文化祭ライブに行ったらボーカル不在で、何故かクソ陰キャの僕がマイクを握ることになってしまった
「なんだ、なんかアクシデントか?」
体育館に集まっていた生徒たちの中から、そんな疑問の声が上がった。
蒼走祭───うちの高校で毎年やっている、まあいわゆる文化祭ってやつだ。
そこでは毎年、軽音部の奴らがライブをやるのが定番になっている。今回も例に漏れない。
なんつーか、そのライブを見て盛り上がるのは──友達のいない僕の数少ない青春になるというか、そんな訳でかなり楽しみにしていた。
「いない」
一番最初に体育館に来て、待機しているぐらいにはね。
なのだが、
「な、何がだよ」
「ボーカルがいないんだよ! 達也はどこに行った……!」
近くの生徒たちがざわついている。
どうやら話を聞く(盗み聞いている)限り、ボーカルが消えるとかいう『とんでもない事件』が発生したらしい。
……まじ?
確かに、
ステージ上にはギター、ベース、キーボード、ドラム達の前には人がいるのに……マイクの前にだけ人がいない。
「やっほー、お兄ちゃん。友達がいなくてボッチしてるって聞いたから、わざわざ来てあげたよ」
その時、ふと声が僕の耳に届く。
後ろからだった。
人混みの中の、聴衆の中の最前列。
そこに妹は無理やり割り込んできたようだった。
「余計なお世話だし、モラルのねえ行動はやめろ」
一個下の妹。
僕が高校二年生で、彼女が一年生。
「私はみんなと友達だからねー、場所を譲ってもらっただけだよー」
「く。それは僕に対する侮辱か……!?」
「うーん、つまりはケロケロけろっぴーってことだよ」
「意味がわからねえよ」
こんな感じのテンションの少女にして、我が妹の名を──、
"有瀬美波"という。
だがそれをこの学校で説明する機会はかなり少ない。──何故なら、学校の大半の生徒は妹のことを知っているからだ。
彼女は兄である僕と違い、学校中の人気者なのだ。
可愛いし、誰に対しても優しくするし、頭も良いし、運動もできる(特にバレーボール)。
そんな訳で妹はよく言われるらしい。
『お兄ちゃんとは全然違うね!』『本当に兄妹?』『美波ちゃんが二人分の力を持ってるんだね!』
って。
うーん、悲しきかな……それらは全て事実だった。
「というか、どうしちゃったの? 全然始まらないけど」
「盗み聞きしたけど、どうやらボーカルが消えたらしい」
「えっ、やばいじゃん」
「やばいな」
それ以上の情報はないの? と、そこから妹は首をかしげ僕の顔をのぞいてきた。
あるわけないだろ。
盗み聞きしたんだから。
僕のボッチさを舐めるなよ。
「まあうん。ボーカルがいないなら、お兄ちゃんが歌ってあげたら(笑)」
「なんで僕が歌わなきゃいかねえのさ。人前なんかで歌えるはずないし、歌もそんな上手くない。それこそ公衆の面前で自分の歌声なんか披露したら、一生笑い者だよ」
「みんなはお兄ちゃんを笑い者にするほど関心ないから大丈夫だよ」
最悪なフォローだった。
何も嬉しくない。
まあ、その通りなんだけどさ。
「もうちょっとオブラートに包んでくれよ」
「ビブラートに?」
「違うから」
「うわっ、お兄ちゃんギャグに冷たい。シスコンのくせに、ケロケロけろっぴーだね」
「僕はシスコンじゃねーよ」
相も変わらず意味不明な、ノリだけで乗り切ろうとする発言。コッチからしてみれば、あまりに高次元すぎるので止めてもらいたい。
美波の悪いところだ。
”なりふり構わず、同じハイテンションで接する”。
「あ、あのーすんません」
ふと、ステージ上のギタリストが声をあげた。
ダウナー系の女生徒。
蒼い短髪の淡麗で、凛としながらも、冷淡な感じ。
「ボーカルがいなくて……誰か歌ってくれませんか」
体育館にいた生徒たちの声が大きく、上手く伝わっていない。
だから彼女はボーカル用のマイクを取って────、
「おいお前らァッ! 聞けえぇえええ!」
と、覇気のある大声を出した。
叫んだ。
思わず両耳を手で押さえずにはいられない。
「すごい声だね」
「うん……、鼓膜破れる」
冗談ではない。ガチめに。
「…………」
だがその爆音のおかげか、一瞬でステージに生徒たちの意識は集まったようだった。
「あのー、ね。うん。ボーカルの達也が何故か来ません。ですから、誰か歌ってくれる人を募集しあす。歌う曲は、えー、あー、『〇〇〇』と、あと、『△△△△』っす」
気怠そうだ。
名前は知らないけど、ギタリスト少女の目が死んでる。
「いやあ、大変だなあ────、」
その刹那だった。
僕が彼ら彼女らの大変さに同情しようとした時、
「っえ?」
「うわっ?」
後ろから押し倒される。
いや、倒されてはいない。…………そのまま無理やり前に押し出されていた!
なんで?
「あ、お兄ちゃーーん」
振り返ると、ちょっと遠くに妹がいた。
そして大勢の生徒たちがステージへ向かって走り出していて、どうやら自分はその人混みの塊に押し出されていたらしい。
まじかよ。
つーか、あぶねえ。
「あ、ちょっ、やめ」
美波がその中で転んでしまう。
人混みの中で転ぶってのは、本当に危険な状態である────おい、噓だろ。
「美波! おい、そこ人倒れてるから……っ」
僕が呼びかけようとするも、当然みんなには聞こえていない。
これじゃあ彼女は群衆に踏まれて怪我を負うかもしれないし、つーか、怪我どころじゃ済まないかもしれない。
でも生徒たちは前へ、前へと進んでいく。
「オレがやりたーい!」
「俺が! 俺が!」
「私も陽菜様に見てもらいたい!」
「うおおおお!」
って、感じでね。
くそ、僕は唇をかむ。
どうすればいい?
僕という人間は実に非力であり、ここから無理やり妹の所まで戻れる自信はない。というか余計に混乱して逆効果だろう。
だからその選択はナッシング。
なら、ナニガある?
他の選択肢は何がある。
思考する。
いや、一つしかなかった。
この群衆を止める。
それしか。
それには、それにも、ただ一つしか方法は残されていない。
「────僕が、」
息を吸い込む。
ダメもとの作戦。
いけるか、無理に決まっている。
ボッチの僕が、ヒトカラぐらいしか、もしくは妹とぐらいしかない自分の声量で、メンタルで、技術で、…………一気にみんなの視線を浴びるなんて。
だが、
やるっきゃねえ。
眼を瞑り、
息を吸い込み、
足を止めて、
人ごみに流されながら、
声を出すことだけに集中する。
『出来るか、そんなのは関係ない』
…………やるっきゃねえんだよ!
「僕がやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああるんだよ!」
いやネタか。
そんな感じの勢いで、世界で一番大きな声で叫んだ。
さっきの爆音を遥かに凌ぐ、超音量。
目を開くと、さっきのドタバタはなく、
体育館は静まり返っていた。
ほぼ全ての生徒が僕のことを見ている。
「君、声量凄いね。じゃあお願いしやす」
注意を引いて、妹が立ち上がる機会を作れれば良かっただけなのだが…………どうやら本当に、僕がボーカルをすることになってしまったらしい。
あれ。
何かがおかしい。
◇
「歌う曲は分かってる、よね」
「え? いや、まあ、はい」
「取り敢えず歌う前に自己紹介を入れて、そこから歌って。君が好きなタイミングでスタートしていいよ、私たちが合わせるから」
何だっけ。
ステージ上に立って、ギタリストの蒼髪少女から説明を受ける。彼女は丹上陽菜というらしい。
やべえ、心臓がバクバクを通り越して動いてねえ。
「…………本当に大丈夫?」
「あ、あい。ケロケロけろっぴーです」
「は?」
「え」
いや、緊張しすぎて妹の口癖が出てしまった。
「いや、何でもないです」
「まあ。ありがとね」
思えば人目を浴びることを嫌う極度の陰キャである僕が『ボーカル』なんていう一番注目されるといっても過言ではない役に抜擢されるなんて、本当ならば有り得ない話なのだ。
ならば、現実はなんだ。
夢か何かか?
”いや、現実は現実です”。
「よお、オレは三田遥斗。アンタ名前は?」
三田はベーシストだ。
彼はいかにもバンドマンみたいな感じで、寝ぐせみたいな髪型に金髪。
いいね、ロックな髪型だ。
口には出さないけど。
「えーっと、有瀬和和です」
「カズワね、よろしゅーく」
「うす」
キーボードの方に目をやる────、その役であろう少女が僕のことをガン見していて、怖すぎて視線を外した。
怖え…………癖が強いよ。
「まあ、気軽にやろうや」
「取り敢えず達也が帰ってきたら、私がしばき回すわ」
「ハハ、いいねソレ」
そんなわけで、準備完了。
僕も所定の位置につく。
さっきも言ったけど、ボーカルってのはバンドの最前列だ。
マイクスタンドが立ってて、マイクがある。
そこで歌う。
「ふう」
やべ、前を向けない。
怖すぎて。
ふと、前に目をやる。
そこでは────、
『あ、これ無理だ』
本能が囁く。
────物凄い不思議なモノを、面白いモノを見るような沢山の視線が有瀬和和に向けられていた。
あ。
やば、
頭の中が真っ白になった。
なんだっけ、
まず最初になにするんだっけ?
あれ、スタートのタイミングは?
誰かがギターでじゃーんってやってから、ひくんだっけ。ちがうけ。あれ、あ、わからんn、何も、わkあらない。
なにもわからな……、
「お兄ちゃああああーーーん!」
「は?」
体育館の端から、ステージ上へ急に登ってくる少女がいた。それに大声を出して。言うまでもないかもしれない、ソイツは美波だった。
何してんだ、アイツ。
右手に何か持っている。
辺りがざわつく。
そりゃそうだ。
「な、何してるんだよ」
「うるさいうるさい。はいはーい」
「うわ、何すんだよ!」
妹は僕の後ろに周り、布のようなモノで視界を防いだ。縛って外せなくされた。
なぜに目隠し。
「ケロケロけろっぴーってことでね、何も怖がる必要なんてないんだよお兄ちゃん。家で歌っている感覚に戻って、帰って」
「……は?」
「カエルだけにね」
「は?」
「うーん、まあともかく。頑張って、お兄ちゃんは歌上手いんだから。────それは私が保証する」
彼女はそれだけ言って、
「じゃ、観客席で見守ってるよ。あ、噓噓。ここはリビングだからね、テレビでも見てるよ」
走り去る音だけが聞こえて、それから数秒後、体育館には静寂が響いた。
何も見えない。
なるほど。
視界を塞いだら、人が多かろうが少なかろうが関係ねーってことかよ。我が妹ながら、やりおる。
相手が妹じゃなかったら惚れてるぜ。
妹ガチラブ。
しゃねーぇ、シスコンになってやらあ!
「っふう」
自己紹介?
必要ない。
家で歌う時に自己紹介する奴がいるか。
「────夢の始まりは唐突で」
歌いだす。
僕は静かに歌い始める。
そこに一切の緊張はない。
ただ、自分が気持ちよくなれるように歌うだけだ。
◇
文化祭のライブは大成功に終わった。
目隠しを外した時、それはもう大歓声に包まれた。拍手喝采。まるで夢物語のような光景だった。
僕の人生で、こんな多くの人から拍手される機会なんてそうないだろう。
この一回きりかもしれない。
「おつかれ、和和クン。めちゃんこ上手かったよ」
「やべええな、あの派手さも音域も、聞き心地も、全部えぐいぐらいハイレベルだったぜ」
「凄い……」
色々な人から褒められたけど、放心状態だった。
何も頭に入ってこない。
疲れた。
最高の歌を披露することは出来たかもしれない。
でも、最高に疲れた…………ッ本当に。
「はあ」
ステージ裏に連れていってもらって、パイプ椅子に座る。
「お兄ちゃん、いつも通りだね」
程なくして妹が裏口から、入ってきた。
「いつも通り上手かったろ」
「うん、とんでもなくね」
「これが僕の唯一の特技だからな」
にしても、凄かったな。
目隠しを外した時のあの感覚は────本当に凄かった。
ロック系の曲だったし、みんな盛り上がってくれたのだろう。
「君か。俺の代わりにボーカルをやってくれた人は」
パイプ椅子で荒い呼吸を整えようとしている最中に、一人の男子生徒が拍手しながら近づいてきた。
黒髪のイケメン。
「俺の名前は達也。篠原達也だ」
「アンタが」
「そう。今日のライブに遅れちゃった人」
隣で壁に寄りかかっていた蒼髪ダウナーな丹上がため息を漏らす。
「ってのは冗談で、今日は”あえていなかった”んだよね。このバンドのニューボーカルを探すために、わざと居ない演習をしてたんだ。俺は三年でね、もう卒業しちまう。でも丹上とか、他のメンバーはみんな二年生だし」
「え?」
「君も二年生だよね?」
「まあ、はい。そうですけど……」
なんだって。
ニューボーカルを探すため?
かなり衝撃の事実なんだが。
「それでさ、君の素晴らしすぎる歌声に惚れて提案なんだが…………────もし良ければ、うちのバンドに入ってほしい」
僕の前で達也さんは手を差し伸べる。
柄でもない。
部活にも入っていないし、
人目に目立つことを嫌う僕が?
バンドのボーカル?
ありえねえ話だ。
「俺は高校でバンドを辞めちゃう予定だけど、コイツらはもっと上を目指して進んでくらしい。その為に助力してくれないか」
ありえねえ話だ、でも、だからこそなのかもしれない。
勿論、僕にだってある。
何かをやり遂げたいとか、
青春したいとか、
みんなから憧れる存在になりたいとか、
今とは遠く離れた存在になりたい。
そう思ったことなんて、何度だってあるさ。
ただ毎度、変われるかもしれないチャンスがあったとて見逃していた。
そんな自分を変える────。
チャンスが再び此処に舞い降りてきた。
ならば、
やるしかねえってハナシだ。
自分でも思う。”まじかよ”って。
でも、それでいい。
「ぜひ、よろしくお願いいたします」
そして僕は彼の手を取り、強く握った。
「お兄ちゃん、がんば!」
つっても、その後に僕がモテたりしたとか、そんな事はなかったのだが。
まあつまりだ。
妹は人気者なだけあって、可愛いってこと。
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