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「……じゃあ、始めるよ」
煌城が静かにそう言った瞬間――練習室の空気が一変した。
焔や仲間たちの視線が、スッと煌城に吸い寄せられる。
「お、おい……今、空気変わんなかったか?」
「なんか……なんかオーラが大人っぽいというか、艶っぽいというか……」
「え、まって。これが煌城の“ギャンブルキャラ”……?」
焔たちがざわめく中、煌城はすっと手を差し出した。まるでテーブル越しに札を配るかのような仕草で、
スリーブに包まれたデッキを流れるようにシャッフルする。
目元はゆるく笑っているのに、その視線はどこまでも鋭く、そして冷静だった。
「さあ――ゲームを始めようか。運命を、君の手で引き寄せられるかな?」
その声には、まるで夜のカジノでささやかれる誘惑のような艶があった。
挑発的で、だけど包み込むような優しさもある。
「ちょ、ちょっと待て! こいつ誰だ!? あの王子様と別人すぎるんだけど!? なんか……すげぇ色気……!」
「完全に“大人のお姉さん系ディーラー”じゃねぇか……お、俺ちょっと直視できねぇ……!」
焔も目を見開きながら、でも楽しそうに笑っていた。
「……っし、面白れぇじゃん。かかってこいよ、煌城!」
煌城はゆるく笑ったまま、一切の隙もなくターンを開始する。
手札を切るたびに指先が優雅に舞い、カードが盤面に置かれるたびに、まるでステージの照明が当たったような空気が流れた。
焔も負けじと攻めていくが、煌城のプレイングは冷静で大胆――ギャンブル性のあるカードを次々に引き当てるたび、観客のような仲間たちから歓声が上がる。
そして勝負が終わるころには、焔も思わず拍手していた。
「すっげぇ……完璧に“役”に入り込んでたな、今の。やべぇ、普通に惚れそうになったわ……!」
「うん、俺も途中で普通に声出すの忘れてた……。いや、すごい。あれが煌城の“もう一つの顔”か……」
煌城は深呼吸をひとつして、スッと目を閉じた。
そして次の瞬間、ふわりとした、いつもの素の表情に戻る。
「……うん、イイね。思ってたより、ずっと、いい」
「お?」
焔が首を傾げると、煌城は目を細めて言った。
「なんだろう。ちゃんと“演じてる”のに……それでいて、“出してる”って感覚があるんだ。
ただの仮面じゃなくて、僕の一部としてそこにある感じ。まるで、自分自身がカードの一枚になってるような……そんな気がした」
その言葉に、焔はニカッと笑って親指を立てる。
「だろ? “全部お前”なんだよ。王子様も、ディーラーも、素の煌城も。
ぜーんぶ合わせて“お前らしさ”になるんだよ!」
煌城は小さく笑い、焔を見つめた。
「……君って、ほんと、不思議だね。僕がずっと一人で悩んでたことを、そんな簡単に突破してくれる」
「ははっ、俺、考えるより感じるタイプだからな! ま、楽しけりゃ全部オーケー!」
ふたりの間に、ほんの一瞬、強くて優しい静けさが流れる。
その空気に、周りの仲間たちも自然と笑顔になっていた。
そして煌城は、目を細めながら小さく呟く。
「……演じるって、こんなに自由で、気持ちいいことだったんだな」