エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりましたー私と定時と働き方改革ー
エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりました ―契約、それは突然に♡―
エナドリ部長シリーズ第4話です!
01:魔課に仕事がない日
──静寂。それは魔課に最も似合わない言葉だ。
「……えっ、こんなに静かな日ある!? こわ……」
佐藤がそっとキーボードを打ちながら呟く。
クリック音がやたらと響いている。
誰の電話も鳴らない。チャットも来ない。
コピー機も回っていない。
(……嵐の前の静けさってやつ? いやいや、考えすぎ。たぶん)
葉月は視線を泳がせながら、手持ち無沙汰に書類を整えるフリをした。
(……でも、もしかして試用期間でクビ?
評価されてない? せっかく転職したのに、また転職活動?)
朝から何もしていない。正確には、やることがない。
(私、なにか見落としてる? やるべきタスク)
周囲の様子を見る。山田さんはフリー素材を眺めて、佐藤さんはExcelで「草」って書いて遊んでる。
高橋さんにいたっては、ガジェット系ブログを黙読してた。仕事じゃない。
(……いや、これガチで誰も働いてないのでは?)
「……失礼します」 恐る恐る、志摩のデスク前に立つ。
「今、何か私にできること、ありますか?」
志摩は一度だけ、ゆっくりとこちらを見た。
Wi-Fiアンテナのようなツノが、やや下を向いている。
「仕事は“時の供物”だ。静寂すら、契約に含まれる」
「……は、はい?」
なぜか哲学だった。
02:飛鷹との会話と10円
休憩スペースの自販機前。
暇を持て余した葉月が、なんとなくふらふらと歩いてきて、思わず小さくあくびをした。
ふと横を見ると、飛鷹が一人佇んでいる。
「ヒマな時間に成果は出ません。評価されたいなら、爪痕を残すべきですね」
レッ◯ブルを取りながら、飛鷹がぽつりと言う。
「……与えられないなら、奪うんですよ」
「えっ」
「仕事も、機会も、居場所も。僕らは皆“サバイブ”してるだけです」
(ああ……この人は、“奪える力”を契約で手に入れたんだ)
言葉の端々に、どこか焦げたような音が混ざっていた。
いつもクールな飛鷹が、少しだけ熱を帯びている気がした。
(でも、私も……何かしないと、生き残れないかも)
葉月はスマホを取り出してかざすと、麦茶のボタンを押した。
ガコンと音がして、取り出し口から缶を取り上げる時、ふと釣り銭受けに目がいく。
10円玉が一枚、ぽつんと転がっていた。
「あ、忘れ物……飛鷹さんの?」
「……違います。僕もタッチ決済なので」
少し間があった。その10円から、なぜか視線を逸らしたように見えた。
葉月はしゃがみ、拾いながら何気なく言った。
「でも、もったいないですよね」
しばらく黙っていた飛鷹が、缶の口を拭って、静かに呟く。
「……そうですね。確かに、もったいない」
(あれ、今の……何か引っかかる)
拾った10円よりも、その言い方のほうが、重く感じた。
03:レディ登場・誘惑の契約
昨日に引き続き、魔課は今日も静かだった——
休憩スペースの自販機の前に、またも「売切」の赤ランプが点っていた。
静寂のオフィスに、不意に派手なキャリー音が響く。
コロコロコロコロ……
「補充♡ 来ました〜!」
見るからに“会社感”のない格好の女が、キャリーを引きながら軽快に現れた。
真っ赤なリップに、魔界出身感あふれるパープルのスーツ。そして彼女の頭上には、ネイルと同じピンク色の、小さく光るツノがちょこんと伸びていた。
名札には、でかでかと「レディ8」とだけ書かれている。
「えっと、社員の……方ですか?」
葉月が戸惑いながら問いかけると、レディはにこっと笑って言った。
「“エナドリの営業”よ♡ お願いされて来たの」
(だ、誰が……?)
その瞬間だった。
レディは自販機の横にキャリーを置きながら、やけに軽やかにジッパーに手をかけ——
「きゃっ♡ ……あらまぁ〜〜〜!?」
ガララララララッ!!
まるで“勢いよく横に引っぱったらどうなるか”を熟知していたかのように、キャリーケースが開き、缶が床にどっと転がった。
「どうしましょう〜〜♡ 転がっちゃった〜〜♡」
(いや今の、わりと全力で引きましたよね?)
葉月は反射的にしゃがみ込み、床を転がる缶を両手で追いかける。
自販機の下に潜り、植木鉢の裏をのぞき、床に膝をつきながら拾い集める。
「ありがとう♡ 助かるわ〜〜!」
「いえっ、当然のことです! 転がったものは、拾わないと……」
二人が協力して缶を回収し終える頃には、やたらと床が冷えていた。
葉月のスカートはほんのりホコリまみれになっていた。
「ふぅ……全部入りましたね」
「ほんっっっとに助かったわ♡ あなた、いい動きしてたわよ〜!」
「えっ……あ、そうですか?」
「うん、機敏だし、判断も早いし。あと“反応速度”が特にいい!」
「……ゲームのキャラ評価みたいですね?」
「そう、つまり“素質”があるってこと♡」
レディがにこっと笑い、缶を補充し終えた自販機をパン、と軽く叩いた。
「ねえ、ちょっと面白い話があるんだけど……」
彼女は、またも懐から何かを取り出す。表紙に丸文字で《こうかんノート♡》と書かれたファイル。
「契約って、興味ない? もっと、力が使えるようになるのよ♡」
葉月は、ファイルを見つめたまま、固まった。
(この人、最初からこれが目的だったのでは……?)
……いや、気のせいか。たぶん。
「力があれば、もっと動けるわ」
(……力があれば、もっと動ける?)
ふと浮かぶ、自分の“理想の働き方”。
週4勤務、定時退社、コンペ一発通過、ノーストレス。
メールの返信も、チャットも即レス。
「できたらお願いします」すら言わなくて済む未来。
(……あれ、それって飛鷹さんじゃない?)
「これ、“契約書”よぉ♡」 レディがノートを差し出しながら、小首を傾げて微笑む。
——その笑顔、8割が口角。目は死んでる。というか、瞬きしてなくない?
(まさかこれも効率化?)
ためらいつつページを開くと、色とりどりの手書き文字がぎっしり。
「残業やだ」 「副部長、指示が毎回変わる」
「通勤だけでHP削られる」
「承認ルートが魔界」
(誰!?)
(全部、共感度100%なんですけど!?)
葉月が思わず読みふけっていると、レディが耳元でささやく。
「ほらぁ、“ちょっとだけ頑張らなくて済む方法”……欲しいでしょう?」
ささやく声がやけに近い。 さっきから、微妙に距離感がおかしい。
この人、パーソナルスペースって概念が魔界仕様だ。
「え、あの、これ……サインしたら……?」
「すぐ! ラクになるわよぉ♡」
「週3勤務♡ クライアント全員ご機嫌♡ 肌つやつや♡」
「美容効果まで!?」 あまりの万能っぽさに、思わず叫びそうになる葉月。
だがその直後、レディが突然トーンを下げる。
「……でも、代償はあるわ」
「いきなりシリアスモードやめてください」
「ジェットコースターですか」
(……でも、わたしも。なにか、得なきゃ)
(でないと、また“いらない”って言われるかもしれない)
その時、ふいにレディがファイルの端を指でトントンと叩き、にっこり。
「さあ、サインしちゃう?♡」
——その笑顔が、“押し売りの人が最後に出すやつ”に見えたのは、気のせいだろうか。
「ちなみに、これって万が一解約したいときには……?」恐る恐る葉月は聞いた。
「解約も、できないわけじゃないの。
ただ——窓口は“魔界第27階層”、平日の14時〜15時のみ」
「……どの会社のサポートより厳しいですね」
「しかも、平日14時て。働いてる人の敵じゃないですか」
「働き方改革……魔界でもやってるんですか?」
「やってるわ♡ こっちは“早帰りデー”導入してるし」
(魔界が一番ちゃんとしてる説あるな……)
「ちなみに、解約は“手動契約”なので、
ご自身の手で書いていただいたところを、ご自身でハサミで……」
「“こうかんノート”なのに、手動で解体させるんですか!?」
葉月の目に、ふとページの隅に書かれた小さな文字が入る。
「——“やめようとしたけど、見つからなかった”」
その文字だけ、ぐにゃりと歪んで見えた。
「それ、“ちょっとやってみたけど面倒で解約放置してるサブスク”じゃないですか……!」
魔界仕様になったら、確実に人生が詰むやつだ。
04:飛鷹の過去
「ま、葉月さんは慎重ね〜。……飛鷹くんなんて、初回からMAX契約だったのに♡ しかも当時は学生さんで!」
「……えっ?」
葉月が固まる。
その瞬間、廊下の奥から、飛び降りた後のような革靴の音。
タン、タン、タン……
赤紫のツノがひょいっと顔を出した。
「呼んだのに来ないと思ったら……僕の評判を広めてたんですね。ありがたいことです」
レディは唇に指を立てて笑う。
「うっかり♡ でも今さら隠す必要ある? そのツノ、今日もビシッと立ってるわよぉ♡」
飛鷹は小さく肩をすくめた。
「別に。ツノを見れば、もう察するでしょうし」
そのまま近づいてきた飛鷹が、ちらとレディを見る。レディがすっと葉月の肩に手を置いた。
「ねえ、飛鷹くん。せっかくだし、協力してくれない? 葉月ちゃん、なかなか落ちなくて♡」
返事はなかった。
代わりに、飛鷹がゆっくりと一歩、前へ出る。
視線が、私の手元へと落ちる。
開かれた“こうかんノート”。そのページの一角。
《チャンスがほしい。何でもやる。ここから抜け出したい》
(あ……)
私もつられて視線を落とし、その書き込みに気づいた。
そして同時に、彼がそれを見ているのも。
飛鷹は、静かにノートに視線を落としたまま呟く。
「……そのメモ、僕です」
その一言のあと、ほんのわずかに息を整えるような間。
「子供の頃、自販機の釣り銭忘れを探すのが日課でした。スクワットするフリして、そっと手を伸ばすんです」
——その声には、照れ笑いも、開き直りもなかった。ただ事実を置くような、静かな温度があった。
「10円でも見つけたら、その日は“勝ち”。でも、今はタッチ決済で釣り銭すら落ちてない。
……便利な世の中ですね」
彼はわずかに笑ったが、その目は笑っていなかった。
「就活でも、ことごとく“お祈り”されました。
成果も出せない、金もない、自信もない。
惨めな自分も、貧乏も、何もかも嫌になって」
「……だから、契約したんです。
“成果を出す力”と引き換えに」
「……あなたにも、“何か”あるなら。契約しても、いいと思いますよ」
葉月の胸に、静かに何かが落ちた。
(みんな、“何か”を変えたくて契約したんだ)
05:志摩の願いと代償
(……飛鷹さんの話、思ったより重かった……)
そんな空気を読む気ゼロのテンションで、レディが言った。
「ま、人間ってのはね~ “願う”と“依存”の境目が曖昧なのよぉ」
キャリーの取っ手をくるくる回しながら、エナドリ営業はこともなげに言った。
「志摩さんも、最初は軽〜い気持ちでね?
“部下を守れるなら”って。……でも、それが一番、抜け出せなくなるのよ」
(志摩部長が、軽い気持ちで……?
でも、あの人のツノ……あんなに黒くて、重くて……)
「もっと知りたいなら、あなたも力を得ればいいのよ」
レディはそう言って、再びあの“こうかんノート”を差し出す。
「志摩さんもね、最初は“部下のことを知りたい”って、書いてたわよ。
“いつ、誰が壊れるのか”、
“何に苦しんでいるのか”、
“どうすれば守れるのか”──って」
ぱらり、とノートがめくれた。
そこには、震えた文字でこう書かれていた。
《守れなかった人の顔が、夢に出てくる》
葉月の息が止まりそうになる。
(さっきのこうかんノートに、
……志摩部長の“願い”が、残ってる?)
ノートのページは次々にめくれる。
《部下を見捨てたくない》
《また誰かが倒れる前に気づきたい》
その筆跡が、どこか志摩の堅い文字に似ている気がして──
レディはにこっと笑った。
「でもね、願いが強いほど、代償は重くなるの」
06:志摩の登場と阻止
葉月が再びノートに手を伸ばしかけた、その時だった。
コツ、コツ、コツ……
聞き慣れた足音が廊下の向こうから響いてくる。
志摩が静かに現れた。ツノが、私の位置を示すようにわずかに揺れている。
「葉月、新しい案件だ。……三課は“堕ちていない”。そのままでいろ」
レディが目を細めて笑う。
「ふ〜ん……“今のところ”よねぇ? どこかで聞いたようなセリフだわ。
でも、会えてうれしかったわ♪ またね♡」
キャリーと、なぜか飛鷹を引き連れ、ヒールの音を響かせて去っていく。
静けさが戻る。志摩は振り返らず、ぽつりと呟いた。
「力を乞うた者に、ツノは宿る。……それでも手にするか?」
葉月は、ふと志摩の後ろ姿を見つめていた。
あのツノ。あの無表情。その奥には、どんな思いがあるのだろう——。
(……知りたい)
ほんの少しだけ、そう思った。
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