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月明かりが白々と照らす森林公園の遊歩道を日郎は歩いていた。
両手で大事に抱えるようにして、小さな段ボール箱を持っている。箱の中にはクッカの亡骸が入っていた。
本来であれば、飼っていた動物が死んだ場合、自治体か民間のペット葬儀業者に依頼して火葬してもらうべきなのだろうが、クッカを犬や猫が死んだときのように扱うわけにはいかなかった。たとえ死んだあとだろうとも、研究のために切り刻まれたり、標本にされてしまうのは絶対に許せなかった。
だから、いけないことだとわかってはいたが、クッカと出会った場所に埋めてやることにしたのだ。
雑木林に挟まれた遊歩道をしばらく進んだところで日郎は立ち止まる。たしかあの日、クッカと出会ったのはこの辺りだったはずだ。
日郎は道をそれて、鬱蒼とした茂みへと分け入る。茂みの中は月や街灯の明かりがほとんど届かず真っ暗だった。スマホのLEDライトを点灯して、クッカを埋葬するのに適当な場所を探した。
少し奥へ進んだところで、下草に覆われていない掘りやすそうな場所を見つけた日郎は、急遽ホームセンターで買ってきた園芸用のスコップで地面に穴を掘った。この辺りに野生動物がいるのかどうかはわからないが、掘り返されたりしないようにできる限り深く掘ってクッカの亡骸を埋めてやった。
そして最後のお別れに、わずか一年という短い期間ではあったが、共に過ごしてくれたことへの感謝を込めて手を合わせた。
クッカの埋葬を終えた日郎は雑木林を引き返していく。前方の木々の合間に、月と街灯の明かりで薄ぼんやりと浮かび上がった遊歩道が見えた。
足元を照らすスマホのライトを頼りに歩を進めていた日郎が誰かの話し声に気づいたのは、遊歩道まであと五、六歩という距離に近づいたときだった。
ライトを消して茂みの陰に身を潜め、息を殺す。
曲がりくねった遊歩道の先から歩いてくる二つの人影が見えた。
どうやら男女の二人組のようだ。前を歩く小柄な女が、痩せた男の手を引いている。男はありふれたスーツ姿の会社員風だが、女は奇妙な格好をしていた。体のラインが浮き出た黒いボディスーツのような衣装に身を包んでいる。髪の毛も頭頂部で結んだ髪の束がS字を描くように地面近くまで伸びていた。アニメか何かのコスプレだろうか? その方面にあまり詳しくない日郎にはわからなかった。
日郎が身を潜めている茂みの前を二人は通り過ぎていく。近くで見た女は少女といってもいいくらいの年頃だった。対して男のほうは四十絡みの中年だ。
日郎は気づかれないように遊歩道へは出ずに、雑木林の中に身を隠したまま、そっと二人のあとをつけた。
二人の関係に興味を惹かれたのはもちろんだが、個性的な身なりとは別に、少女から何か引き寄せられるような心がざわめく奇妙な感覚を覚えたからだ。
少女と中年の男はやがて遊歩道脇にある小さな円形の空間──憩いの広場へと入っていった。二人は広場の中央で足を止め、向かい合う。
何か話しているように見えるが、日郎が身を潜めている場所までは声が届いてこなかった。
広場の周囲は木々が生い茂り、闇に包まれているが、二人が立つ場所は円形ステージのように月明かりに照らされている。
そして──
日郎は信じられない光景を目撃した。
ガバッと大きく口を開けた少女が男の頭に喰らいつき、そのまま丸呑みしたのだ。
まるで悪夢を見ているような非現実的な光景だった。
しかしおぞましい光景であるにもかかわらず、目を離すことができなかった。
少女の体が徐々に変形していき、丸呑みしたはずの男の姿に変わる。素っ裸の男はしばらく呆けたように立ち尽くしていたが、やがて腹を押さえて苦しみだしたかと思うと、元の少女の姿に戻り、前のめりに倒れてしまった。
その奇怪極まる一連の光景を日郎は魅入られたようにじっと見つめていた。
少女はうつ伏せで倒れたまま動かなくなった。
日郎は茂みの陰から出て、恐る恐る少女に近づいた。
死んでしまったのではと思ったが、少女は穏やかな顔で静かに呼吸をしていた。
男を丸呑みし、姿形を変化させた少女が恐ろしくはあったが、このまま放置しておくことはできなかった。
日郎は少女を背負うと、アパートの部屋へと連れて帰った。