恋の予感
シルは、セレスティアのお父さまに、面会に応じたことを伝えに部屋を出た。
「……きんちょうする」
お父さまに会う、と決めたはいいものの、やっぱり緊張はする。心を落ち着かせるために深呼吸を繰り返していると、こんこんとノックが聞こえた。シルかな。
「セレスティアお嬢様、失礼してもよろしいでしょうか?」
呼吸が、止まる
彼が誰なのか、声だけで、わかる。
「…っええ」
びっくりしすぎて声が裏返ってしまった。ふーっと息を出して深呼吸する。落ち着け心臓…!!
「失礼致します」
扉が、開く。まず見えたのは、艶やかな黒髪。それに、まっすぐと見つめる赤い瞳。そして現実とは思えないくらいどストライクな綺麗なお顔。その身は執事服を纏い、佇んでいた。
そんな、セレスティアより歳が少し上くらいだと思われる少年が入ってきた。
(はぁぁあっ……!!今日も顔も声も存在も素敵すぎて心臓が止まるかと……っっ!!)
枕に突っ伏したい気持ちをなんとか抑える。頑張れ自分。耐えるんだ自分。
「お嬢様…体調は如何でしょうか?」
彼は心配そうに私を見る。そんなに顔色が悪く見えるのかな。彼が何故今来たのかは分からない。でも、きっとシルが気を使って、寄越してくれたのだろう。
「体調はだいじょうぶよ」
そう言って、心配いらないと伝えようとする。が、彼の顔は曇った。
「体調はですか…」
彼は少し考え込むように、下を向いた。考える顔も大変美しい。思わず凝視してしまう。
「…もしかしてですが、顔色が悪いのは、この後旦那様とお会いになるからでしょうか?」
図星を突かれて思わず肩が揺れる。そんなバレバレの反応に彼はやっぱりという顔をする。シルから私がお父様と会うって伝えられていたのね、伝達が早い、流石公爵家の筆頭執事。
「姫様」
彼は、ゆっくりと私の方へ近づく。急に良い顔が近づいてきて何事かと思っていたら──
「失礼します」
(………ふぁっ!?!?!?)
そう言って、彼の手が私の頭に触れた。そのまま優しく撫でられる。
「大丈夫ですよ、姫様。旦那様はお顔は怖いですが、根は優しい人です。」
頭は完全に思考停止した。少し茶化しながら彼は笑う。まるで妹を優しく勇気づけるかのように。
唐突な推しの過剰摂取に体が順応できず、放心状態のまま固まった。
「姫様?」
私が固まってしまっているからか、彼が心配そうにこちらを覗き込んだ。
(ち、近いぃ………ご尊顔がっ……ひゅっ…)
あまりの近さに動揺しまくったものの、推しに心配させるだなんてもってのほか!と自分を奮い立たせる。
「ありがとう、緊張がほぐれたわ」
そう言って満身創痍をひた隠して全力で微笑む。この状態にしたのは紛れもなく貴方ですけれどね!そう叫びたい程だったが、それは流石にできない。すると、彼は嬉しそうに笑った。
「そう言っていただけて光栄です」
にこにこと笑う彼は、やっぱり格好良くて。私の知ってるゲームの中の推しはにこりとも笑わないクールキャラだった。そんな彼の、たまに見せてくれる淡い微笑みが好きだった。
目の前にいる少年は、ゲームの推しと同一人物ではないかと疑ってしまうほど似ている。けれど、全然違う。髪や瞳の色だって違うし、声だって似ているけれど違う。性格だって、全然違う。でも、推しに似ている人ってだけでも幸せになって欲しい。そう思うほど、私はあの人を"推している"。
「あ、姫様の頭を撫でたことを旦那様と執事長に知られたら怒られるので二人だけの秘密で」
そう言って無邪気に笑う。年相応の屈託ない笑顔に瀕死寸前。と同時に、何故か泣きたくなった。これだけ違うのに、どうしても彼が思い出される。笑えなかった推しと、今のように笑えてる彼を比べてしまうのだ。考えてもしょうがないのに。必死に顔に出さないように全力で顔を固めて、笑う。
「じゃあ約束ね」
複雑な気持ちのまま、そう言って小指を出す。そうすると彼はきょとんとした顔をする。あ、この世界に指切りげんまんはないのかなと思い至って焦る。けれど、
「こうすればよろしいのですか?」
彼の小指が私の小指にちょんと触れる。あまりの可愛い行動にクスリと笑みが零れる。
「おしいわね。こうやるの」
彼の小指を私の小指で絡める。自分からやっておいてあれだが、心臓の音がすごい。
「約束…ね?」
そう言って彼の方を見る。そうすると、彼はポカンとしてたが、じわじわ赤くなっていった。よく見ると、耳まで真っ赤だ。私もつられて顔が赤くなってしまう。
部屋に甘酸っぱい雰囲気が漂った。




