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一通の手紙

 アマリリスがヴィクターとロルフと過ごすようになってから、あっという間に一週間ほどが経っていた。

 朝食後のコーヒーを傾けながら、ヴィクターがアマリリスに向かって微笑んだ。


「アマリリスが来てくれてから、随分と家の中が明るくなりましたね」

「えっ、本当ですか?」


 驚きに目を瞬いたアマリリスに、ロルフもにこにこと頷いた。


「本当だよ! それに、アマリリスさんのご飯はいつも美味しいし、家の中はピカピカになったし、お布団はお日様の匂いがしてふかふかだし、僕、幸せ……!」

「はは、そうですね。家が明るくなっただけではなくて、前よりもずっと整って、毎日の生活の質も上がりましたね。すっかり甘えてしまっていますが、いつもありがとうございます」

「そんな風に言っていただけるなんて、私こそ幸せです」


 アマリリスが嬉しそうに笑う。彼らの家に来て、ようやく彼女が笑えるようになってから、日が経つうちにますます笑顔も増えるようになっていた。


(すっかりお世話になっているのは私のほうなのに、こんなに温かな言葉をかけていただけるなんて……)


 彼女が実家にいた時には、何をしても感謝されることなどなかった。母の死後は、陰気で気味が悪いと蔑まれ、義母や妹の機嫌が悪ければ容赦なく打たれたし、助けてくれる人もいなかった。どうにか食事にありついて、生きていくだけでも精一杯だった日々には、幸せを感じられる機会などほとんどなかった。


 彼女が聖女に認定され、魔法の学習と王妃教育に力を入れるために王宮に居を移してからも、婚約したネイトはアマリリスに冷たかった。そんな彼女を嘲笑うかのように、妹のカルラはこれ見よがしにネイトに会いに来ては、彼が甘い表情を自分に向けるところを姉に見せつけていたし、温和なラッセルに魔法を教わる時間以外は、息の詰まるような時間が長かったのだ。


 ごく最近までのそんな日々が、もう遠く感じられるほどに、アマリリスはヴィクターとロルフと過ごす日々に癒されていたのだった。


 ヴィクターはアマリリスを優しい瞳で見つめた。

 

「それに、まだそれほど日が経ってはいないのに、アマリリスの魔法は目覚ましく上達していますね」

「それは、ヴィクター様の教え方がお上手だからです。あんな魔法の使い方があることすら、それまでは知りませんでしたから」


 まだ、聖女の杖を使っていた時のようには、強い魔法を軽々と使いこなすという訳にはいかなかったけれど、それでも、アマリリスの魔法は鮮やかな伸びを見せていた。


「はは、貴女は素直で吸収も速いから、私も教えがいがありますよ。素敵な弟子に恵まれて、私も嬉しいです」


 コーヒーをテーブルに置いたヴィクターの手が伸びて、彼女の頭を柔らかく撫でた。彼の眼差しと大きな手の感触に、アマリリスの胸が跳ねる。ほんのりと頬を色付かせたアマリリスは、恥ずかしそうに目を伏せた。


(こんなに素晴らしい方に師事することができて、私は何て恵まれているのかしら。ヴィクター様を頼れと言ってくださったラッセル様にも、感謝しかないわ)


 ヴィクターから、何気なく温かな言葉をかけてもらったり、魔法の腕が上がったことを褒められたりする度に、アマリリスは、それまでに感じたことのないような、胸が締め付けられるような感覚を覚える。どこか切なく胸の奥が疼くようなその感情に、彼女自身も戸惑いを覚えていた。

 

 どぎまぎとしていたアマリリスは、少し呼吸を落ち着かせてからヴィクターに尋ねた。


「ところで、シュヴァール王国の様子は、最近どうなのかご存知でしょうか」


 アマリリスとロルフに稽古をつけてから、ヴィクターは大抵、シュヴァール王国との国境の様子の偵察に出掛ける。王宮にも度々顔を出しては、情報を共有している様子だった。

 ヴィクターは、不安げに顔を翳らせたアマリリスを見つめた。


「動きはありますが、多少もたついているような印象です。シュヴァール王国にとっても、この国を攻めるとなれば久々の戦となりますからね。足踏みしている部分もあるのかもしれません。まあ、遅かれ早かれ、攻めてくるようには思われますけどね」

「そうですか……」


 きゅっと口を引き結んだアマリリスを見つめてから、ヴィクターは椅子から立ち上がった。


「さて、一休みしたら、今日も稽古を始めましょうか。……おや?」


 開いていた窓から、一通の手紙がヴィクターを目掛けるようにひらりと舞い込んできた。

 風魔法を纏って飛んで来た手紙を手に取って裏返し、差出人を確かめた彼が呟く。


「ルキウス王太子殿下からですね」


 封を開けて便箋を取り出したヴィクターが、さっと文面に目を走らせる。

 ロルフが待ち切れない様子でヴィクターに尋ねた。


「師匠、どんな用件なのですか?」

「……彼が、改めて私たちに話したいことがあると。それから、アマリリスに会いたいと」


 困ったように眉尻を下げたヴィクターを、アマリリスが不思議そうに見つめる。


「私に、ですか?」

「王太子殿下には、シュヴァール王国から保護した方がいるとだけ告げて、貴女が環境に慣れて落ち着くまではと、詳細の報告は少し待ってもらっていたのです。でも、どうやら待ち切れなくなったようですね。……気が進まないようなら断りますが、アマリリス、どうしますか?」

「お伺いします。お断りする理由もありませんし」


 即答したアマリリスに、ヴィクターが微笑んだ。


「では、皆で行きましょうか。ロルフにも会いたいそうですよ」

「はい、わかりました。どんなお話なのでしょうね?」

「想像するよりも、行って確認したほうが早そうですね。準備ができたら、王宮に向かいましょうか」


 ヴィクターの言葉に、アマリリスとロルフはすぐに頷いた。

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