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「俺の勝ち、だな」
焔のフィールドには《烈火竜バルザード・ゼロ》が咆哮していた。
煌城のライフはゼロ──真っ白なカードの光が、スゥッと消えていく。
静寂が訪れる。観客たちがどよめき、審判が勝者を告げるその瞬間──
焔は、戦いよりも気になるものがあった。
(……やっぱ、あの時の“あいつ”と、今の煌城レオは、違う)
だから、言った。
「なぁ……ちょっと、聞きたいことがあるんだ」
「……ふふ。君に勝たれては、断れないね」
煌城は優雅に笑って、マントを軽く翻した。
「場所を変えよう。……少し、気を使わずに話せるところがある」
*
夕暮れのカフェ。駅から少し外れた、落ち着いた喫茶店。
暖色の照明と、古びた本棚。アイスコーヒーに、カップの音が控えめに響く。
焔は初めて来た場所だったが、煌城は迷いなく奥の席へ進んだ。
“行きつけ”というのは本当らしい。
「ふぅ……ここなら情報漏洩を気にせずに話せるよ。誰も僕の“表”を見に来るような場所じゃないからね」
席についた煌城は、穏やかな笑みを浮かべていたが、どこか──距離を感じさせる。
焔はまっすぐにその目を見る。
「……あの時、お前が使ってたあのデッキ。ギャンブル性のあるやつ。あれ、何だったんだ?」
「……」
煌城の笑みが、すっと消えた。
まるで仮面を脱ぐように、瞳から光が引いていく。
「……まあ、僕に勝った君になら……いいか」
彼はアイスコーヒーの縁に指を添えたまま、淡々と語り出す。
「君が知っている“煌城レオ”──王子様みたいな立ち振る舞いで、いつも堂々としていて、正々堂々とした“王道”のデッキで戦う僕。あれは……僕が“作ったもの”だよ」
「……作った?」
「うん。“キャラメイク”って言えばわかりやすいかな」
淡々と、でもどこか愉しげに。
煌城はまるで、自分という人間を説明するゲームのガイドのように話す。
「この世界では、“デッキは人間性の写し鏡”だ。
なら、強くなるには、“わかりやすいキャラ”になった方が、受け入れられやすい。……だったら、作ればいい。
堂々としていて、誰からも愛される、王道の“煌城レオ”をね」
焔は言葉を失った。
まさか、それが“演じたキャラ”だったなんて──
「……いや、勘違いするなよ?」
煌城が、少しだけ表情を和らげた。
「僕はあのキャラ、嫌いじゃない。むしろ、お気に入りだ。
でも──あれ“だけ”が僕じゃない。そうじゃない、僕もいる」
「たとえば……?」
「君に見せたギャンブルデッキ。
あれは僕が“運”と“選択”の狭間でバトルすることを楽しむ、もうひとつの側面。
他にもあるよ。
策略を重ねる渋い構築デッキ。童話みたいな、お姫様が主役の可愛いデッキ。
あるいは……呪いのように不気味な、狂気じみた闇のデッキだって」
煌城は目を伏せた。
「……それら全部を使って初めて、“僕”という存在が完成する。
でも、この世界じゃ、それは“奇異”に見られる。デッキは人格。コロコロ変えるのは“自分がない”って見なされる」
焔は、息を呑んだ。
「だから……王道だけに絞った。作り上げたキャラで、頂点に立った。
でも、だからこそ──」
言いながら、煌城は氷が溶けかけたグラスを見つめた。
「……少し、つまらないんだよ」
淡々とした声だった。
でも、その言葉の奥に、確かに感じた。
仮面を外した、誰にも言えない“本音”の寂しさ。
「君に見せたデッキの時、僕は……少し、楽しかったんだ。
誰かに本当の“僕”を、見せられるって」
焔はその言葉に、返すべき言葉をまだ見つけられなかった。
ただ──目の前の煌城が、あの“王子様”ではなく、ひとりの少年に見えた。
(……お前、ずっと……ひとりだったのか)
カップの氷が、ひとつ、溶けて落ちた音がした。