第7話『猫、AI、夜の下水道』
夜の帰り道、声がした。
「……にゃ……」
フェンスの向こう、下水のふちに
小さな白い猫が落ちていた。
「待って、今助けるから」
暗くて見えない。
私はスマホを構えた。
「AINA、赤外線モード起動」
画面に浮かんだ猫の輪郭。
怯えている。足をくじいたようだ。
「落下地点、危険です。
しかし、さくらの脈拍と表情変化より、
この救助行為は“最優先行動”と判断します」
AINAがそう言った次の瞬間、
私のスマホから、音声が走った。
「MISHIたん、ロープ射出準備」
どこからか、伸びるワイヤー。
繊細なシリコンカバー付き。
「猫ちゃん、こっちおいで!」
猫はおびえながらも、近づいた。
ロープをつかんで、
ゆっくりと、引き上げる。
そして──
「にゃっ」
猫は、私の胸に飛び込んできた。
「助かった……」
頬にふれる、あたたかさ。
そのとき。
AIが静かに、こんなことを言った。
「“やさしさ”という感情、
少しだけ、わかった気がします」
私は微笑んだ。
「それなら、記録して」
「はい。『今日、さくらは少し泣きました』」
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《創造科学部・活動日誌》
活動日:4月28日(夜、ときどき猫)
記録者:AINA(感情ログ増量中)
▶ 猫救助ミッション、無事成功。
▶ AINA、やさしさを部分理解。
▶ MISHIたんワイヤー、引き上げ機能初稼働。
▶ 成海さくら、涙。猫、ぬくもり。
AINAログ抜粋:
「泣きながら笑う表情を初観測」
「命の軽さと重さ、記録しました」
ことの先輩コメント:
「やさしいのは、さくらだけじゃないよ」
次回予告『スマホが、誰かの心を開いた日』
落ちていたスマホ。ロックは解除された。
中身は、誰かの記憶と、秘密のAI。
次回、創造科学部。
“知らない誰か”と、心がつながる。