お父様とお母様
お父様と、2人きりになった。
途端、交わされた視線がゆっくりと外れた。彼は俯いて、考え込んでいる。
その隙に彼を盗み見る。
俯いているため、元々長いまつ毛の長さが際立つ。けれど、そんな美しさに身惚れるよりも、美しい顔が強ばっているのが気になった。よく見ると、手も僅かに震えている。
(どうして娘と話すだけなのに、そんなに緊張しているんだろう?)
そう思っていると、ふっとお父様がこちらを向いた。話し始めるのかな、と思って見つめ返していたけれど、何かに気付いたようで懐かしそうに、目を細めた。
「…そのドレス」
お父様は、私のドレスを見ていた。ライラが勧めてくれた美しいドレス。そういえば、これにすると決めた時、ライラがお父様が喜ぶと言っていた。
「ティファの…セレスティアの母のレティファの小さい頃のドレスなんだ」
「お母さまの…?」
そう言ったお父様の声は、少し震えていた。だから、このドレスを選んだら“旦那様が喜ぶ”と言ったんだ。そして、"ティファ"さんは、セレスティアのお母様。
「…本当に、ますますティファに似てきたな……」
ポツリと零すように、お父様は言った。とても優しい顔をしていた。
お父様がお母様のことを呼ぶ時、すごく優しい顔で、声で、呼んでいた。彼女への愛情が、痛いほど伝わってくる。
でも、私は知っている。周りの人の反応と、セレスティアが話してくれた話で。
『お母さまは、私を産んだ数年後に亡くなってしまった。』
レティファさん…お母様は、もうこの世に居ないのだ。あんなに優しい顔をするほど大切にしていた人を失った時、この人は何を思ったのだろうか。どれだけの涙を流したのだろうか、どれだけの苦痛を味わったのだろうか。
そう考えると、私まで苦しくて、痛くて、悲しくなる。
「セレスティア…いや、セレと呼んでいいか?」
彼は、懇願するように真剣な目で尋ねた。父親なのだから、娘を愛称で呼ぶくらい、いいのに。そう思うのに、今までそんな何気ないことすら出来ていなかったことを知った。今のセレスティアとお父様の間には、確かな壁がある。
ゆっくりと、こくりと頷いた。
「そうか。ありがとう、セレ」
お父様は、嬉しそうな顔でほのかに笑う。やっと顔の強ばりが少し緩んだ。
彼が、セレスティアを愛していることは一目瞭然だ。誰が見てもわかるほど、大切に想ってくれている。
でも、セレスティアは気付いてなかったように思う。不思議な空間で話した時の彼女は、とても悲しそうで……独り、だったから。
あの時の辛そうに笑う笑顔がずっと頭から離れない。そして、お父様も。こんなにも大切にしてくれて、想ってくれているのに何故それをセレスティアに伝えられていないのか。
確かラヴェルが、『会っていなかった』と言っていた。それもきっと関係しているのだろう。
「ところで、お父さま。なぜわたくしは呼ばれたのでしょう?」
疑問は沢山あるが、今聞いても答えてくれない気がする。とりあえず、会話が一区切り着いたところで、気になっていたことを聞いてみる。そう聞くと、お父様は、真剣な顔をした。
「……セレ、本当に体調に変化はないか?」
シルに最初に会った時に質問されたことと同じことを聞かれた。質問の意図が全く分からないけれど、素直に答える。
「?はい」
体に異変は特に何も感じない。至って普通…いや、むしろ調子がいいくらいだ。
「………金色の光を見たことがあるか?」
「…?」
質問の意味がわからなくて首を傾げる。どうしてお父様は、そんなこと聞くんだろうか。そもそも金色の光ってなんだろう。
そんな疑問だらけな私を見て、お父様は少し安心したように息を吐いた。
「……分からないなら良い。疲れただろう。シルヴァ達を呼ぶから、部屋に戻ってゆっくり休むといい。」
そう言って、また微かに笑った。
「…………あと」
お父様は何か言いたげに視線を彷徨わせている。せっかく和らいだ顔がまた固くなってしまっていた。どうしたのだろうか。綺麗な顔を見つめながら待つ。
「……嫌ではないのなら…たまに会いに来て欲しい…」
付け足すように言われた言葉は、弱々しい声で紡がれた。勇気を振り絞って言ったのか、握られた彼の手は、爪のあとが残ってしまうのではと心配になるほど、強く握られていた。
その様子が、その言葉が、勇気をだして1歩づつ仲良くなろうとしてくれているようで、嬉しくなった。
「ぜひ会いに来ます!でも、わたくしばっかり会いに行くのは不公平なので、お父さまもわたくしに会いに来てくださいね!」
"大丈夫だよ"そう気持ちを込めて、笑って返事をした。すると、お父様は嬉しそうに笑った。『何時でも来てくれ』そう言いながら今度はちゃんと、とびきりの笑顔で。
……でも、その瞳は、隠しきれないほど悲しげに潤んで見えた。




