急襲
「ヴィクター様、リドナイト製の武器と防具はこちらです」
リカルドに案内された先の部屋の一角に、様々な種類の武器と防具が積まれている場所があった。剣や槍、弓矢のような武器に加えて、鎧兜に盾もある。そのどれもに共通しているのが、黒真珠のような美しい光沢だった。
手近な盾を一つ手に取ったヴィクターが、感触を試すようにコンと叩いた。
「確かに軽く、思いのほか美しい素材ですね」
「そうでしょう? でも、見た目以上に耐久性があって丈夫ですから」
リカルドが微笑みを浮かべた。
「一部の武器と防具は、もう魔物対策に活用されているのですが、評判は上々です。リドナイトも限りなく採れる訳ではないので、戦にならなければ、魔物対策用にもっと使いたいところなのですがね……」
それを聞いていたアマリリスの表情が曇る。
(もし戦がなければ、魔物の被害を抑え、よりライズ王国の治安を良くするためだけに、これらを使えるのに)
リカルドは、ヴィクターが手にしている盾を見つめた。
「これらに魔法を込めるには、少しだけコツがいるのです。ヴィクター様になら説明は不要かもしれませんが、一応、ご参考までに、この盾を使って実演して見せてもよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
彼はヴィクターから盾を受け取ると、防御魔法を唱えて手に纏わせ、そっと盾の内側をなぞるように触れた。防御魔法の光が、リカルドの手が止まった場所から盾に吸収されていく。
「この素材は魔法を弾いてしまうこともあるのですが、魔法を吸収しやすいポイントがあるのです。魔法をかけていくうちに、次第にその感覚が掴めてくると思います」
ヴィクターの瞳が、楽しげに輝く。
「ほう、なるほど。私も早速一つ、試してみても?」
「はい、もちろんです」
リカルドはヴィクターに、兜を一つ手渡した。ヴィクターが魔法を唱えると、彼の手から放たれた眩い光が、するすると兜に吸収されていった。兜が内側から明るい光を帯びる様子を見ていたリカルドが破顔する。
「さすがはヴィクター様ですね。込められる魔法の威力によって、強化される程度も変わってくるのです。そのような強い魔法を込めていただけたら、言うことはありません」
「では、ここに並べられているものに端から魔法を込めていけばいいのですね?」
「その通りです、お願いします」
ヴィクターはロルフとアマリリスに向き直ると、二人にそれぞれ腕用の防具と小ぶりの盾を手渡した。
「今、リカルド様が説明してくださった通りですが。そうですね……魔法を防具に当てていくと、少し感触が違う場所があるので、そこに一気に力を込めるのがコツでしょうか」
ロルフがわくわくとした様子で防具を見つめる。
「僕もやってみます!」
探るようにロルフが手に纏わせた回復魔法を当てていくと、ある場所ですうっと魔法が防具に吸い込まれ、防具が内側から輝いた。
「よくできていますね。では、アマリリスも」
「はい」
アマリリスは、手にした盾を見つめると、ヴィクターの言葉を思い起こした。
(私を見守っていてくれる存在に、力を借りるように)
ヴィクターの元で魔法の練習を続けるうちに、その感覚はもうある程度掴めてきていた。それに、魔法をかける対象が防具だということで、アマリリスにとっては、それを使う人の安全を願うイメージがしやすかった。
(この盾を使うことになる方が、どうか傷付くことのないよう、私に力を貸してください)
アマリリスが魔法を唱えて盾をなぞると、黒真珠のような虹色の光沢が浮かび上がるように、盾は一際眩い光を帯びた。
「わあっ、凄いね!」
ロルフの言葉に頷いたヴィクターが、目を細めてアマリリスを見つめる。
「素晴らしいですね、アマリリス。随分と上達しましたね」
「ありがとうございます。ヴィクター様のご指導のお蔭です」
手にした盾が未だに美しい輝きを帯びている様子を、アマリリスは嬉しく思いながら眺めていた。なぜか、自分の側で舞うきらきらとした光が見えたような気がして、不思議に思って周りを見回した。
(今のは、何だったのかしら。気のせいかしら?)
そんなアマリリスをじっと見つめていた一人の女性が、訝しげに口を開いた。
「アマリリス様っていうお名前、もしかして……シュヴァール王国王太子の婚約者様では? 聖女だと言われていた……」
周囲の空気が、すっと冷気を帯びたようにアマリリスは感じた。疑惑の籠った視線に、彼女の顔が強張る。そんなアマリリスの表情に、女性は我が意を得たりとばかりにヴィクターに向かってまくし立てた。
「ヴィクター様、彼女に騙されているのではありませんか? だって、もし彼女がシュヴァール王国の聖女だったなら、このタイミングで我が国に来るなんて、おかしいではありませんか。シュヴァール王国に企みがあって、送り込まれたと考えるのが自然です」
ヴィクターの顔が、普段の温和な表情からは想像がつかないほど、みるみるうちに厳しくなる。彼はアマリリスを身体で庇うようにしながら女性を見つめた。
「言ったでしょう、アマリリスは信頼できると」
「ですが、ヴィクター様……」
「彼女はもう、ネイト王太子の婚約者ではありません。濡れ衣を着せられ、母国から追放されて、ここからも程近い魔物の巣窟の前に、手を縛られた状態で放り込まれていたのです。それでもシュヴァール王国の手の者だと疑うのですか?」
「そ、それは。我々を油断させようとしているとか」
落ち着いた物言いながらも、隠し切れない怒りの感じられるヴィクターに、女性は怯んで青ざめ、悔しげに唇を噛んでいた。
「私の弟子を貶めるような物言いは、私が許しません。よろしいですね?」
一瞬、辺りがしんと静まり返った。リカルドが、場を取り持つように彼らの間に割って入る。
「ほら、見てください。アマリリス様が魔法を込めてくださったこの盾を。彼女の防御魔法のお蔭で、非常に質の高い盾に仕上がっています。アマリリス様が我々に力を貸してくださっていることは、間違いありません」
悔しげに女性が口を閉じる。戸惑いながらヴィクターを見上げたアマリリスに、彼は優しく微笑んだ。
「さ、続けましょうか」
「はい」
アマリリスの胸が、ヴィクターの言葉にぎゅっと締め付けられる。
(私のことを、これほどに守ってくださるなんて)
自分を助けてくれたヴィクターに感謝を伝えたかったけれど、アマリリスには、それを表す上手な言葉がすぐに出ては来なかった。代わりに、彼女は次にリドナイト製の胸当てを手に取った。
(ヴィクター様の信頼に応えられるように、私もできる限りの力を尽くさなくては)
手にした胸当てに、アマリリスはまた祈るように防御魔法を込めた。
***
その翌日、アマリリスが魔法を込めた兜を、リカルドは嬉しそうに手に取っていた。
「アマリリス様が防御魔法を込めてくださった防具は、どれも素晴らしい出来ですね。これなら、一度の魔法で十分です」
魔法の込め方が足りない防具には、繰り返し魔法をかけて強化を図る必要があった。リカルドの言葉に、彼女はほっと安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、そう伺って安心しました」
リカルドは、アマリリスに手にした杖を手渡した。
「次は、こちらの杖をお願いできますか?」
アマリリスの顔がさっと曇る。
「すみませんが、武器についてはお手伝いできません」
「それは、なぜですか?」
不思議そうに尋ねたリカルドの前で、彼女は俯いた。
「……人々を傷付ける可能性のある武器には、私の力は使いたくないのです。申し訳ありません」
周囲の魔術師たちの数人から、アマリリスは刺すような視線を感じていた。さっきヴィクターに訴えていた女性も、やっぱりと言わんばかりの嫉妬と疑念の入り混じった瞳を彼女に向けている。
師の言葉があったからこそ、彼らは無言でいるだけだということが、アマリリスには痛いほどに感じられた。
再びヴィクターが口を開こうとしたのを、アマリリスは首を横に振って止めた。
(これ以上、ヴィクター様にご迷惑をお掛けしたくはないもの)
ロルフも心配そうな瞳をアマリリスに向けていたけれど、信頼を得るためには自分の行動で示すほかないと、そう彼女は考えていた。アマリリスがリカルドに尋ねる。
「また防具を担当させていただいても構いませんか?」
「ええ。それでも非常に助かりますから」
リカルドはすぐに理解を示して微笑むと、近くにあった防具を彼女に手渡した。アマリリスは意識を防具に集中させて、防御魔法を唱えた。
黙々と皆が武器や防具に魔法を込める中、ヴィクターがはっとしたように魔法を纏わせていた手を止めた。
「師匠、どうしたのですか?」
首を傾げたロルフに向かってヴィクターが口を開きかけた時、急にどすんと大きな衝撃が建物を揺らした。
「何だ!?」
ざわざわと動揺が皆に走る中、ヴィクターが大きな窓に駆け寄って外の様子を確認した。彼の瞳がふっと鋭くなる。
「とうとう、シュヴァール王国軍がお出ましのようです」
リカルドが慌ててリドナイト製の鎧を彼に向かって差し出した。
「ヴィクター様、早くこれを身に着けてください」
「いや、私は大丈夫です。ここにいる皆で使ってください」
窓の外から襲い来る激しい炎を、彼は風魔法で弾き飛ばしてから、そのまま風魔法をその身に纏わせて浮かび上がった。
「私は外で応戦します。皆、下がっていてください」
窓から出て行くヴィクターの姿を、誰もが緊張の面持ちで見つめていた。魔物と戦うことはあっても、他国の軍隊と戦った経験のほとんどない魔術師たちは、顔を青ざめさせている。
「師匠……!」
「ロルフ君!」
ヴィクターの後を追うようにして、バルコニーに向かって駆けて行くロルフの後を、アマリリスも急ぎ追い掛けていた。
その時、後ろから走ってきたリカルドの声が聞こえた。
「せめて、これだけでも使ってください」
彼から兜と盾を手渡される。さっきアマリリスが魔法を込めたばかりのものだ。
「ありがとうございます」
アマリリスは頷くと、受け取った兜を後ろからロルフの頭に被せ、盾を持った。
ヴィクターの無事を祈りながら、アマリリスはロルフと並んでバルコニーへと駆けて行った。