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夏の陽射しがビルの隙間を照らしていた。
風がぬるくて、ジュースの氷がすぐに溶ける。
「うーっす……暑っ!カードバトルどころじゃねぇよ……」
焔は商店街のベンチに座って、アイスを齧っていた。
本来なら今日はオフ。週に一度のノンデュエルデイ。
珍しく学校の宿題も終わって、まさかの完全フリー。
──だったのに。
「そこの坊や、いいカード持ってるじゃないか」
油断してた。
いや、むしろ平和ボケしてた。
突然現れた黒ずくめの男たち──通称
カードの“核”を集めてるって噂の、いわゆる悪の組織だ。
「はああっ!?マジで!?アニメの裏番組と間違えてんじゃねぇの!?」
叫ぶ間もなく、彼らはデュエルを仕掛けてきた。
通行人も消えて、空間ごとバトルフィールドに変わる。
「くっそ……こんなとこでやるなよ……!」
焔は逃げながら戦っていた。
1対3という圧倒的不利。しかも地の利もない。
(……あー、もう……これ、マジでヤバいやつじゃねぇ?)
それでも、あきらめる気はなかった。
焔は《烈火竜バルザード》のカードを握りしめながら、細い路地へ飛び込む。
背後から聞こえる、敵のカード発動音。
黒い魔法陣が追いかけてくるように路地を照らしたそのとき──
──静かに、誰かの足音が近づいた。
「……焔くん、こんなところで何をしているのかな?」
一瞬、時間が止まった。
細い路地に差し込んだ光の向こう。
白いシャツに黒の薄羽織を肩にかけ、長身の青年が佇んでいた。
誰よりも優雅で、誰よりも強くて、
そして──誰よりも“整いすぎている”男。
「……煌城、レオ……っ!?」
焔が名を呼ぶと同時に、敵のカードが発動した。
だが──彼は避けなかった。
指をひとつ、鳴らしただけで。
「──《ドグマ・フェイス》発動。運命のコイントスだ」
カラン。と、どこからともなく銀貨が宙を舞う。
その瞬間、魔法陣が霧のようにかき消えた。
焔は目を疑った。
煌城が──騎士団長アルヴィスではなく、
全く見たことのない、ギャンブル系の闇デッキを使っていたからだ。
「……お前、それ……いつの間にそんなデッキ──」
「ふふっ……」
煌城は、いつものような微笑みとは違う笑みを浮かべた。
無邪気で、悪戯めいていて、子供みたいな、だけどどこか妖しい──
そんな声で、言った。
「こいつら相手なら、いいよな……?」
視線を交わした刹那、焔は確かに感じた。
煌城レオが──“煌城レオ”ではない何かに戻っていくのを。
「《逆運の魔導士・ルナリア》、フィールドに顕現。効果発動──サイコロを2つ振るよ」
じゃらじゃらと、闇の中に音が鳴る。
「偶数だったら、敵全体のカードを強制帰還。奇数なら──僕のHP、1になる」
馬鹿げた効果。
誰もが使うのを躊躇う、暴発するギャンブルデッキ。
でも彼は、嬉しそうに笑っていた。
「この感じ、懐かしいな」なんて呟きながら。
焔は、戦いながら呆然としていた。
(……こいつ、楽しそうだ)
王道を捨てた煌城レオ。
彼は今、誰よりも自由に、誰よりも"自分らしく"戦っている。
じゃら。
サイコロは転がり──偶数が、出た。
「あーあ。うまくいっちゃった。つまんないなあ」
と、満足げに肩をすくめる。
まるで、観光客みたいなテンションで悪の組織を撃破した彼は、
そのまま羽織を翻し、振り返らずに路地を去っていく。
焔は、取り残されたように、その背中を見つめていた。
(……お前、何者なんだよ)
それは、もしかすると──ずっと、心のどこかで問いかけていた疑問だったのかもしれない。