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カルラの焦り

 その頃、聖女の杖を手に王宮に戻っていたカルラも、ネイトから与えられた王宮内の自室で、落ち着かない気持ちを持て余していた。


(この杖、いったいどうなっているの?)


 手にした杖を眺めながら、カルラは苛立っていた。


「……はじめのうちは、この杖を振るだけで、驚くほど簡単に強い魔法が使えたのに」


 聖女の杖を振れば振るほど、手応えがなくなるように、ほんの少しずつ杖の反応が悪くなっていくようにカルラには感じられていた。

 それでも、ライズ王国の魔術師に対して稲妻を閃かせるまでは、まだ杖は十分に力を発揮していた。ところが、彼の防御魔法に弾かれた時を境に、杖はぴたりと息を潜めてしまったようだった。

 ライズ王国に進軍後、国に戻る道の途中で魔物を何匹か撃退してはいたカルラだったけれど、それは彼女自身の魔法の力によるものだった。突然杖が反応を示さなくなったことに、彼女は焦りを隠せずにいた。

 試しに、その場で聖女の杖を手に防御魔法を唱えてみたカルラだったけれど、やはり杖は力を放つことなく、防御魔法が容易に発動されることも、強化されることもなければ、ただ通常の魔力の消耗を感じるだけに終わっていた。


「何なのよ」


 カルラは憮然とした表情で、聖女の杖をソファーの上に放り投げた。


(まあ、私が聖女だという証だし、あの杖はこれからも持ち歩く必要があるけれど)


 転がった杖の、繊細に模られた竜の頭の部分を、彼女はつまらなそうに眺めた。


(せっかく精巧な作りなのに、力がなければ台無しね。それに……)


 姉のアマリリスが生きていたことが、カルラには信じられなかった。


(お姉様は、追放した馬車に乗っていた兵士を買収でもしたのかしら? 最後まで見届けていればよかったわ)


 しかも、姉が隣国最強と謳われる魔術師と懇意にしている様子だったことが、彼女にとっては面白くなかった。


「見ていらっしゃい、お姉様。今度こそ、ライズ王国軍を徹底的に叩きのめしてあげるわ」


 ライズ王国とシュヴァール王国では、国の規模がまったく異なる。シュヴァール王国軍の軍勢が、ライズ王国の軍勢を遥かに上回ることは明らかだった。

 悔しげにそう呟いてから、カルラは疲労の滲む身体を柔らかなベッドに横たえ、目を閉じた。


***


 リカルドは、感謝を込めた笑みを浮かべて、ヴィクター、アマリリスとロルフを見つめた。


「ありがとうございます。今のところ出来上がっているリドナイト製の武器防具の大半には、これで魔法を込めることができました。このように円滑に進んだのも、ヴィクター様たちのご尽力のお蔭です」


 ヴィクターもリカルドに笑みを返す。


「それはよかったです。今できることには、手を尽くせたようですね」


 アマリリスとロルフも、達成感のある笑みを浮かべていた。リカルドがアマリリスに呼びかける。


「アマリリス様」

「はい」

「真摯に防具に魔法を込めてくださって、本当にありがとうございました。何度か防具のテストもさせていただいたのですが、アマリリス様が魔法を込めてくださったものは、驚くほど防御力が上がっていたのです」


 アマリリスが安堵の笑みを浮かべる。


「少しでもお役に立てたなら、よかったです」

「それに、ロルフ君。魔法に加えて、君が持参してくれた魔力回復薬も大活躍でしたね」


 リカルドに褒められて、ロルフの頬が照れたように染まった。


「へへ。薬も持ってきた甲斐がありました」


 三人に向かって、リカルドが尋ねる。


「お礼に、リドナイト製の武器や防具を差し上げたいのですが、どれが良いでしょうか?」


 顔を見合わせた三人だったけれど、ヴィクターは首を横に振ると、弟子たちの意見を代表して答えた。


「まだそれほど数がある訳ではないのですから、どうぞ戦の前線に出る兵士に使ってください」


 リカルドは申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「では、せめて……」


 彼はポケットからペンダント状のものを三つ取り出すと、ヴィクターに手渡した。黒い光沢のあるペンダントヘッドには、半透明の赤い石が埋め込まれている。


「リドナイト製のペンダントに、幸運を呼ぶと言われている、魔法を込められる宝石を嵌めたものです。試しに作ったばかりのもので、気休め程度にしかならないかもしれませんが、よかったらどうぞお持ちください」

「では、ありがたくいただきます」


 ヴィクターは微笑むと、リカルドからそのペンダントを受け取った。


 さらに、帰る準備をしていたアマリリスの元に、まだ言葉を交わしたことのなかった一人の青年がやって来た。それは、彼女がシュヴァール王国から来たと聞いて、彼女に冷たい瞳を向けていたうちの一人だった。


「アマリリス様」


 突然彼に話しかけられて、アマリリスは戸惑いながら彼を見上げた。


「はい、何でしょうか?」


 彼は決まり悪そうに頭を掻きながら言った。


「俺、シュヴァール王国軍の奇襲があった時、アマリリス様が魔法を込めた鎧を使ったんです。魔物と対峙した時にも、深手を負ったかと思ったのに、鎧のお蔭で傷一つ負いませんでした。……貴女のことを疑ってしまって、すみませんでした」


 アマリリスは微笑むと、彼を見つめた。


「ご無事で何よりでした。わざわざ私のところまで来てくださって、ありがとうございます」

「いや。お礼が言いたかったのと、一言謝りたくて」


 その様子を見ていたヴィクターも、温かな微笑みを浮かべてアマリリスの肩にぽんと手を置いた。


「貴女の誠実な仕事ぶりは、見ている人はちゃんと見ていますから。よかったですね」

「はい!」


 来たばかりの時に感じていた冷ややかな空気は、皆と同じ場で作業を進めていく中で、いつの間にか消え去っていたようだった。

 自分を受け入れてもらえたようで、胸が温まるのを感じながら、アマリリスは、皆に見送られながら、ヴィクターとロルフと一緒に馬車に乗り込んだ。


 帰りの馬車の中、ヴィクターはリカルドから受け取った三つのペンダントを掌の上に取り出した。


「このペンダントには、まだ魔法が込められてはいないようですね」


 アマリリスも、ペンダントを見つめて頷いた。


「そうですね。リカルド様も、作ったばかりだと仰っていましたしね」

「では……」


 ヴィクターが小声で魔法を唱えると、彼の掌から放たれた眩い光がペンダントに吸い込まれていった。

 彼はロルフとアマリリスの首にそれぞれペンダントをかけると、最後の一つを自分の首にかけた。


「今、ペンダントに防御魔法をかけました。まあ、リカルド様も言っていたように、防具に比べたら気休めかもしれませんが」


 ロルフが目を輝かせてペンダントを持ち上げる。


「ありがとう、師匠! わーい、三人でお揃いだね」


 ペンダントを掌に包むように持ったアマリリスも、にこやかに笑った。


「ふふ、そうですね。大切に身に着けます」


 尊敬する師が魔法を込めてくれた揃いのペンダントは、アマリリスにとって、効果の如何以上に、嬉しく心強いものだった。

 弟子たちの笑顔に、ヴィクターも目を細める。和やかに談笑する三人を乗せて、馬車は帰路を急いだ。


***


 ネイトはカルラの元を訪れていた。


「カルラ。今回の侵攻は偵察を兼ねたものだったが、今度こそライズ王国を攻め落とすぞ。できる限りの兵力を使って、一気に叩く」

「ええ。賛成ですわ、ネイト様」


 まだ疲労の残る中、カルラは無理に笑ってみせた。ネイトも同様に、抜けない疲れを感じてはいたけれど、早々に勝負をつけたいと気持ちが急いていた。


「いったん我が軍が退いたことで、ライズ王国にも油断が生じているはずだ。魔物の被害があって消耗しているところを、すぐに潰しに行く」

「承知しました」


 ネイトは、どこか探るようにカルラを見つめた。


「君の魔法だが、この前のあの魔術師相手には効かなかったようだったな。聖女の杖のある君でも、そういうことがあるのか?」


 忌々しい思いを抱えて、カルラが答える。


「きっと、魔法の相性が良くなかっただけですわ。使う魔法の種類を変えれば、また結果は違うと思います」

「そうか」


 表情を緩めたネイトは、カルラの身体を抱き寄せた。


「頼むぞ、カルラ。次の戦で決める」

「はい。わかっておりますわ」


 背中に嫌な汗が滲むのを隠して、カルラはネイトの腕の中でぎこちなく笑った。

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