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突き付けられた条件

 ライズ王国の王宮に呼ばれたアマリリスは、ヴィクターと共に、ロルフも伴ってルキウスの執務室に出向いていた。


「シュヴァール王国から、和睦交渉のためにネイト王太子が訪れている。ラッセル様も一緒だ」

「ラッセル様が!?」


 アマリリスは嬉しそうに、ヴィクターと目を見交わした。かつての師の名前を聞いて、自分が交渉の場に呼ばれた理由が、円滑に和睦を成立させるためであって欲しいと、そう彼女は願っていた。


「彼らには、既に応接室で待ってもらっている。俺は父王から、この件については全面的に任せられているが、父も俺もこれ以上の戦は望んでいない。あくまで、あの大国とは和睦を成立させることが前提だ。……まあ、条件次第というところはあるがな」

「リドナイトの利権を譲るよう、再び求められる可能性もあるでしょうしね」


 ヴィクターの言葉に、ルキウスは頷いた。


「ああ。いくら以前よりも良い条件を提案されたとしても、俺はリドナイトを譲る気はない。あれが非常に役立つことは、前回の戦でも立証済みだからな」

「アマリリスがこの場に呼ばれたことは……」


 気遣わしげにヴィクターがアマリリスを見つめると、ルキウスが彼の言葉を継いだ。


「シュヴァール王国から直接、彼女に謝罪がしたいのだろうと信じたいところだ。冤罪を着せて聖女を追い出したことに、国内でも非難の声が上がっていると、俺の耳にも入ってきている」


 ロルフが微かに眉を寄せる。


「シュヴァール王国からの二人がいる応接室の前を通りましたが、部屋の中からは、前に届いた手紙から漂っていたような敵意は感じられませんでした。和睦を成立させようとしているのは確かだと思いますが、何だかもやもやするんですよね……」

「まあ、想像するより、会って話す方が早いだろう」


 ルキウスの言葉に、ロルフは頷いた。


「では、僕は応接室の隣の部屋で控えていますね。もし何か気になることを感じたら、またお伝えします」


 立ち上がったルキウスに続いて、ヴィクターとアマリリスもロルフと別れて応接室に向かった。

 応接室のドアを開けると、ネイト王太子とラッセルが、テーブルの奥側の椅子に並んで腰掛けていた。


 二人は、ルキウスたち三人の姿を認めて立ち上がった。


「お時間いただき感謝します、ルキウス殿」

「いえ。我が国までご足労いただいたのですから」


 ラッセルが、ヴィクターの隣にいるアマリリスを見つめて顔を綻ばせる。旧交のあるヴィクターとも、彼は視線で挨拶を交わしてした。

 ラッセルに会釈をしたアマリリスは、その隣にいるかつての婚約者ネイトの姿に、顔が緊張に強張るのを感じていた。彼が自分を殺そうとした時の記憶が、くっきりと甦ってくる。

 五人がそれぞれ椅子に腰掛けてから、ネイトは徐に口を開いた。


「早速ですが、本題に入らせていただきます。貴国に和睦を願いたい。リドナイトの利権に関しては、もう求めるつもりはありません」


 ルキウスの顔に安堵が滲む。


「そうですか。なら話は早い」

「ただ、我が国からの和睦の条件は……」


 ネイトの視線の先が、アマリリスに移った。


「シュヴァール王国の聖女であるアマリリスを、我が国に返していただくことです」

「……!」


 アマリリスの顔からすうっと血の気が引いていく。


「どういうことですか?」


 厳しい表情でヴィクターがネイトを見つめる。ネイトは彼には答えないままに、アマリリスに向かって口を開いた。


「すまない、俺が間違っていた。アマリリス、君こそが真のシュヴァール王国の聖女だ」


 初めて頭を下げるネイトを見て、アマリリスの目が驚きに見開かれる。


「……頭を上げてください、ネイト様」

「カルラの言葉を信じた俺が浅はかだった。君が戻ってきてくれた暁には、王妃として生涯君を大切にすると誓う」


 言葉を返せないまま、アマリリスは固くなっていた。ネイトの表情が、過去に自分に向けられたものと比べて柔らかく、どこか切なげに見えたことも薄気味悪く、何が起きたのだろうと彼女を動揺させていた。


(ネイト様にどんな心境の変化があったとしても、彼の側に戻りたいとは思えないけれど)


 ネイトがカルラを選んだこと、そして自分の言葉に耳を貸さずに濡れ衣を着せたことを、忘れられるはずもない。

 黙ったままのアマリリスに、ネイトは鋭い瞳で続けた。


「君が戻るなら、もう金輪際ライズ王国を攻めることはないと約束する。君が首を縦に振りさえすれば、両国間の平和は保たれるんだ」


 暗に、アマリリスが戻らなければ再びライズ王国に攻め入ると言いたげなネイトに、彼女の瞳が揺れる。

 表情を翳らせたアマリリスを心配そうに見つめたラッセルが、口を挟んだ。


「戸惑われる気持ちはわかります、アマリリス様。貴女様が冤罪によって国を追われた際、どれほど不安と恐怖に苛まれたか、想像に余りありますから。……ですが、シュヴァール王国の民は皆、貴女様を必要としていますし、帰還を心から歓迎するでしょう。私も、力を尽くして貴女様をお守りするとお約束します」


 アマリリスは、必死な色を滲ませたラッセルを見つめ返した。

 シュヴァール王国は、ライズ王国に比べて遥かに規模が大きい。国土の広さも民の数も、ライズ王国のそれを大きく上回る。


(これまでの二度の戦では、運良くほとんど被害が出なかったけれど。一度目は魔物が出たこと、二度目は聖女の杖が私の手に戻ってきたことによる動揺で、軍が崩れたせいだわ。三度目もそんな偶然に恵まれるかなんて、わからない)


 いくらアマリリスに聖女の杖があり、そしてヴィクターという要が存在したとしても、ライズ王国が今後シュヴァール王国から攻められたとしたなら、甚大な被害が出るであろうということは、アマリリスにも想像に難くなかった。

 そして、聖女の杖が手元に戻ってきたことからは、いずれ自分がシュヴァール王国に連れ戻される時が来るかもしれないとも、薄らと予感していたのだ。


(私さえ我慢してシュヴァール王国に帰れば、両国に平和が戻るなら。でも……)


 ヴィクターの側から離れることが、アマリリスには最も辛く、そして寂しいことだった。思わずヴィクターに視線をやると、彼もアマリリスをじっと見つめていた。

 アマリリスと目が合った彼は立ち上がると、つかつかと歩いて彼女の後ろに立った。

 はっとヴィクターを見上げたアマリリスに、彼は彼女にだけ見えるように軽くウインクをすると、ネイトとラッセルを真っ直ぐに見据えた。


「生憎ですが……」


 ヴィクターが、アマリリスの背中からそっと彼女を抱き締める。


「アマリリスは私の妻になる予定なので、残念ながら、シュヴァール王国にお渡しすることはできません」

「な、何だって!?」


 ネイトが顔色を変えて、がたっと椅子から立ち上がる。ラッセルも、ぽかんと口を開けてヴィクターとアマリリスを見つめていた。


「……アマリリス様、それは本当なのですか?」


 困惑気味に尋ねたラッセルに、気付けばアマリリスは首を縦に振っていた。


「はい」


 きっと、自分をライズ王国に繋ぎ止めるための弁明なのだろうと、そう冷静に考えるアマリリスもいた一方で、ヴィクターを恋い慕うアマリリスの純粋な気持ちがそれに勝り、反射的に彼女を頷かせていた。まるで夢の中に突然放り込まれたような気分で、彼女の頬がほんのりと色付く。

 アマリリスの返答に、ヴィクターの顔はみるみるうちに綻んだ。ラッセルは、幸せそうな二人を見つめて思わず笑みを溢すと、ネイトを見つめた。


「ネイト様。アマリリス様には、別の形で力を貸していただいてはいかがでしょうか」

「黙れ」


 膝の上で拳を握り締めていたネイトは、悔しげに席を立つとルキウスを見つめた。


「アマリリスを我が国に返すつもりがないなら、和睦は飲めません。譲っても、一時休戦までです」

「……一時休戦で手を打ちましょう」


 一時的にでも休戦が約されたことに、アマリリスは少なからずほっとしていた。

 帰りがけに、ラッセルがそっとアマリリスに囁く。


「ヴィクター様と婚約なさっていたのですね。おめでとうございます、アマリリス様」

「……ありがとうございます」


 まだヴィクターの言葉の真意がわからないまま、アマリリスは戸惑いつつも微笑んだ。

 ラッセルは、ヴィクターにも笑みを向けてから、硬い表情で唇を引き結んだネイトと共に、帰りの馬車へと乗り込んでいった。

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