スローライフのためだから仕方ない
貴族なんてなるもんじゃないと思う。男爵家の令嬢に転生したわたしはつくづくそう思った。プライドと裏切りなんてものばっかり気にしながら貴族らしく振舞って生きなきゃいけないとか、元日本人には辛すぎる。特に我が家のような男爵家なんて最悪だ。一応貴族とはいえ末端も末端なので、子爵家以上の連中には常に下に見られて馬鹿にされるし、大勢いる他の男爵家もその中で順位付けしようと必死。それでいて平民からは「所詮お貴族様」なんて斜に構えて見られるし、板挟みになるばっかり。ていうか何より、お嬢様っぽく振舞えとか無理。すでに自我がすっかり形成された元大人に、そんなんできるわけがない。ガニ股矯正されただけでもだいぶ頑張った方だ。どうせお決まりの転生をするなら、スローライフの方が良かった。なんかこう、農業とか薬師とかさぁ。
「というわけで、家出します」
「……家出って宣言してするものだったかい、ピトフィ」
次期当主としてのお勉強に忙しくしている兄のクロードにそう告げれば、呆れたようにため息をつかれた。黒髪に、眼鏡の奥に黒い瞳。実直そうな外見はなんだか日本人の感覚になじむみ、記憶を取り戻してからこっち、わたしは兄によく懐いていた。今年で二十歳になる兄はわたしの前世より若いので正直兄というより弟のような年齢なんだけど、物腰が柔らかく落ち着いた兄はたぶん前世のわたしより大人びている。
そんな優しい兄は、前世の記憶を取り戻した十歳から六年間もの間、普通の貴族令嬢とは異なる言動ばかりするわたしを暖かく見守ってきてくれた。ちなみに両親はドン引きしてちょっと距離を置かれている。追い出さないだけ優しい。好き。
わたしもできれば兄みたいな黒髪黒目が良かった。兄の色合いは父譲りだ。わたしは母譲りの金髪碧眼。外国のモデルさんみたいで最初こそテンションが上がったけれど、結局いかに可愛かろうと自分だと思うとなんか違和感が勝って馴染めなかった。「わたしカワイイ!」と喜べる精神の持ち主でないことが恨めしい。
ともかくわたしももう十六歳。そのうち縁談とか届きだす年なのだ。その前に身の振り方を考えようと思った結果が家出である。
「黙っていなくなったらお兄ちゃんに迷惑がかかると思って、ちゃんと言ってみた」
「そう思うなら家出を考え直してくれないか」
「手紙は書けそうなら書くね」
「考え直す気はないわけだね……」
「家はお兄ちゃんが継ぐんだから大丈夫でしょ」
「娘にも結婚という義務が……いや、お前はこれが嫌なんだったね」
さすがお兄ちゃん。わたしのことをよく分かってくれている。好き。
「それに、わたしを嫁がせたりしたらこの家の評判が下がるだけだと思う」
「悲しいかな、僕もそれには同感なんだ……もしくはお前のそういうところを良しとする特殊趣味の男性を探すかだけど」
「そんな趣味の悪い男ヤダ」
「お前が言うことじゃあないんだよ、ピトフィ」
お兄ちゃんは額に手を当てて頭を振った。
「まあいい。知らせてくれて助かった。たしかに突然消えられるよりは、僕も対策を打ちやすいし、協力もしてやれる。一体どこに引きこもろうっていうんだい?」
勝手に引きこもりにされている。いやまぁ、普通貴族令嬢がどこかに逃げるとしたら、別荘とかに引きこもるのかもしれないけど。
「それはナイショ」
「……内緒?」
「言ったらお兄ちゃん反対するし」
「……待ちなさい。本当にどこへ行くつもりなんだ」
「ちゃんと仲間は集めるから大丈夫!一週間後をめどに出るからね。それまでにお兄ちゃんは両親とか執事たちとかをうまく説得できるようにしておいてほしいな。よろしくね」
言うだけ言い置いてわたしは兄の執務室を出た。これ以上ここに居たところで兄のお小言が増えるだけだ。迷惑をかけている自覚はある。けれども普通の貴族令嬢らしく生きるなんてわたしには無理だ。たぶん、猫をかぶっても三日ではげる。なんなら反動で発狂するかもしれない。婚家で猫が虎になったりしたら、そっちの方がこの家にとってはまずいだろう。
それならばこれ以上の迷惑をかける前にさっさと家を出るに限る。最後の最後に迷惑をかけるのは許してほしい。そのかわり、腰を落ち着けた先で兄の役に立ちそうなものを見つけたりしたら送って恩返しするつもりでいる。わたしなりのやり方でこの家に貢献したいと思ってはいるのだ。
「お嬢様、お出かけですか」
「うん。行ってくるね」
「お気をつけて」
門番のおっちゃんとあいさつを交わす。同伴者はいない。本当は仮にも貴族令嬢が一人で街に出るのはいけないらしいんだけど、使用人と一緒に出掛けたりすればやれ「そっちにはいくな」だの「はしたないことをするな」だのと煩いので、一人で出かけるに限る。たぶん使用人たちの胃の為にもその方がいい。
服は平民に合わせたボロ服だ。髪はちょっとツヤが目立つのでスカーフを巻いて隠しておく。こうすればわたしの言動も相まって貴族とはばれない。
以前は外壁を乗り越えてこっそり抜け出していたんだけど、危ないからせめて門から出なさいとお兄ちゃんに言われてからは、堂々と出かけている。親は放任だ。執事に見つかると怒られるけど、今は来客対応中。ぬかりはない。
「また後で執事にお小言言われたらごめんね」
「門の前で大声で暴れられる方がこの家にはよくないと思いまして、って言えば黙るので大丈夫です」
おっちゃんももう慣れたもんだ。おっちゃんに手を振り振り、屋敷を出た。
「さて。スローライフの仲間を集めに行くとしようか」
スローライフ。言葉にすれば簡単だけど、実態は簡単じゃない。よくあるラノベでは主人公が特殊な力を授かっていたり高度な知識を持っていたりするけど、わたしはどっちも持ち合わせていない。
サバイバルの知識を得ようにも、今の環境で入手できるのはお作法の本ばかりだったのだ。スローライフには役立たずにもほどがある。けれどわたしの乏しい前世知識でも、戦闘能力や衣食住を確保するための技術力が必要なことだけは分かる。
この世界にはモンスターがいる。非戦闘員だけで街の外に出ようもんならあっという間にモンスターのランチだ。未開拓地に定住するならモンスターを避けつつ衣食住を確保しないといけないわけだけど、建築知識も農業知識もわたしは持ち合わせていない。
せめて戦闘能力くらいはなんとかしたかったけれど、残念ながらこちらについてもわたしは役に立たない。お兄ちゃんが剣を習っている時に一緒に習いたいと駄々をこねてみたことはあるんだけど、両親に猛反対された。ただでさえ奇行が目立つのに武力までついたら手に負えないそうだ。まるで獣のような言い草である。
仕方が無いので物陰で木の棒を振りながら真似したりもしてみたけど、どうもそっちの才能が皆無らしく、棒に振り回されてすっころんだ。その後もコツコツ続けてはみたものの、全く身になっている気がしない。クワを振る練習くらいにはなってるといいなぁ。
「だからやっぱり、超強い人はついてきてほしいよね」
一応まいた種が今日あたり芽吹く予定なんだけど……
「ピートーフィーーーー!!」
なんというタイミング。芽吹いた種が叫びながら走ってきた。赤毛を振り乱した長身の美女だ。その身長は二メートル五十センチオーバー。でっかい種なのだ。彼女は巨人族の女性なので、これでも身長は平均的らしい。この国に巨人族は少ないらしいので他をあんまり知らない。年は二十五歳くらいだったかな?彼女は遠くに見えるお城をバックに全力疾走している。なぜならば王城からこっちに向かっているからだ。ここは貴族街の端っこ。王城まではわたしの足で二時間くらいかかるんだけど、きっと彼女なら一時間もからないのだろう。いや、それにしても美人なうえに高身長の人が走ってくると迫力があるな。色んな意味でひかれちゃう。
「久しぶり、キリー!」
跳ね飛ばすことなく、ちゃんとわたしの手前で急ブレーキをかけてくれた旧友に挨拶をする。
「久しぶり、じゃない!あたし、今日付けで騎士引退って言われたんだが!?花束とラッパ隊で見送られたんだが!?」
小一時間走ってきたのに息切れ一つしていないのはさすが。そんな彼女の手には小さなブーケがあった。いや小さくはない。わたしだったら両手で抱えないといけないサイズだ。だけどキリーなら片手で持てちゃう。五年以上前線で活躍した騎士への労いとしては物足りない。あと、王城からここまで走ってきたせいなのかだいぶ花びらが散っている。
「キリーにはちょっとその花束は小さいよねぇ。気が利かない王子め」
「そんなことはどうでもいい!お前だろ!?お前が手を回したろう!?」
「いやだわ、キリー。一体なんの根拠があってそんなことを言うの?」
「こんなことするのはお前しかいない!前からあたしのことを勧誘していたからな!」
お嬢様らしく目を潤ませてナヨってみたけれど、キリーには通じない。猫のかぶり損である。
「確かにいずれわたしと一緒に来てほしいとは思ってたけど、疑うなんて酷い。キリーは正式に引退しただけなんでしょ?」
「そうだ!全く身に覚えのない理由でな!」
いわく、引退理由は三つ。一つ、所属している師団の師団長のパワハラが酷くて精神的につらかった。調査の結果、師団長の悪行の数々が確認されたため、彼は懲戒免職となり、今日の見送りの場にも居なかったばかりか今朝から行方不明らしい。どこ行ったのカナー。
二つ。先の魔物掃討戦で、師団長のお粗末な指令によってキリーは深手を負い、かといってまともな治療も受けさせてもらえず足が以前のように動かなくなった。キリーの退職金にはたっぷりの見舞金が加算されている。さっき全力疾走してたケドナー。
三つ。同じ巨人族の家族を探しに行きたいというキリーの希望。巨人族の国はこの国からはかなり遠い。間に三つくらい国を挟む。キリーはこの国の近くまで旅してきた巨人族の生き残りだ。魔物に襲われ命からがら逃げだした先でこの国の騎士団と出会い、入団に至っている。その時生き別れた家族を探しに行きたいから引退するというキリー本人の申し出だ。泣かせるヨネー。
「あたし、そんなこと申し出てない!」
「キリーが家族を探したいのは本当でしょ?」
「そうだけど!だからこそあたしは世界各国に派遣される騎士団に、」
「家族の目撃情報入手したんだよね」
「……え?」
「わたし、もうすぐそこに行こうかなって思ってるんだけど。あ、もう騎士じゃなくなったんだっけ。ちょうどよかった。キリーも行く?」
キリーはわたしの言葉に戸惑っているようで、口をパクパクさせている。
「強いモンスターがいっぱいウロウロしてるところだから、たぶん訓練にもいいと思うなぁ」
「行く!」
キリーは戦闘狂だ。巨人族はみんな強さこそ美しさと考えているとはキリーの言だけど本当だろうか。キリーだけなんじゃないだろうか。
「いつ行くんだ!?今日か!?」
「今日ではないよ。二週間後だから、それまでに準備しておいてね」
「わかった!」
本当は一週間後だけど、キリーはたぶん待ちきれなくてそれより前に催促してくるので長めに言っておく。これで早めに声をかけにいけば、喜んで着の身着のままついてくるだろう。たぶん準備してくれと言っても自分では何も準備してくれないから、わたしの方でキリーの旅支度もしておかないと。
なお、キリーの引退劇についてわたしが噛んでいるか否かと聞かれれば、答えは是である。そりゃもうガッツリ噛みちぎっている。
もともとキリーを旅のお供に勧誘してはいた。けれど本人の意思を無視して連れていく気はなかった。キリーは自分を拾ってくれた騎士団に恩義を感じていたようだし、家族の目撃情報も確証が持てるまでは交渉材料にすべきではないだろうと思っていた。わたしが考えを改めたきっかけは、騎士団の訓練見学だった。
◇
年に数回、貴族なら誰でも入れる見学会。わたしが顔を出したのは、キリーの代わりに勧誘できる騎士がいないものかと思ってのことだ。
キリーが所属している第五師団はモンスター討伐をメインの業務としているチームで、できればモンスターの相手に手慣れている騎士が欲しかったわたしはここに目をつけていた。けれど行ってみてびっくり、第五師団は見学の対象となっていなかった。見栄えのいい第一師団とかばかりが躍るような演武を見せているのだ。わたしが見たいのこれじゃない。
わたしはしょんぼりしながら第五師団の訓練場に忍び込んだ。そこでわたしが目にしたのは女性差別と人種差別としか言いようのない光景だったのだ。
「………」
言葉が出なかった。怒りに震えすぎて体が硬直し、叫んで間に割って入ることもできなかった。結果的にそれでよかっただろうと思う。そこでわたしが感情のまま飛び込んだところでキリーにとってもわたしの家にとっても良いことにはならない。
我に返ったわたしは、ぐっと歯を食いしばり、引き抜き候補の名前をメモするために持ってきた筆記用具でその場の光景や言動を覚書として書きなぐった。遠回しな罵倒も、訓練という名の理不尽な暴力も、まっすぐなキリーは「お前をより強くするためだ」という師団長の言葉を鵜呑みにして受け入れていた。抵抗なんてほとんど無かった。それを真っ向から止めようとする者がいない時点で「この師団クソだな」とわたしは断じた。恐怖政治があったのかもしれない。止めに入れば次の標的は自分になると思ったのかもしれない。だから何だ。キリーが貶められていい理由にはならない。
わたしは決めた。キリーをこの師団から攫って行くことを。
まずはその足で王子に会いに行った。
「相変わらず先ぶれって言葉を知らねぇ女だな」
「ごきげんよう第六王子」
わたしだってカーテシーくらいできる。珍しく正式な礼をとり、にっこり微笑む私を見て王子はすぐさま踵を返そうとした。その首根っこをわたしの手が素早く取っ捕まえる。素振りの才能はないけれど、すばしっこさだけはお兄ちゃんにも褒められたのだ。虫のようだと。温室育ちの王子様を捕まえるくらい訳もない。
周りにいた侍従たちは一切手出しをしない。昔は止めに入ってきたものだけど、無駄だと学んだようだ。この物分かりの良さがエリートたる所以なのだろう。たぶん。
「……くそ。ぜってぇめんどくせぇこと持ってきやがった」
おとなしくソファに座り、頬杖をついて苦りきった表情をする王子。彼との出会いは、五年くらい前だったかの夜会だ。侍従と入れ替わっていたのを見破って以来、わたしをおもしれー女認定してくれている。しかし「嫁にはいらん」と言われた。おもしれー女は距離を置いて観察するくらいがちょうどいいそうだ。動物園のライオン扱いである。でもわたしも王子妃はごめんなのでちょうどいい。ウィンウィンってやつだ。違うか。
「めんどくせぇ。なるほど、そのような心構えでおられるから、騎士団の管理もできやがらねぇでいらっしゃると。そのクソめんどくせぇというお言葉は王家の総意と考えてよろしい?」
笑みを崩さないままそう口にすると、王子は頬杖から顔を離して目を丸くした。
「……なんだ、マジでキレてんな」
そしてすぐさま居住まいを正す。
「何があった?」
その言葉が引き金だった。わたしは王子に口を挟ませないまま三十分くらい文句を垂れ流した。メモ帳を見るまでもない。さっき見てきたことを詳らかに、そりゃもう王子が青ざめるほど丁寧に説明してやった。あれ、メモいらなかったんじゃ。
「……わかった。とりあえず落ち着け。それが事実だとすれば、確かに王家の管理不行き届きだ。怠慢だとお前が怒るのもわかる。でも頼むから、俺以外の王族まで容赦なく罵倒するのはやめろ。誰かに聞かれたら庇いきれん」
どうどう、と両手を前に出す王子。
「……まあ、わたしの証言だけじゃ証拠として足りないことは分かってるよ。王子が証言してくれれば、処分もできるよね?」
「そうだな。かといって俺も見ていないものを証言するわけにはいかない。少し調査してみるから時間をくれ」
「待てない」
「は?」
「王室御用達のスピード感なんてわたしの求めるものの十分の一以下だし」
「王室御用達のスピード感ってなんだ」
「王子が自分で見聞きすれば証言してくれるんだよね。今から行くよ」
「今から!?」
首根っこを掴もうとするわたしの手を王子が掴んだので、そのまま掴み返して引っ張った。
「ちょ、お、おおおい」
追いかけてこようとする侍従は「ステイ」の一言で足を止めた。「なんで俺の命令よりコイツのわけわからん呪文の方が聞くんだよ!」という王子の叫びを置き去りに、わたしたちは第五師団の騎士舎にもぐりこんだ。
王子は便利だ。いろんなところの通行証になる。抜き打ちの視察だと言えば騎士団のエリアに入るのは簡単だった。ちょっと怪しいほっかっむり姿でもオールオッケー。第六王子の彼は王位継承争いからも遠のいているので、多少の無茶ができるのだ。「お前が決めるんじゃねぇ」と言いつつも、手を離した後もついてくるのだから可愛い王子様である。
わたし達が窓際に潜んでいるとも知らず、第五師団の師団長とその取り巻きは、サロンで下世話な話に花を咲かせていた。ある意味ではとてもタイミングが良かったのかもしれない。明日の訓練ではキリーをどうしてやろうとか、今度の遠征でこそキリーの寝込みを襲おうだとか、まぁとにかくさらに彼女の尊厳を貶めようと画策していたわけである。怒りのあまり王子の首を絞めかけた。その時の彼の逃げ足は過去最高のトップスピードだった。
彼らの発言はしっかり王子の耳に入った。証言は可能なはずだ。その場から脱したわたし達は計画を立てた。いや、計画を立てる前に説教をした。腐りきった組織があるのは自浄作用が働いていないからである。師団長の悪事を傍観する人間がいるのは、師団長より上の存在、騎士団長や王族、それに準じる存在への信頼が無いからだ。もし訴えれば動いてくれる人がいて、告発者も守ってくれるという信頼さえあれば、もっと早く王族はこの事態を知っていたはずだ。そんな感じの言葉で王子を詰った。珍しくわたしの言葉を全面的に肯定した彼は、しょんぼりしつつも解決に尽力すると約束したのである。
手始めに第五師団の中で、傍観者にあたる人物をリストアップした。そして王子は彼らを招集し、師団長の悪事について知っていることを話し、調査に協力するよう要請した。その時に王子が繰り広げた騎士の何たるかや王族としてどう君たちを支えていくかといった内容の演説は、脚本わたし、演出わたし、監督わたしであるが、それに心打たれたらしい彼らは証拠集めに動くことになった。そして二度と黙認することが無いようにという説教に、涙して頷いた。
そしてそれらの証拠集めの傍ら、主犯グループの家族にコンタクトを取った。根っからの盗賊とか悪人とかならともかく、騎士はそれなりに社会的地位のある存在で、そういう人物は大抵家族には良い顔をしている。自分がやっている悪事を悪事として認めないくせに、家族には見せたくないのだ。わたしを見習ってほしい。家族の前でもそれ以外の人の前でも態度を変えたことなど無い。
ともかく、わたしは王子の使用人としての体をとってご家族の皆様に会いに行き、「王子主催の訓練の見学にどうぞお越しください」と招待状を渡したのである。短時間の猫かぶりならわたしにだって何とかなる。お作法の勉強をしていてよかったと初めて思った。一日で二十軒の屋敷を回るのはなかなか大変だったけれど、頑張った。さすがに王子の招待を断るわけにもいかず、ご家族たちは見学会に集まることになった。
その見学会とは昨日の出来事である。この日、キリーは王子直々の特別指令で第三王女の護衛に加わることになり、訓練不参加となった。キリー不参加の訓練は、こちらに寝返った一部団員しか知らない状態で始まった。わたしがご案内したご家族たちは、普段の姿を見てもらうということで声を潜めてもらいながら、しげみの傍に隠れて声が聞こえるくらいの位置で待機してもらった。
わたしがこっそり送った合図を見て取り、寝返り団員が師団長へ話題を振る。
「ところで師団長、本日キリーがいないようですが」
「ああ、あのクソアマ、生意気にも王女殿下の護衛任務に呼ばれやがってな!」
汚い言葉から始まった師団長の暴言はそこからさらにヒートアップし、明日キリーが戻ってきたらいつもやっているあれに加えてあれもやってやるだの、一か月後の遠征ではあんな仕打ちやこんな仕打ちをしてやるだの、まぁ面白いくらいに自分のボロを出しまくってくれた。
声を出さないようにと言ってはあったけれど、ご家族たちは言うまでもなく声が出ないようだった。師団長の奥さんや娘さんをはじめ、師団長の言葉にケタケタ笑っている取り巻きのご家族も同様だった。寝返り組は顔をしかめている。もちろんポーズだ。わたしが最初に見かけたときにはそんな顔すらしていなかったこと、忘れていない。
そしてそこで場に登場するのが王子である。
「嘆かわしい。すべてこの耳で聞いたぞ!」
芝居がかった言動で師団長に近づく第六王子と侍従、そして護衛騎士たち。驚きに目を見張る師団長達。そして王子は国王の御名を冠した令状を読み上げる。もちろん王子から事前に国王に根回し済みのものだ。寝返り組が集めた証拠を添えて国王に事態を報告してあったのである。
騎士団における風紀の乱れや公平性うんちゃら、婦女暴行未遂うんちゃらと罪状を並べ立て、師団長と取り巻きを護衛騎士に取り押さえさせた。何か言い訳しようとしている師団長達の前に、わたしがご家族を誘導する。
呆然として促されるまま歩くご家族たち。家族と目が合った瞬間の師団長達の絶望顔。妻、娘、姉、母。特に女性陣から冷ややかな目を向けられて、ついに何も喚かなくなった。
そして王子はその場で処分も通告する。師団長は懲戒免職。取り巻き達は兵士に降格。もし離婚するのであれば奥さん側には退職金が補償として支払われるとご家族には説明が入った。師団を統括する騎士団長も監督不行き届きとして罰が検討されるらしい。
そして寝返り組も黙認していたとして半年の給料カット。これは伝えていなかったので裏切られたといいたげな目で王子を見ていたが、鋭く睨み返されて黙っていた。わたしとしてはこれでもぬるい、キリーがされていた拷問のような訓練をやり返してやりたいと訴えたが、「同じことをすれば裁く立場に立てなくなる」と王子に窘められた。無念。
その翌日である今日は、キリーにたっぷりの退職金という名の賠償金が支払われつつ、引退セレモニーも行われる手はずだったのだけれど、無事王子は遂行してくれたらしい。できれば見に行きたかったけど、もしキリーに見つかったらその場でつるし上げられそうだったので諦めた。なのにまさかその足で会いに来てくれるとは思わなかった。愛を感じる。
◇
とにかく王子の威を借りつつわたしが裏で動いたのは事実だ。王族として本来果たすべき義務だとのことで、王子からは感謝の言葉を述べられたけれどその表情はまったく有難いと思ってなさそうだった。表舞台に立ちたくないわたしはすべて素性を隠して場に参加していたけれど、王子はそんなわけにもいかない。一師団がまとめて処分を受けるのは異例のことであり、国王の御名のもとに王子が裁きを下したというのはその王子の功績にもなる。これまで問題行動こそあれど功績なんてほとんど上げたことがない第六王子はそんなに目立たない存在だったのに、これで王位継承争いに躍り出てしまうのかもしれない。まぁ、あと一週間で貴族じゃなくなるわたしには関係のない話だ。あ、そういえば王子に家出のこと話してないや。まあいいか。
「さて次は……」
「職人街に行くのか?」
「……ついてくるの?キリー」
「職人街は粗暴な連中も少なくない。護衛も無しに行くなんてどういうつもりだ」
「いっつも護衛なしでうろついてるけど、何にもないよ」
「そうだった。貴族令嬢に見られないんだったな、お前は……」
キリーは呆れたように肩をすくめつつも、わたしの後ろから離れるつもりはないようだった。いきなり引退させられるわ、家族の情報をよこされるわで、気持ちが落ち着かないのかもしれない。だとすれば両方わたしの責任なので、気が済むまで連れ歩くことにした。
職人街は割とすぐ近くだ。貴族街と隣り合っていて、うちの屋敷は端っこの方なので職人街にとても近い。貴族街に近いところにある商店や工房は高級志向なんだけど、わたしが向かうのは中間あたりにある中流層向けの工房。木工製品を取り扱う工房に足を踏み入れた。目的はこの工房の一人娘だ。長くボリューミーな茶髪をポニーテールにした少女。木を彫って何か作っている彼女に、わたしは近づいた。
「久しぶり。ロリー」
「ローニーだっつってんダロ。何度言やぁわかんだヨ。クソガキが。こちとらオメェより五歳も年上だゾ」
十二歳前後の釣り目美少女にしか見えないけれど、彼女はドワーフと呼ばれる種族の特性上小さいだけで、立派な成人女性だ。まぁ、このロリ顔はドワーフの特性ではなく彼女の個性のようだけど。
「そんな年上のお姉さんに朗報です。ついに魔の森にいくことになりました」
「魔の森!?」
ローニーとともにキリーが叫んだ。
魔の森に行くという言葉で、他の職人たちもドン引きしたような目でこちらを見ている。魔の森とは、魔力が濃く立ち込め、強力なモンスターが跋扈する土地だ。あまりに危険すぎるせいでどの国も所有権を持ちたがらない無主地。貴重な植物やモンスターなんかが生息しているので価値がないわけではないんだけど、万が一そこを所有してしまえば、そこからモンスターがあふれたりして他国に害をなせば自国の責任となる。おかげで放置されているのだ。冒険者が力試しに入ったり、あふれてきたモンスターを最寄りの国の騎士が倒したする程度。そんな未開の森こそが魔の森だった。
「ま、待て。魔の森なのか!?あたしの家族がいるのは!」
「魔の森で二、三メートルの人影を見たっていう情報がね。スリムだったらしくて、オークとかではなさそうってことだから。まぁまだ可能性の話だけどね」
「なるほど……確かに魔の森ならトレーニングにはなるし、みんなもそこで腕を磨きつつ潜伏しているのも理解できる……」
ブツブツいうキリーの横でローニーは目を輝かせて大きなカバンに荷造りを始めていた。
「ヤッタ!ヤッタ!魔力たっぷりの木が扱える!」
「うんうん。めいっぱいその腕を振るってほしいな。でも出発はまだ先だからね」
そう告げると、ローニーは手にしていたハンマーをゴトリと落とした。自分の足の上に落ちたのに無反応だ。
「エッ……」
「よく考えて、ローニー。今ローニーが抱えてる仕事もあるでしょ?」
「そんなの、誰かに押し付ければ……」
この通り、ローニーは自分の欲求に正直だ。珍しい木材を扱いたい、もっと自分の限界にせまる作品を作りたい。そんな熱意が強すぎて、仕事に支障をきたしている。木工職人がやる必要のない木こりの仕事にも混じって、自分で自分好みの木を伐り出すところから始めたりする。本来の仕事そっちのけで。
そんなわけで、出会った時に引き抜きを考えていると口にしたところ、工房はさっさと引き取ってほしいとまで言い出したのだ。工房にいるからには仕事を回さないわけにもいかない。給料に見合うだけの働きをさせる必要があるからだ。しかしローニーは仕事への責任感に欠ける。追い出そうにも数年前に亡くなった工房長の一人娘なので、他の職人たちではその選択も難しいらしく、完全に持て余されていた。
「やることちゃんとしないなら連れて行かない」
「エッ」
「仕事をやりきるか引継ぎするか。仕事はちゃんとやって。でないと魔の森に連れて行っても頼んだことやってくれないのかなって思って連れて行く気失せる。やることやらない人はいらない。分かるよね?」
正直なところ、わたしはどうして工房の人達がローニーをうまく扱えないのかがわからない。ローニーはこんなに分かりやすく自分の弱みをさらしている。工房での仕事だって、ちゃんとやらないと道具を隠されるとか木に触らせてもらえないなんてことになれば仕事をすると思うのだ。まあ、そうなったらローニーは暴れるだろうから、それを取り押さえる武力は必要だけど……同じドワーフならできるはずだ。
「いやだ!行く!」
「分かってるよ。わたしもローニーと一緒に行きたい。だから、早く引継ぎか仕事を終わらせるかしちゃってほしいな」
「………わかったヨ」
目が燃えている。そう言うなりローニーは踵を返して元の仕事に戻った。その手の動きは目で追えないくらい早い。引継ぎをするより自分でやった方が早いと判断したようだ。うーん、これ一週間持つかなぁ。
何か対策を考えようかと思った矢先、さっきまで何かブツブツ言っていたキリーが、何かひらめいたように顔を上げた。
「よし、あたし先に魔の森に行ってくるな!」
言うと思った。でもそんなことされたらわたしが魔の森に行くときの護衛がいなくなる。もちろんキリーはそんなこと全く考えていない。自分が早く行きたいだけなのだ。
「ローニー、キリーがいなくなったら魔の森に行けない。止めて」
「任せロ」
魔の森に行けないというワードに素早く反応したローニーは、近くにあった大きな木槌を手にしてキリーへと向けて容赦なく振った。バックステップでそれを避けたキリーは驚いたようにローニーに視線を向ける。
「邪魔する気か!?」
「邪魔する気なのはそっちダロ」
まぁ二人でわちゃわちゃしているうちは問題ないだろう。キリーは売られた喧嘩を買わずにいられないのだから。その間に、わたしは工房の人と話をしようと思う。
「工房長ー。お久しぶりー」
「……ピトフィお嬢様よ。あれ止めてくんないかね」
「大丈夫だよ。ローニーは木材は大事にするから何か壊したりしないと思う」
「いや、あの女騎士の方がね」
「もし何か壊れたらローニーに修理させればいいよ。実は出発は一週間後のつもりだから、それまで予定を詰めといてほしいんだよね。なんなら他の人の仕事も、ローニーの分だって言ってまわしちゃえばいいよ。今のローニーなら真面目に迅速にやってくれるよ」
「おん……」
改めてローニーを連れて行っていいかと聞くと、「一日も早く」と返された。出発準備を急いだほうがいいだろうか。でも三人目の仲間がなぁ。たぶんこの二人と違って準備期間必要になるだろうからなぁ。
工房長との話がついたところで振り返ると、ローニーの木槌とキリーの剣がぶつかりあってこちらまで風圧が飛んできていた。なんで木槌が削れないのか不思議でならない。キリーの剣、なまくらなんだろうか。まあたぶんキリーは稽古をつけてるくらいのつもりでかなり手加減してると思うけど。本当、この世界の戦闘って漫画みたいでついていけないわ。前世の常識があるとこういう時厳しいよね。わたしがうまく剣を振れなかったのもそのせいだと思う。才能とかじゃなくて前世の記憶のせい。いや冗談抜きで。
「おーいキリー。わたしもう行くよー」
「なにっ!?ちょっと待て!どこに行くんだ」
「最後の旅の仲間に声かけに行くんだよ」
「最後……?ああ、もしかしてあのゲだかゴだか言うあの男か!」
「男?」
木槌をドシンと床に置いて、ローニーはこちらに歩いてきた。
「聞いてないゾ。男までついてくんのカ」
「一人だけね」
「人数の問題じゃないダロ。こんな女だらけの中に狼つっこんでどーすんだヨ!」
「大丈夫だよ、ヤツは我々四天王の中でも最弱だよ」
「シテンノーってなんだヨ?」
「気になるならローニーも見に来ればいいよ。後で仕事もするって約束できればだけど」
荒い鼻息のままローニーは頷いた。うん。このメンツで押しかけたら過去最高に嫌な顔をしてるとこ見れそうだな。わたしワクワクすっぞ。
二人を引き連れて向かったのは職人街を抜け、平民街に入ってしばらくしたところだ。外壁の近くには農地が広がっていて、そのエリアに近いところにある家はほぼ農家。わたしが会いに行く相手も例にもれず農家の息子だ。見慣れた家の前で足を止めた。古びた木製の家はあちこち穴が開いていてドアなんて今にも外れそうだ。そのドアをノックすることなく、その隣にあるうっすら開いた窓を覗き込めば床に座り込んで何か作業をしていた青年と目が合った。
「うげ」
黒髪黒目。どことなく薄い顔。この国では珍しくまるで日本人のような凡庸な顔立ちの彼こそが最後の仲間である。
「久しぶりだね、うげうげ」
「その呼び方ヤメロ」
「わたしの顔を見る度にうげうげ鳴くんだから仕方ないよね」
「嫌悪感を!示してんだよ!」
「そんなことより、決行の時だよ。近いうちに出発するから、準備しておいてね。それじゃ」
言うだけ言って踵を返そうとすると、何かをひっくり返したようなけたたましい音を立ててうげうげが家を飛び出し、追いかけてきた。さりげなく人気の少ない路地へと誘導する。
「ちょ、待て待て!行くな!何の話だよ!?」
「何って、だいぶ前にした約束だけど忘れちゃった?」
それは四年くらい前のことだ。当時十二歳だったわたしは、父の仕事にくっついて農地を見に行っていた。その時、私より少しだけ年上に見える少年がクワを振りながら何かブツブツ呟いている姿を見つけたのだ。
「くそっ……なんで農家の息子なんだ……しかも何の能力もねぇし!転生って、もっと劇的なもんじゃねぇのかよっ」
「たとえばー?」
「だからほら、スローライフしつつ、いざって時には超つよで、複数の女の子から言い寄られて、夜の相手に苦労するみたいな!」
「マジでハーレム願望持ってる男子っているんだ。うける」
そこでようやく彼はわたしの存在に気付いたようで、錆びたロボットみたいな動きでこちらを振り返った。だからわたしは言ったのだ。
「一緒に美少女ハーレムスローライフやろうぜ!」
懐かしいね。青春の一ページってこういうことを言うんだと思う。
「待て待て待て!あんなカオスな出会いのどこに約束があったんだよ!」
「うげうげ嫌だって言わなかったじゃん」
「絶句してたんだよ!」
「ダメだよ、ちゃんと拒絶を示さないと付け込まれちゃうよ」
「お前が言うんじゃねぇ」
「いいじゃん。うげうげだって今の生活は嫌なんでしょ?農家の三男坊なんてこのまま長男と次男の奴隷みたいな生活が続いちゃうわけじゃない」
「うっ……」
この通り、うげうげはわたしと同じ転生者だ。わたしは仲間を見つけてとても嬉しかったのに、うげうげはあまりわたしと会えたことが嬉しくなさそうだ。あの日スローライフを望んでいたっぽかったので「どうぞご一緒に」と誘っているのに、全く色よい返事をもらえない。
「それにハーレム展開ご希望だったんでしょ?見てよこの美少女と美女そろい踏み」
にっこり微笑むわたし、そして仏頂面で見下ろすキリーと睨んでいるローニーを目でなぞり、うげうげは頭を抱えた。
「こんなハーレムいらねぇよ!」
「なんだコイツ、ぶっとばすゾ。こっちもオメェなんかゴメンなんだヨ」
ロリ顔がロリ声で辛辣な返しをすると、ほらぁ、とばかりに涙目のうげうげがこちらを睨んでくる。ロリに負けてんじゃないよ。先に喧嘩売ったのはうげうげなんだから頑張れよ。
「ゲロゲロは乗り気じゃないみたいだぞ、ピトフィ」
「お前がまともに名前呼ばねーからこの女騎士も一向にオレの名前覚えないじゃねーか!」
「うげうげも覚えてないじゃん」
「覚えてるわ!キリーだろ!」
「わたしは?」
うげうげの動きが止まった。
「……ポ」
「ピ」
「ピラ」
「ピト」
「ピトフ」
「ピトフィ」
「ピトフィ」
「全然覚えてないじゃん」
うげうげは視線をそらした。
「とにかくさ。魔の森でスローライフなんて最高にラノベっぽいでしょ?たぎるでしょ?」
「どこぞの貴族の娘に拉致られてスローライフなんて俺の望んでるラノベじゃない」
「どっかで妥協しないと夢は夢のままだよ」
うげうげの首に腕を回し、ぐっと顔を近づけた。
「ちょっ……」
「ねぇうげうげ。キャスリンちゃんは元気?」
そう尋ねると、暴れようとしていたうげうげがおとなしくなった。
「うげうげももう十八歳でしょ?そろそろ結婚する年齢でしょ?キャスリンちゃんもわたしと同じで今年十六歳だっけ。彼女が十六歳になったら結婚とか、話まとまりつつあるんじゃないの?」
キャスリンちゃんは近所に住んでいる女の子だ。とても明るいお嬢さんで力持ち。ただしうげうげは昔いじめられていたらしい。力で敵わず、周囲に訴えようにも味方を作る力でも負けていたらしい。一度その図をみかけたことがあるけれど、他の人にはしず〇ちゃん、うげうげにだけジャイ〇ンって感じだった。第三者視点で見ていれば、たぶん好意の裏返しだとわかるんだけど、うげうげにとってはトラウマらしい。ガタガタ震えている。
「この世界って大変だよねぇ。おうちの事情での結婚っていうのが貴族だけじゃないんだもん。家の経済状況が均衡してるとか、家同士の仲が悪くないとか、年齢とか。いろんな事情が絡んだ結果、消去法的に結婚相手決められちゃったりするもんね。平民でも。そっかぁ。うげうげはわたし達と一緒に行くよりキャスリンちゃんのお婿さんになりたいのかぁ」
ん?と首を傾げてやると、うげうげは二十秒くらい唸ったあと項垂れて、か細い声を出した。
「魔の森とか……本当に人間が暮らせんのかよ」
「やってみないとわかんないね。でもほら、みんなで行けば怖くないって」
「……とりあえず、行くだけ行く」
「よしきた」
うげうげに回していた腕を解いてガッツポーズ。うげうげは大きくため息をついた。
「あーーーもーーー。ジャイ〇ンか悪魔かの二択ってヤベェよーーー」
「誰が悪魔だ」
失礼な。
「ところでローニー、これでもまだ男がついてくるの心配かな?」
「もういいヨ。とりあえず男っても無害ソーなのはわかった。よろしくな、ゴンゴン」
「ほらもー!タンスに入れる感じになってんだよ!お前のせいだよもー!」
気にすんなよ、モーモー。
「さ、これで仲間は集まったね」
そして魔の森にとある集落でき、そこに立ち寄った者はみな帰って来なくなるという噂が立つのはまだまだ先の話だ。
<おまけ。第六王子との出会い>
初めて参加した夜会での出来事。貴族式の交流が面倒くさくてバルコニーに逃げていたら、そこに声をかけてきたのが第六王子だった。
「あなたが王子様、ねぇ?」
「王子殿下に何か?ご令嬢」
困ったように微笑む王子様と、その隣に控える少し目つきの悪い侍従。王子はどこか狼狽えているようで、侍従の方が妙に自信家に見えた。
「ねぇ、本当の王子様こっちであなたは入れ替わってるだけだったりしない?」
そう問いかけると、侍従は目を丸くしてあっさり認めた。
「なぜわかった……?」
「いや、よくあるやつだし」
「よくある!?俺は聞いたことが……まさか、兄上達の誰かがこんなことを?」
「いや、それは知らんけど。わたし前世の記憶があるんだけど、そこでは王族と従者の入れ替わりの話はよくあった」
「!?前世……いや、お前の前世の国がどこか知らんが、そんなことがよくあるなんてどんな王室だ」
「いや、わたしの前世の国に王室なんてないけど」
「ますますどういうことだ!?」
めちゃくちゃ長編になりそうな話を練っている中で飽きてきたので突発的に書きたくなったものをバーッと書きました。第一話感がありますが、今のところ続きの予定はありません。