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追放

 ヴィクターの名を聞いて、不思議な縁に驚いていたアマリリスに、ラッセルが続けた。


「ですが、アマリリス様もご存知でしょう。……この国とライズ王国との間で、きな臭い噂が出始めていることを」

「ええ。ネイト様は恐らく、カルラと共にライズ王国に攻め入るつもりだと思います」

「やはり、そうでしたか。戦は避けたいところですが……」


 顔を顰めたラッセルに、アマリリスは小声で、ネイトからの頼みを断ったくだりをかいつまんで伝えた。彼はアマリリスの言葉に頷きながら耳を傾けていた。


「ヴィクター様は信頼できるお方です。ただ、このような状況でアマリリス様がライズ王国に足を踏み入れた場合、その目的を疑われる可能性も少なくないかもしれません。どうぞ、お気を付けて」


 ラッセルに鉄格子の間から差し出された手を、アマリリスがそっと握り返す。


「貴方様に魔法を教えていただけて、私は本当に幸せでした。心から感謝しております、ラッセル様」

「僕こそ、このような機会をいただけて光栄でした。貴女様は、まだまだ伸びしろが大きい。いずれその才能が花開けば、聖女の杖がなかったとしても、きっと立派な魔術師になられると思います」


 彼はアマリリスの先行きを案じながらも、彼女に向かって微笑んだ。


「アマリリス様の幸運をお祈りしております」

「私も、ラッセル様の幸運を願っております。どうか、お元気で」


 ラッセルは、彼女と握った手に最後にぎゅっと力を込めてから、牢の前から名残惜しげに踵を返した。


***


 ネイトに婚約破棄をされた翌日、アマリリスは目隠しをされ、後ろ手に縛られて馬車に乗せられていた。馬車に揺られている彼女の頭に、馬車に乗る直前にカルラから聞いた言葉が蘇る。


「お父様もお母様も、私とネイト様との婚約を喜んでいましたわ。この国は私に任せてください。お姉様は、もう戻って来なくて結構ですから」


 言われなくてもわかっている言葉だったけれど、それでもアマリリスの胸の奥は鈍く疼いた。


(でも、ラッセル様もああ言ってくださったのだもの。……シュヴァール王国に突然攻め入られたら、ライズ王国にも大きな被害が出てしまうわ。ヴィクター様に、どうにかしてお会いしないと)


 自分を奮い立たせるように、そう自らに言い聞かせていたアマリリスの乗る馬車が、次第に速度を落としながらごとごとと止まった。


「さあ、降りろ」


 同乗していた兵士に目隠しを外され、背中を押されて彼女が降り立ったのは、大きな洞穴の前だった。


「ここは?」

「隣国のライズ王国との国境だよ」


 明らかに不穏な気配の漂う薄暗い場所に、アマリリスの瞳が不安気に揺れる。隣国に放り出すだけなら、もっと平坦で安全な場所はいくらでもあるはずだからだ。


「つまり、シュヴァール王国から出て行けということですね。この手の縄を解いてはいただけませんか?」

「それは解くなと、王太子様から仰せつかっている」

「えっ?」


 さあっと血の気が引いたアマリリスの目の前で、兵士は魔法が込められた爆薬を、洞穴の奥に向かって思い切り投げ入れた。


 ドオン、という轟音と共に、地面がぐらぐらと揺れる。凍り付いたように立ち尽くしているアマリリスに、兵士はにっと笑った。


「じゃあな、偽聖女様」


 兵士が急ぎ馬車に駆け込んだかと思うと、御者はすぐに馬に鞭を入れて、馬車は土埃を立てながら去って行った。

 怒りに満ちた低い唸り声が、洞穴から響く。暗闇の中から、らんらんと光る魔物の目がいくつもアマリリスの方向を睨み付けていた。


(魔物の巣窟に放り出して、あえて魔物をけしかけるなんて……)


 初めての魔物を前にして、彼女は息をするのもやっとだった。


(あの時の、もう戻って来なくてもいいというカルラの言葉は。私が決して生きて国に戻ることはないと、そうわかった上での言葉だったのだわ)


 聖女の杖もない上に、手も縛られた状態で、無防備なアマリリスは必死に絶望と戦っていた。

 じりと数歩後退り、祈るような思いと共に、震える声で防御魔法を唱えたアマリリスに向かって、褐色の大きな狼のような姿をした魔物が襲い掛かってくる。

 魔物の跳躍がまるでスローモーションのように見えていた彼女の前に、突然眩い光が差した。


「……!」


 呆然とするアマリリスの視線の先で、鮮やかな炎が宙を舞い、魔物を包んだ。叫び声を上げながら地面に落ち、のたうちまわる魔物を呆然と見ていた彼女に、聞き覚えのある声が届く。


「今のうちに、逃げましょう」


 振り返ったアマリリスの目が、大きく見開かれる。


「ヴィクター様! どうしてここに?」

「名前を覚えてくださっていて、光栄です。さ、私と一緒に」


 にこっと笑ったヴィクターは、素早く彼女の手首を縛っていた縄を切ると、その身体を抱き上げた。驚きと恥ずかしさに固まっていたアマリリスごと、ヴィクターの身体が柔らかな風に包まれる。


(わあっ……)


 二人の身体はふわりと宙に浮かび上がっていた。眼下に広がる自然豊かなライズ王国の景色を眺めながら、アマリリスはまるで夢を見ているようにふわふわとした心地で、温かなヴィクターの腕に身を預けていた。

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