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練習室にはひと息ついた空気が流れていた。
誰かがペットボトルを開ける音、スリーブを整える音、そして雑談混じりの笑い声。
焔は、その中でふと煌城の隣に座り直すと、カードをシャッフルする煌城の手元を見つめながら、ぽつりと口を開いた。
「なぁ、煌城。お前ってさ、あの“王子様”のキャラって、いつも使ってるデッキ用に作ったんだろ?」
煌城の手がふと止まる。
「……うん。まぁ、そうだね。デッキのテーマに合わせて、強くて、華やかで、わかりやすいキャラクターを」
「やっぱな。だって、あれ、完成度高ぇもん。見た目も喋りも、まじでプロのエンタメだった」
焔のその言葉に、煌城は少しだけ照れたように目を伏せる。
でも、それは否定の反応ではなく、どこか懐かしさすら感じる柔らかい表情だった。
「でもさ」
焔が、カードをくるくると指先で回しながら言う。
「他のデッキもあるんだろ? だったら、そのデッキごとにキャラ作ってみたら面白いんじゃねぇか?」
「……キャラを?」
少し不思議そうな顔をして、煌城が顔を上げる。
「ああ。たとえば、ギャンブルデッキだったら、こう……ちょっとイカれた賭博師風とか? ノリで勝ちを引き寄せる破天荒キャラとかさ」
「破天荒……?」
「そう。『運命を出し抜くのが趣味』とか言いながら、最後の一枚で勝負決めるタイプ。
めっちゃ派手な演出付きで!」
焔は、まるで自分がそのキャラを演じるかのように、身振り手振りを交えながら語る。
その様子に、煌城は目を瞬かせ──やがて、くすっと小さく笑った。
「……なるほど。それ、案外アリかもね」
「だろ? もしかして、今まで“王子様”以外のキャラはやってなかったのか?」
「演じるって、ずっと“王子様”しか知らなかったから……そのイメージが、強すぎて。
それに、王子様の仮面の下に、もう一つ仮面をかぶるのが……変に感じてた」
「仮面ってよりさ、それ、“衣装チェンジ”だろ。舞台に合わせて着替えるだけ。
どれも“煌城”って役者の持ちキャラってわけだ」
「……ふふ、衣装チェンジ、か」
煌城が、カードを手にしながら呟く。
「じゃあ、次にこのギャンブルデッキを使うときは……僕が運命を揺さぶる、破天荒なディーラーになる、ってこと?」
「それそれ! 絶対ウケるって! ほら、タクミとかもう笑いながら見てくるって!」
「……なら、やってみるか」
煌城が、少しだけ口角を上げた。
その笑顔は、かつての「演じなきゃいけない」という義務からは外れた、
ただ“演じることが面白そうだ”と思った少年の顔だった。
「……ありがとう、焔。君と話してると、新しい遊び方を見つけられる気がするよ」
「ははっ、そりゃあ俺、カードバカだからな!」
焔は照れくさそうに頭をかくと、手元のカードをトンとテーブルに立てた。
「次はそのお前に勝ってみせるから、覚悟しとけよ!」
「……楽しみにしてるよ、焔」
笑い声が練習室に広がる。
その中に、確かに煌城の新しい“役”が、産声を上げていた。