入りそうな儚げな声でそう言った姫の声に、侍女は耐えきれずに鼻を啜ってしまった。カラカラという馬車の音と、時折侍女の涙を耐えようとする音だけが静かに馬車の中に流れている。姫は再度外を見る。住み慣れた母国への哀愁に浸っていた…………






わけではない。





(獣人との結婚)




その言葉を反芻しただけで、彼女の胸の奥底がじわりと熱を帯びる。

それは、恐怖でも、嫌悪でもない。

どうしようもなく、浮き立つような感情。

それは、あらがいようのない歓喜だった。


彼女は転生者である。


もっとも、本人にその自覚はない。前世の記憶はほとんど残っていないというのに、困ったことに嗜好だけは、その魂に深く刻まれてしまっているのだ。姫は、か細く息を吐いた。気持ちを落ち着けるためである。

側から見れば、それは涙を堪え忍んでいるようにも見えただろう。健気な姫君の姿としては、申し分ない。やがて、胸の高鳴りがわずかに鎮まると、姫は過去に思いを馳せた。


静かな馬車の中は、宝物のような日々をひとつひとつ思い返すのに、ちょうどよかった。


(あの孤児院から、思えば遠くへ来たものだ)


彼女を乗せた馬車は、粛々と国境へと進んでいた。

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