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救出

 恐怖に身を竦めながらも抵抗をやめないアマリリスを、ネイトは再び乱暴に組み敷いた。瞳に怒りを滲ませた彼女の両腕を力づくで押さえ付け、薄笑みを浮かべる。


「昔の従順過ぎる君よりも、今の君の方が魅力的だよ」


 どこか楽しげなネイトに、ぞっと身の毛がよだつのを感じながら、アマリリスは掠れた声で叫んだ。


「ヴィクター様……!」

「叫んだって無駄だ、ここには誰も来ないさ」


 そこは、カルラを以前閉じ込めていた半地下の部屋だった。窓もなければ、中の声が外に漏れる可能性も低い。カルラがその後、牢に身柄を移されたことから、ネイトはアマリリスをその部屋に運ばせたのだった。

 アマリリスの腕から離した片手を服にかけたネイトは、そのまま力を込めて引き裂いた。アマリリスの服の胸元から肩の辺りまでが、びりっという激しい音と共に破れる。はだけかけた肌を庇うように、彼女はどうにか彼から逃れた片手で、服の胸元をぎゅっと押さえた。


「やめてください!」


 青い顔をしたアマリリスを眺めてネイトが笑みを深めた、その時だった。ドンと大きな衝撃音が部屋の外から響き、部屋全体が揺れる。


「……何だ?」


 舌打ちをしたネイトが、音が響いて来た方向にある部屋のドアと、アマリリスを見比べる。しばし口を噤んでいたネイトだったけれど、苛立った様子で息を吐いた彼は、立ち上がってドアに向かって歩いて行った。慎重にドアを開き、外の状況を確かめる。特に変わった様子は見られなかった。


(よくはわからないが、ここにいる俺を狙ったものではなさそうだな。きっと兵士たちが駆け付けているだろうし、まあ大丈夫だろう。まず今は……)


 ネイトは、はやる気持ちを抑えて、再びドアを閉じるとアマリリスの元に戻って来た。ぎしっとベッドが軋む音と共に、両手をアマリリスの顔の両脇についた彼は、服の前を必死でかき合わせている彼女を見下ろすと、恍惚とした表情を浮かべて彼女の頬を撫でた。


「その表情、堪らないな」

「……!」


 さらに、アマリリスの顔が今にも泣き出しそうに歪むのを、ネイトは笑みを溢しながら見つめていた。


「そろそろ降参したらどうだ」


 首を大きく横に振る彼女を、まるで獲物を追い込んだ肉食獣のような瞳でネイトが眺め、再び彼女に向かって手を伸ばしかけた時だった。

 部屋のドアが勢いよく開き、眩い光に部屋が包まれる。


「……!?」


 咄嗟に目の前に手を翳したネイトの瞳が、光の出所を捉えて大きく瞠られた。

 彼の頭上には、真っ赤な瞳を怒りに滾らせた銀色の竜が舞っていたのだ。

 そして、風を切るように部屋に入ってきたのは、銀色の竜だけではなかった。


「アマリリス!!」


 ずっと聞きたいと願っていた声に、アマリリスの声が震える。


「ヴィクター様……」


 すぐにアマリリスの隣に舞い降りたヴィクターは、彼女の足の鎖を粉砕して抱き上げると、力強く抱き締めた。ヴィクターの胸に顔を埋めたアマリリスの目から、涙が溢れる。

 アマリリスの破れた服を見て、ヴィクターはすぐに自らの上着を彼女の肩にかけ、射殺しそうな瞳でネイトを見つめた。


「アマリリスに、何をした」


 突然の竜とヴィクターの出現に、ネイトは顔色を失っていた。


(くそっ。まさか、こんな場所にまで侵入して来るなんて。さっきの爆発音も、まさかこいつが?)


 王宮でも奥まった部分にあるその部屋まで、なぜヴィクターが辿り着くことができたのか、ネイトにはわからなかった。


(それに……)


 ネイトが目の前に浮かぶ銀色の竜に視線を移す。


(あれは聖女の杖の化身なのか? あの杖は、厳重に管理されている宝物庫の奥にしまっておいたはずなのに)


 宝物庫にかけられていた防御魔法を破り、爆発音を響かせながら厚い扉を突き破った銀色の竜が、アマリリスの祈りに応えるようにヴィクターを呼んだことなど、ネイトには知る由もなかった。


 目の前に浮かぶ銀色の竜にどれほどの力があるのか、ネイトには推し量ることができずにいた。

 少なくとも、ヴィクター一人だけでも、真正面から対峙してはいけない力の持ち主だということを、彼は理解していた。


 ネイトは開いたままのドアに向かって後退った。部屋の前の人払いをしていたことが、かえって仇になったと悔やんでいた彼の耳に、兵士たちの声と、近付いて来る足音が響く。


「この奥から声が聞こえたぞ」


 先刻轟いた爆発音に、異変を確かめに近くまで来ていたのか、兵士たちがやって来る確かな気配に、ネイトは安堵にほっと緊張が緩むのを感じた。


(ここは、シュヴァール王国の中心とも言える王宮だ。俺にとっては味方しかいない。彼らが来るまで凌げば、俺の勝ちだ)


 いくらヴィクターが天才魔術師だとしても、王宮には圧倒的な数の兵士がいる。さすがに、この不利な場所で、彼に勝つ可能性があるとは思えなかった。

 銀色の竜から放たれる光が次第に淡いものに変わり、アマリリスの手元で聖女の杖へとその姿を戻した。

 ネイトがヴィクターを睨み付ける。


「俺は、このシュヴァール王国の王太子だ。少しでも俺に手を出してみろ。一時休戦中のライズ王国のお前から攻撃されたとあらば、休戦を取り下げて総攻撃をかけるぞ」


 ヴィクターからの返事を待たずして、ネイトの目に、部屋の前まで辿り着いた兵士たちの姿が映る。

 ようやく余裕を取り戻した彼は、ヴィクターを指差すと兵士たちに命じた。


「侵入者だ。捕えろ」


 兵士たちの冷ややかな視線が、ヴィクターではなく自分に向けられていることにネイトが気付くまで、しばらくの時間がかかった。ネイトが慌てて語気を荒げる。


「何をしている!? 早く侵入者を……」

「捕らえられるべきはお前の方だよ、ネイト」


 ネイトの顔が、部屋の外に現れた者の姿に、まるで幽霊のように青ざめる。

 そこには、二人の兵士に両側から抱きかかえられるように歩いてきた、父王の姿があった。


「父上、どうしてここに……」


 口の中がからからになるのを感じながらネイトが呟く。彼の周りは、既に兵士たちに取り囲まれていた。

 父王は厳しい瞳をネイトに向けた。


「まさか、息子のお前に謀られるとはな。私を幽閉するだけで、殺そうとはしなかったことは、まだお前にも人の心が残っていたのだと、そう思いたいが……」


 溜息を吐いた父王は、再びネイトを見つめた。


「お前を廃嫡とする。……ネイトを捕えろ」


 父王が兵士たちに視線を移すと、彼らはすぐにネイトを両脇から押さえ込んだ。ネイトが父に向かって悲痛な叫び声を上げる。


「父上、あなたには、俺しか子供がいないではありませんか。俺を廃嫡にしたのなら、誰が国を継ぐのです?」


 昔は自分の言うことの大半を受け入れてくれた父王だったけれど、彼の言葉にも、その表情を変えることはなかった。


「お前は、そんなことを考える必要もなければ、その資格もない。……さあ、彼を牢屋へ」


 頷いた兵士たちは、ネイトを牢屋へと連行して行った。


 ヴィクターは、腕の中で震えているアマリリスを見つめた。


「奴に何をされたのですか?」


 ネイトに押さえ付けられたアマリリスの腕には、大きな痣ができている。怒りに燃える彼の瞳を見上げて、彼女は首を横に振った。


「襲われそうになりましたが……服を引き裂かれただけです。それ以上のことをされる前に、ヴィクター様が助けに来てくださいましたから」


 悔しそうに、ヴィクターがぎゅっと唇を噛む。


「細い腕に、こんな痣まで……。間に合ったと言えるのかどうか。迎えに来るのが遅くなり、すみませんでした」


 ネイトが連行されて行ったドアの方向に、ヴィクターは鋭い瞳をやった。


「もし彼が牢に入れられると知っていなかったなら、きっと私は、彼をこの場で八つ裂きにしていたでしょう。ただ……」


 ヴィクターはアマリリスを心配そうに見つめた。


「貴女の魔法なら、あの男に十分対抗できる力があるはず。それができなかったということは、他に何かあったのですね?」


 アマリリスが、腕に嵌められたままの金色の腕輪に視線を落とす。


「この腕輪で、魔法を封じられていたのです」

「魔法封じの腕輪か」


 ヴィクターが小声で魔法を唱えると、腕輪には何本もの亀裂が走り、あっという間にアマリリスの腕から崩れ落ちた。

 その様子を見つめていた国王が、苦しげな面持ちで口を開く。


「ネイトは、そんなものまで持ち出して、今更あなたを我が物にしようとしていたのか。……愚息が、大変申し訳ないことをした」


 アマリリスに国王が深々と頭を下げる。


「どうぞ頭を上げてくださいませ。国王陛下のせいではありませんから」


 ネイトと国王との会話から、アマリリスも、シュヴァール王国で何が起きていたのかに、概ね想像がついていた。


「アマリリス、私が言うのも何だが、あなたが無事でいてくれて本当によかった」


 自分がネイトの婚約者だった頃も、いつも優しかった国王の穏やかな顔を見つめて、アマリリスが微笑みを返す。国王はヴィクターに視線を移した。


「ヴィクター殿。早急に、貴国に改めて和睦の使者を送ると約束しよう。……いや、これほどのことを貴国にも、アマリリスにもしておきながら、和睦だけでは足りぬかもしれんな」

「感謝します、陛下」


 ようやく表情を和らげたヴィクターは、国王に向かって一礼した。

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