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観客の熱気が渦巻く、公式大会の決勝戦。
戦うのは、煌城ユウと焔。
これまでの煌城の戦いぶりを見てきた観客たちは、当然のように“王子様”が今日も優雅に勝ち上がるものだと思っていた。
白く輝く手袋、丁寧な所作、誰にでも優しく礼を尽くす微笑み。
その姿は、まさに夢を見せてくれる存在だったから。
だが――焔は、ほんの少しだけ寂しそうに言った。
「……そっか。“王子様”のまんまか」
それは誰にも聞こえないような小さな声だったが、煌城はそれに応じるように、ふっと目元を緩めた。
「……やあ、久しぶり」
「へ?」
「ああいや、こうしてちゃんと“君と向き合う”のが、久しぶりだなって」
焔が瞬きをする。煌城の瞳が、どこか違って見えた。
あたたかく、それでいて底が見えないような、不思議な光。
「……今日、この場所はね。きっと、君とボクにとって、ぴったりのお披露目の場だと思ったんだ」
煌城は、ゆっくりと取り出す――
そのデッキケースは、いままでの煌びやかで貴族的な装飾ではなかった。
黒と赤のリボンが結ばれた、毒を秘めた菓子箱のような見た目。
「え……それ……!」
焔の声が震える。
煌城はにこりと笑う。けれどその笑みは、いつもより“子どもっぽく”、それでいて“危なげ”だった。
「さあ、遊ぼう?」
開始のコールとともに、煌城の雰囲気が一変する。
指先の動きが、言葉の調子が、そして視線の向け方が――
全てがまるで、“幼い少年”のような無邪気さを帯びていた。
しかしその“無邪気”には、残酷さと嗜虐性が潜んでいた。
「ねえ、焔くん。どっちが先に、悲鳴をあげるかな?」
まるで遊びの誘いのような声。
焔がカードを出すたびに、煌城はそれを興味深そうに覗き込み、まるで虫か何かを観察するような目で見つめる。
「うーん、つまんないなぁ。それだけ? もっと、面白いの見せてよ」
焔のライフがじわじわと削られていく。
その原因は、煌城の場に並ぶ“呪い”と“拷問”に特化したカード群だった。
そして――エースカードが場に登場する。
《アリス》
血のように紅い瞳。純白のドレス。
痛みと狂気を愛する、歪んだ笑みの少女。
カードの紹介が読み上げられると、観客から歓声が上がる。が――
次の瞬間、皆の息が止まった。
煌城が、微笑んだのだ。
まるでアリスが、カードの中から抜け出してこちらを見ているかのような、そんな錯覚を与える笑みで。
だが煌城は“少女”になりきることはしなかった。
高い声を出すわけでも、女の子らしい仕草をするわけでもない。
彼は“アリス”をベースに、自分の中にいる「少年」を演じていた。
「ねえ、知ってる? アリスちゃんはね、ボクが一番好きな子なんだよ」
無邪気に笑う。けれどその目は、焔の心を射抜くように鋭い。
「……あの子みたいになれたらって、ずっと思ってた。でも、ボクは男の子だから……ね。
だから、ボクは“アリスみたいな男の子”になることにしたんだ」
焔が息を呑む。
「残酷で、無邪気で、全部自分のペースで引っ張って――……君を、めちゃくちゃにしても、笑っていられるような。
……それが、ボクの“アリス”」
カードが次々と繰り出される。焔のフィールドはどんどん汚され、動きが鈍くなっていく。
「っ……なあ、ちょっと待て、それ強すぎんだろ……!?」
「ふふっ、だって“遊び”だもん。全力でしないと、つまんないよ?」
焔は汗を拭いながら、苦笑する。
「……はは、なんつーキャラしてやがる……。
でもな、煌城――お前がどんな顔してようが、俺は受け止めるって決めたんだよ」
「……」
「だから……男の約束、守らねぇとな!!」
声を張り上げ、焔が再び攻めに出る。
そこにいたのは、強すぎる“王子様”じゃない。自分自身で選び取った、煌城ユウそのものだった。
煌城はほんの少し、嬉しそうに、無邪気に笑う。
「……うん。焔くん、やっぱり君でよかった」




