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不穏な企み

「お待ちしておりました。ヴィクター様、アマリリス様」


 シュヴァール王国の片田舎の村で、馬車から降りたヴィクターとアマリリスを、ラッセルが出迎えた。


「ラッセル様!」


 恩のあるかつての師の顔に深い隈ができ、疲労が滲んでいる様子を見て、アマリリスは心配そうに表情を翳らせた。

 そんな彼女を安心させるように、ラッセルが温かな笑みを浮かべる。


「アマリリス様、ヴィクター様。僕の求めに応じてシュヴァール王国までお越しくださって、本当にありがとうございます」


 丁寧に頭を下げたラッセルに、ヴィクターが笑いかけた。


「水臭いですよ、ラッセル様。先日の和睦交渉の場では、互いの立場上、自由に話すという訳にもいきませんでしたが、我々は友人ではないですか。ネイト王太子もいないことですし、ざっくばらんに行きましょう」

「はは。そう言ってもらえると助かります」


 ほっと表情を緩めたラッセルが、眩しそうにアマリリスに視線を移す。


「アマリリス様、ますますお綺麗になられましたね」


 恥ずかしそうに頬を染めた彼女と、その隣に並ぶヴィクターに向かって、彼は微笑むと口を開いた。


「ご結婚なさるとのこと、おめでとうございます。先日はネイト王太子殿下もいらしたので、お二人には大きな声でお祝いを言えなかったのですが、僕個人としてはとても嬉しいです」

「アマリリスには、国外に追放されたら、私を頼るようにと言ってくださったそうですね」

「はい。僕の知る限り最も信頼できる、そして実力のある魔術師がヴィクター様でしたので」


 ヴィクターに寄り添われたアマリリスがラッセルを見つめる。


「私、この国から追放された時、両国の国境沿いにある魔物の巣窟前に放り出されたのです」

「何ですって?」


 ラッセルの顔が苦しげに歪む。


「それは、貴女様に死ねと言っているようなものではありませんか」

「ネイト様もカルラも、私を殺すつもりだったのでしょう。魔物に襲われかけていた私を助けてくださったのが、ヴィクター様でした」

「そんなことがあったとは知らずに、失礼しました。アマリリス様がご無事でよかった。ヴィクター様、改めて感謝いたします」


 ラッセルに瞳を向けられて、ヴィクターが微笑む。


「いえ。私も、ラッセル様が私の名前を挙げてくださっていたことを嬉しく思いましたよ。あの場でアマリリスに再会できた幸運も、神の思し召しかもしれません」


 アマリリスの手の中には、竜を模った聖女の杖があった。ラッセルはしみじみとその杖を見つめた。


「やはり、聖女はカルラ様ではなく、アマリリス様でした。国内でも、アマリリス様に偽聖女の汚名を着せたネイト様を非難する声が上がっているのですが……」


 彼は少し声を落とした。


「ネイト様は独裁的に軍を動かしており、彼に逆らうとどうなるかわかりません。有力な貴族たちも、今のところ彼の顔色を窺っている状況です。裕福な貴族は優遇し、貧しい者は切り捨てる彼の方策に耐えられず、今回は私の独断であなたたちに助力を依頼しました。……さ、お二人ともこちらへ」


 ラッセルに案内されて向かったのは、村外れにある粗末な掘立て小屋だった。小屋に向かう途中に目に入った村の家々は、崩れかけているものや焼け焦げた跡のあるものなど、魔物による大きな被害が一目で見て取れた。

 小屋に足を踏み入れたアマリリスの口元が、辛そうにきゅっと結ばれる。

 そこには、起き上がれずに身体を横たえている、怪我を負った老若男女が溢れかえっていた。寝台も数が足りないようで、寝台から溢れて、床に敷かれた布の上で呻いている者もいる。


(これは酷いわ……)


 ラッセルは肩を落として口を開いた。


「この村は最近、魔物に襲われたばかりなのです。これまで平和な時間が続き、身を守る手段もなかったところに魔物の襲撃を受けたので、このような有様で」


 彼の言葉に頷くと、アマリリスはすぐに、一番近くの寝台の上に横たわっていた、顔色の悪い子供の元へと駆け寄った。彼の腹部に巻かれた包帯には、痛々しく血が滲んでいる。

 彼女が回復魔法を唱えると、聖女の杖が輝き、子供の身体は温かな光に包まれた。

 驚いていた彼の顔が、みるみるうちに輝く。


「もう、痛くない。……ありがとう、お姉さん」

「ふふ、よかったわ」


 その時、小屋の外から遠く破壊音と魔物の咆哮が響いてきた。人々が恐怖に青ざめる中、ヴィクターが小屋の外へと向かって走り出す。

 扉の前で、彼はアマリリスとラッセルを振り向いた。


「外の魔物たちは私に任せてください。アマリリスは、このまま彼らの回復を頼みます。ラッセル様は、万一に備えてこの場所の警備を」


 アマリリスは、彼の安全を祈りながら頷いた。


「ヴィクター様、お気をつけて」

「承知しました、ヴィクター様」


 ラッセルもすぐさま小屋の外へと向かう。アマリリスは、一人ずつ回復魔法で傷を癒していった。


「何と素晴らしい……!」


 大怪我を負って臥せっていた村長が、すっと引いていった痛みと塞がった傷痕に、女神でも崇めるかのようにアマリリスを見上げた。

 その手に握られている竜型の杖に、彼の目がはっと見開かれる。


「もしや貴女様は……聖女アマリリス様では?」


 村長の言葉に、小屋にいた人々がいっせいにざわめいた。

 アマリリスは唇に人差し指を当てると、静かに微笑んだ。


「私がここに来たということは、どうぞ内緒にしておいてください」


 ネイトに彼女たちが来ていることを勘付かれても、面倒なことになりそうだったし、アマリリスにもヴィクターにも、できることには限りがある。無用な混乱を生むことは避けたかった。

 次々と怪我人を回復させていくアマリリスの姿に、手を合わせる村人も少なくなかった。


「聖女様がこの村に来てくださったなんて」

「きっと、神様が遣わしてくださったんだ」


 アマリリスが怪我人の全員を回復させて程なくして、小屋の外から響いていた轟音が鳴り止んだ。ラッセルと小屋の中に戻ったヴィクターが、アマリリスに微笑む。


「これで魔物たちも片付きました。付近の魔物たちは一掃したので、しばらくは問題ないでしょう」


 村人たちから歓声が上がる中、アマリリスはヴィクターとラッセルに駆け寄った。


「お二人とも、お怪我はありませんでしたか?」

「ええ、大丈夫です」


 そう答えたヴィクターを、ラッセルが感嘆の面持ちで見つめた。


「ヴィクター様が素晴らしい力の持ち主だと知ってはいましたが、まさに神業でした。ヴィクター様お一人だけでも、上級魔法の遣い手が百人束になってかかったところで、きっと敵わないでしょう」

「これも、アマリリスが側にいてくれるお蔭です」


 彼に軽くウインクをされて、アマリリスの頬が染まる。

 村長をはじめとして、村人たちに繰り返し礼を言われてから、三人はまた別の、魔物の被害が出た村へと向かった。


***


「何? 聖女が辺境の村々に現れている、だと?」


 兵士から報告を受けたネイトの顔が、訝しげに顰められる。


「はい。まだ信憑性のほどは定かではありませんが、そのような噂が届いています。村の様子を確かめに行った兵士によると、壊滅的な打撃を受けていた村々で、意外にも怪我人が確認されなかったそうです」

「どういうことだ……? アマリリスはライズ王国にいるはずだが」


 ふと、ネイトの頭にラッセルの顔がよぎる。最近、ネイトは彼の顔を見ていない。

 特に魔物の出没頻度が多かった、警備も手薄な辺鄙な村々への救援要請を、幾度も願い出ていたラッセルを、ネイトは煙たく感じて遠ざけていたのだった。


(王国の一大事だというのに、重要性の落ちるそんな場所に、大事な兵を向けられるか。だが、あれだけ俺に食い下がっていたラッセルなら、どんな手だって打ちかねない。……その噂が正しいとするのなら、飛んで火に入る夏の虫だ)


 彼は目の前の兵士に告げた。


「ラッセルの足跡を調べろ。もしも聖女の姿が認められたなら、すぐに俺に報告するように」

「はっ」


 ネイトの前を辞していく兵士を眺めながら、彼の顔には隠し切れず笑みが浮かんでいた。

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