【スピンオフ】ご遺体では無理なのでマネキンで・・・
【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです!
【シリーズ】ちょっと待ってよ、汐入
【1】猫と指輪 (2023年秋)
【2】事件は密室では起こらない (2023年冬)
【3】エピソードゼロ (2011年春)
【4】アオハル (2011年初夏)
【5】アオハル2 (2011年秋)
【6】ゴーストバスターズ? (2024年夏)
【7】贋作か?真作か? (2024年秋)
【8】非本格ミステリー!?(2024年冬)
【9】探偵になった理由
【10】ちょっと待ってよ、汐入 〜前編〜
【11】ちょっと待ってよ、汐入 〜後編〜
【12】汐入の道 〜前編〜
【13】汐入の道 〜後編〜
(完)
【スピンオフ】ご遺体では無理なのでマネキンで・・・
僕、能見鷹士はなぜか探偵の汐入悠希の無茶振りに巻き込まれてしまう(【1】猫と指輪、【6】ゴーストバスターズ?【7】贋作か?真作か?)。いつもは汐入が持ち込む厄介ごとのお話しだが、今回は僕のことを話そう。
僕は大手コンサルに勤めていたが三十路を前に退職し、中小企業に特化した個人コンサルタントを起業した。このお話は僕が独立する3年前、まだコンサル会社にいた時の話。仕事も覚えようやく一人でゼロからイベントを企画した。地元を盛り上げるための街フェスだ。何とか開催にこぎつけたがそこで小さな奇妙な事件が起こる。イベントには大きな支障はないけど、僕は街フェスの運営で忙しいから汐入に調べてもらうことにしよう。
第一章
コンサル会社に就職して三年目。ここらでゼロから自分で企画を作ってみろ、と上司に言われた。僕自身も、そろそろ自分の企画を形にしたいと思っていたところだ。
実は温めていた企画がある。地域活性化、所謂、町おこしだ。僕の地元、鳥居市近郊を盛り上げるべく密かに街フェスを考えていた。街フェスのコンセプトは「融合」だ。新たに何かをつくるのではなく地域にあるものを相互に融合して相乗効果を生み出すのだ。
実は鳥居市そしてその隣の龍ヶ淵市にはなかなかの観光資源がある。サッカーリーグの下部カテゴリーに所属する「Red Phoenix」、同じくバスケリーグの下部カテゴリーに所属する「Dragon claws」。そしてダンスグループが世界へと羽ばたいていくアニメ「dancing sunshine!!」の舞台にもなっている。これらを融合し、地元の商店街に観光客を呼び込む「街フェス」を作り上げるべく、僕は時間と情熱を注ぎ込んだ!
概略はこうだ。街フェスは金土日の三日間。
まずはアニメ「dancing sunshine!!」の聖地巡礼スタンプラリーだ。主人公たちの出身校、練習している公園など、エピソードに登場する実在の場所を巡ってもらいそこに置いてあるスタンプを集めると原作者オリジナルのイラストが貰える。
そして金、土の夜は飲食店で街バルを開催。飲食店の皆さんには街バルの為に「ワンドリンクとつまみ」もしくは「ワンフード」の1,000円街バルメニューを用意してもらう。
一方、地元をホームにするRed PhoenixとDragon clawsにはホームゲームを土曜のデイゲームで開催してもらう。観戦チケットには街バルの200円引クーポンを付け、試合の観戦が終わったら街バルを楽しんでもらう。
もちろん街バルは地元のお客さんにも楽しんでもらえる様、前売り券は800円に設定する。
さらに、スポーツ観戦、街フェス、聖地巡礼を相互に行き来する動線を確保する為に、三日間は各所を巡回する無料シャトルバスも用意。街フェス参加券、バスケ、サッカーの観戦チェット、聖地巡礼スタンプラリー台紙があれば無料とし、商店街、アリーナ、スタジアムを自由に移動してもらう。
いろいろと準備は大変だったが企画を提案してから8ヶ月後の2020年4月、ようやく実現にこぎつけた。
昨日、金曜から街フェスは始まっている。土、日は中央広場の特設ステージを設け、プロ、アマ問わずエントリーすれば誰でもパフォーマンスを披露することができる。そして中央広場には展示コーナもあしらえた。Red PhoenixとDragon clawsのホーム&アウェイのユニフォームをそれぞれ着せた4体のマネキン、dancing sunshine!!の原画を展示した。
いざ始まってみると当然、万事順調とは行かない。だが色々と現場での調整・修正はあるもののリカバリー不可避な致命的なトラブルはなく、なんとかイベントは計画通りにできている。しかし、そんな中、妙な出来事が発生した。
Red PhoenixとDragon clawsのホーム&アウェイのユニフォームを着せた4体のマネキンの一部がなくなっていると、連絡を受けた。現場に赴くと、Red Phoenixのホームは顔と右腕がなく、アウェイは左足が、Dragon clawsのホームは左腕、アウェイは右足、がそれぞれなくなっていた。
「これ、いつからこの状態ですか?」
現場のボランティアスタッフに聞くと、
「気がついたのはさっきですが、準備してた人に聞いたら、昨日の段階からマネキンはこの状態だったみたいですよ」
と返ってくる。
マネキンがここに到着した時は確かに完全な状態であったことは僕も確認している。つまりそれ以降、昨日までの間に手足が取られている事になる。不可解な出来事だ。でもただそれだけだ。一応、ユニフォームはちゃんと着れているし、僕はよろず屋として現場を奔走しているから、この件だけに構っている暇はない。
こんな時こそ探偵だ。高校からの腐れ縁の汐入悠希がここ地元で探偵業を始めたのだ。汐入を呼び出すべく僕は電話をかけた。汐入は渋っていたが、マネキンの奇妙な出来事を説明すると興味が湧いたのか、呼び出すことに成功した。よし、うまくいったぞ。ひとまずこの場は汐入に任せよう。
広場に着くと、汐入は何を考えているのかよくわからない表情でマネキンを見つめる。しばし沈黙。
マネキンを提供してくれたアパレル店の店長が不安そうに汐入に聞く。
「あのぉ、これ戻ってきますかね?」
「今の段階ではなんとも言えないな。ま、戻ってこなくても、1体分の手足をバラせば3体は元通りだ」
「いやぁ、それは元通りではないですよね・・・」
「・・・そうだな。ワタシも元に戻せる様、ベストを尽くす」
汐入に任せて大丈夫かな?と不安を覚えつつ、僕は他の現場に向かうため中央広場を離れた。
第ニ章
街フェスは街バルの時間に突入した。ここからは各飲食店が自律的に動く。ようやく運営は落ち着いてきたので、中央広場に戻り汐入にマネキンのことを聞く。
「どう?なんかわかった?」
「まだ何か物的な証拠を見つけたわけじゃないけど、状況的には4体から体の一部を拝借して5体目を作り出すって奴だ。何かのミステリー作品であったやつだね。ま、今回のケースは胴体の部分が足らないけどな」
へぇ〜。マネキンをそんな風に使うなんて。そんな作品があるんだ。
「マネキンを増やすって。ミステリーにそんなに需要あるの?」
「は?何を言っている?マネキンを増やしたいわけじゃない。ミステリーでは、ご遺体でこれをやるのさ。被害者の数を増やして5人かと思いきや、実際は1人は密かに生きていて、みたいなやつだ。キーパーソンが死んだ様に思わせておき、実は生きていたってわけだ」
だよね。マネキンでは緊張感あるミステリーにはし難いよね。しかし、賢いな。色んなことを考える人がいるもんだ。
さて置き、
「実際、そんな事できるの?」
「さあ?知らないよ。フィクションの世界だからな。まあ、現実世界でご遺体でやろうとすれば莫大な労力がかかるだろうね。絵的にも悍ましい光景だ。それに耐えられる稀有な感覚の持ち主でないと遂行できないだろうね」
僕はリアルに考えてみた。何体ものご遺体を切り取るなんて・・・その悍ましい光景に身震いをした。想像するのはもうやめよう。
「この場合はどうなの?マネキンを増やして何がしたいの?」
「多分、4体を5体に増やしたいわけじゃないだろうな。数のトリックは関係なさそうだ。一つマネキンが必要だったんだろう。だけど、まるまる盗むと直ぐにバレるから4つのマネキンから少しずつ手足を拝借して、バレるまでの時間を稼いだってところだろうな。それに胴体がなければ持ち運びも容易だ。胴体を何かで代替する前提なら案外合理的なのかもしれない」
残されたマネキンは手足の一部は無いものの、ユニフォームを展示するという役割を果たしているから対応は後回しになった。狙い通りかはわからないけど、事実、初動が遅れた分、時間は稼げている。
「つまり、今どこかでこの手足を何かの胴体に組み合わせてできたマネキンが使われているってこと?」
「まあ、そうだろうな」
ふむ。なるほど。これら身体の一部が欠けた4体のマネキンの意味するところがなんとなく見えてきた。
「増えたマネキンはどこで何をしているんだろう?」
「そこがポイントだな。胴体が代用でも良いところを考えると、なんとなく人型に見えれば良いんだろう。何か適当な大きさの物を胴体の代わりにして、その胴体にマネキンの頭と手足をつける。例えばそれに毛布なんかをかけて、あたかも人が寝ているよう見えればそれで目的は達せられるのかも知れない」
「ってことは、具体的に例えばどんなことが想像できるのだろう?」
汐入の言葉の先を促す。
「最悪を想定すれば、誘拐や拉致だ。犯人がその発覚を遅らせる為に誘拐された本人がまだ布団で寝ている様に見せかけている、とか」
えっ!?もしそうなら只事じゃないぞ!
「汐入、これはことの次第によっては大変な事件になるぞ!?」
「慌てるな。そうなるかも知れないし、ならないかも知れない。リスクの高い犯罪ならマネキンぐらいはしっかり用意するだろう。だから物騒な犯罪をしているってことではないと思う。悪知恵のある奴がふと思い付いたイタズラに近いもんだろうとワタシは踏んでいる」
それを聞いて僕は少し安心する。汐入が言葉を継ぐ。
「だがなんとかマネキンの行方を確かめたいな。能見、なんか手はないのか?まずは近隣の人たちに、家で誰かがまだ寝ていると思いきや実はマネキンだった、という状況がないかを聞いてみたい」
うーむ。なんか手はないものか?可能性は低いものの、もしかしたら大変な事件になるかも知れないしな。何もわからない状況で無闇に恐怖心を煽るのは避けたい。商店街に顔が効く人、あ、そうだ、大森さんに相談してみよう。
「わかった。汐入、ちょっと待っててくれ。大森さんに相談してみる」
早速僕は大森さんに電話をかける。ざっと状況を説明して、どこかに人がいるように見せかけるためにマネキンが使われてないか調べられないだろうか、と相談した。すると大森さんは、お安いご用だ、実は商店街の青年部に連絡用のLINEがあるからそこから展開してみるよ、と言ってくれた。
待つことしばし。大森さんからマネキンが見つかったと連絡があった。なんでも、とあるご家庭の息子さんの部屋のベッドで寝ていたようだ。で、当の息子さんーーー高校生のようだがーーーは、親に内緒で彼女とお泊まりデートに出掛けているという。犯行?の発覚を遅らせるためにベッドで寝ているように見せかけたようだ。
早速、汐入に報告する。
「そうか。犯罪に繋がるようなことはなさそうだな。あとはその家庭の流儀に任せる事にしよう。大事にならずによかったな。せっかくの貴様の企画がこれで台無しなるのは心が痛むからな」
マネキンはその男子高校生の親御さんがすぐに元に戻しに来るという。とりあえず一件落着だ。
「ありがとう、汐入。それにしても状況はほぼ汐入の想像通りだね。流石、探偵だ」
「そうさ。ワタシはなかなかの名探偵なんだぞ。ところで能見、探偵料は出るのか?まさかワタシを只働きさせるわけじゃないよな」
はっ!しまった。そんなことは全く考えていなかった!
「も、もちろんだ、汐入。そんなことはしないよ。よし、街バルの1,000円特別メニューを2、3店舗ご馳走してやる。どこでもいい。お好みのお店に行こう」
「貴様は昔からワタシに食べ物を与えておけば良いと思っているフシがあるな。やれやれ。ほぼボランティアだな。でも、ま、いいだろう。実は気になっている日本酒がある。あとピッツァも食べたい」
妙な組み合わせだが、それを突っ込んで機嫌を損ねたらいけない。ここはそのまま受け入れる事にした。
「わかった。では蔵元酒店の立ち飲みとイタリアン・ビアンコネロの街バルに行こう」
僕も一息つきたいし、お腹も空いているから丁度いい。僕は汐入と、自分の企画した街バルに出かけた。
第三章
翌日、中央広場。
ん?あれ?昨日元に戻った筈なのに今日もマネキンの一部がそれぞれない。今度は何がおこった?
昨日と同じように大森さんが商店街の青年部のLINEで情報を募ってくれたが、今日はマネキンの行方はわからずじまいだ。残された4体のマネキンはそれぞれ一部がないものの、なんとかユニフォームの展示という役割は果たしている。なんかモヤッとするが、仕方ないので街フェス終了までそのまま展示を続行した。
一週間後、マネキンが見つかった。
ホームレスのジイさんが河川敷の橋の下で寝ていると思いきやマネキンだったのだ。ホームレスの仲間が最近姿が見えないから気になって寝床を訪ねたら、ご本人の代わりにマネキンが寝ていたというわけだ。寝床には血痕が残っている。そして血の付いた包丁も。
すぐさま警察沙汰になった。ホームレスが一人失踪した。状況から考えてホームレスは深手を負っているか、もしかしたら、もう生きてはいないのかも知れない。
ニュースで聞くところによると失踪したホームレスは闇金から借金をしていたようだ。借用書が現場に残されていた。闇金に殺されて、その発見を遅らせる為にマネキンが利用されたのかも知れない。しかし闇金の犯行を示す物的証拠はない、との事だ。
僕は大森珈琲でことの顛末を汐入に話している。
「汐入、これは真実を突き止めなくては。亡くなったホームレスの方が可哀想だ。何が物的証拠を見つけられないか?」
最初のマネキン事件を見事推理した汐入に僕は大真面目に問いかける。
「やれやれ、貴様って奴は・・・。何をどう考えたらそんな発想になるんだ。真実を突き止めるなんてやめろ。それに亡くなっただなんて。逃げたジイさんに失礼だぞ」
「逃げた?亡くなってはいないの?」
汐入は何を言っているんだ?まさかこの情報から何かわかってしまったのか?
「借用書が残されていて、血痕や包丁などあからさまな痕跡があるのにそれが闇金に繋がらないなんておかしいだろ?偽装だよ。きっと闇金から逃げたんだよ。自分を殺した疑いで闇金に濡れ衣を着せるように偽装して。貴様のイベントの最初のマネキン事件で何かを思いついたんだろう。このままそっとしておこう。真実がいつも誰かの救いになるわけではない。事実や法的に正しいことがすべからく誰にとっても正義であるとは言い切れない。人の数だけ正義はあるのだから自分勝手な正義を振りかざすな」
人の数だけ正義はある、と言われて僕は妙に納得した。
全く別のことだが、僕の企画したイベントを地域の皆さんは喜んでくれた。参加してくれたお客さんからの反響も上々であった。
にも関わらず、会社としての評価は芳しくなかった。赤字ではなかったが諸々の経費をかけた割には会社に入る利益は少なかったのだ。つまりは利益率が低いのだ。
僕としては、その地域で継続的に開催しリピーター獲得で規模の拡大ができること、このスキームをいろんな地域に展開すること、で成長できる事業モデルを描いていたのだが、会社の経営層には「地域それぞれに事情が異なる為、手間がかかり過ぎるし地域の飲食店にお金が落ちるだけで会社のビジネスとして旨味がない、ボランティアではないのだよ」と反論された。
会社の経営者としてはそれが正しいのだろう。ただし僕は違う。地域が活性化された上で利益を地域と分け合うのが正しいと思っている。
汐入が続ける。
「杜撰な計画かも知れない。だが逃げたじいさんにとっては、きっと一世一代の決断だ。人生をやり直す最後のチャンスかも知れない。それを邪魔することはワタシにはできない」
「そうだね、汐入の言う通りだね。正義は人それぞれかも知れないね」
僕の企画した街フェスとそこで起こったマネキン事件。これを機に僕は独立を考えるようになった。
(ご遺体では無理なのでマネキンで・・・ 終わり)