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名前

 どうして名乗るのが「今」なのよ。不意打ちすぎて、卑怯だわ。

 そうは思ったが、突然すぎてすぐには何も言えないマーメイル。

 最初は特に他意もなく、ただ彼の名前を知りたかっただけ。名前で呼び合う方が会話もスムーズになるのに、教えてくれないことにいらっとした。

 でも、今は「ピースケ」が定着しつつある。だから、マーメイルはもう気にしていなかったのに。実はピースケの……ドレイクの方が気にしていたのだろうか。

「……お前、何かいい匂いがする」

 不意打ちの次は突然の話題転換に、マーメイルはさらに戸惑った。何か企んでいるのでは、と妙に勘ぐってしまうではないか。

「え? そ、そう? 甘い匂いがする植物は持ってないはずだけど」

 袋に入れた植物は、マーメイルがいつも採取しているものと変わらない。珍しい種類を少し見付けたが特に強い匂いはなく、それ以外で特に変わった物を摘んだ覚えはなかった。

 まして、花でもないのに甘い匂いがする草があれば、ちゃんと覚えているはずだ。

「この姿だと、いつも以上に鼻が利くようだ。これが何の匂いか知らないが……悪くない」

「何の匂いかしら」

 不思議に思いながら歩いていると、これまでより明るい場所に出た。少し木がまばらに生えているので、枝葉に邪魔されることなく光が地上へ届く。

 今は、月の光が差し込んでいた。

「わ、森で歩き回っているうちにこんな時間になっていたのね。全然気付かなかった」

 歩いたり走ったり、色々な種族と対峙したり。あれこれありすぎで、時間の感覚なんてわからなかった。

 闇でも目が利くと、こういう時に予想以上の時間経過に驚くのだ。

 ふと見ると、ドレイクは眠っていた。もしかすると、気を失った状態かも知れない。

 さっきの突然すぎる名乗りや話題転換も、痛みで意識がおかしくなっていた、と思えば納得できる。

 そんな状態なら、うそや冗談で「ドレイク」という名前は出ないだろう。本当の名前だと思われる。

 この辺りなら、休んでもよさそうね。ピースケをあまり揺らし続けるのもよくないだろうし、あたしも走りすぎて疲れちゃった。

 いくらこの辺りが明るいと言っても、寄って来ないのは恐らく光嫌いの小鬼くらい。

 これまでに遭ったキツネやトカゲみたいな種族が出て来ないとも限らないので、マーメイルは自分達の周囲に結界もどきを張った。多少は自分を守れるであろう壁だ。

 これくらいはできるようになりなさい、と三番目の姉に言われて練習したのである。出来映えについての自信は全くないが、何もしないよりはいい、と思うことにした。

「あ、あれって……」

 とあるの木の根元に、こそっと生えているキノコを見付けた。

 黒い笠に血のしずくがかかったような模様のキノコで、悪魔ダケと呼ばれるものだ。なかなか見付からないキノコで、マーメイルも干しキノコになった状態でしか知らない。もちろん、生えているのを見るのは初めてだ。

 名前とその模様から連想しやすい、見事な毒キノコである。

 だが、魔女の手にかかれば、毒キノコだろうが何だろうが関係ない。調合によって、良薬毒薬に変身させられる。

 今なら、ピースケ……じゃない、ドレイクの薬にできるはずよね。自分は悪魔だって言ってたし、なおさら悪魔ダケの効果を期待できるわ。

 ドレイクを地面に降ろすのも気が引け、抱きかかえたままでマーメイルはキノコを採取した。

 それを持って月明かりが当たる木の根元に、マーメイルは静かに腰を下ろす。ドレイクはひざに乗せた。

 たすきがけにしていた袋を降ろし、中から薬にするための植物を取り出す。今手に入れたキノコも一緒に混ぜると、魔力ですりつぶした。

 新しいハギレにそのペーストを伸ばすと、ドレイクの肩にあった古い布を取る。

 わ、あの傷がふさがりかけてる。本当に自分で治せるんだわ。

 さっき見た時より、明らかに今は傷が小さくなっていた。

 ピースケの傷は深かったようだが、マーメイルは医者ではないのでその点については何とも言えない。しかし、傷全体の大きさがさっきと違う、ということくらいはわかる。

「ピ……じゃない、ドレイク、薬を替えるからね」

 眠るドレイクから返事はないが、構わずにマーメイルは新しい薬を傷口に乗せた。わずかに小さな身体が震えたが、ドレイクの意識が戻ることはない。

 彼の魔力とこの薬の相乗効果で、傷が完全にふさがるのも時間の問題。

 そう考えると、マーメイルは少し安心した。

 ほっとすると、さっき聞いた名前のことが頭に浮かんでくる。

 ドレイク、か。この名前、貴族でよく使われるわよね。それくらい、あたしだって知ってるもん。家を継がせるつもりの長男につける、とか何とか。

 ってことは、きっといい家の坊ちゃんなんだろうなあ。だから、さっき偉そうに「俺に命令するな」なんて言ったりしたのよ。坊ちゃんなら、下々から命令されることなんてないもんね。横柄な態度も納得だわ。

 ドレイクの態度には納得したが、状況に改めて疑問が出る。

 そんな坊ちゃんが、どうして呪いをかけられたりするのだろう。ありがちな理由としては、家同志の争いに巻き込まれてうんぬん、といったところか。

 家同志でなくても「身分が高い」というだけで、いろいろな所から何かしらの嫌がらせを受けたりする、という話はマーメイルも聞いたことがある。

 魔女が複数集まると、そういったスキャンダル話に花が咲いたりするのだ。きっと、その手の話だろう。

 だとすれば、呪いがわざと中途半端なのは、ドレイクの親だかを脅迫するため、ということもありえそうだ。彼が切り札で、それを生かさず殺さずの状態にしようとしている、などなど。

 ドレイクが名前や他のことを言おうとしなかったのは、あたしが呪いをかけた相手側の仲間、と思ったのかもね。初対面の奴を信用できるか、みたいな。だけど、一緒にいるうちに違うらしいとわかって、でも完全にはまだ信じ切れないから少しずつ自分のことを話してる……って感じかしら。うちのお気楽両親とは違って、偉い方達は大変よね。

 どういう事情にしろ、呪いをかけられる、という状態はかわいそうだ。マーメイルは呪いをかけたことはないが、その状態が誰にとっても気分のいいものではない、というくらいは想像できる。

 ドレイクの呪いは、目の前でかけられた、と言っていた。その場がどんな状況だったにしろ、悪趣味この上ない。

 最初は、助けてもらったからちょっと手伝ってあげよう、という気持ちだった。こうなったら、絶対見付かるまでがんばらないと、という強い思いがマーメイルの中に生まれる。

 相手がどんな種族であれ、ドレイクが追うブローチさえ見付かれば、状況は逆転できるはずだ。

 マーメイルは傷をさけ、ドレイクの身体をそっとなでた。薬が効いているのか、自分の魔力でかなり回復したのか、落ち着いた様子でドレイクは眠っている。

 それを見ていると、とてもかわいい、と思えてきた。小憎たらしいことはさんざん言われたが、この寝顔でちゃらになる気がする。

 声の感じだと、本性は青年ぽいが、少なくとも今は小さくてかわいい子犬だ。

「傷が治ったら、出発しようね……」

 そう言いながら、マーメイルの頭はこくりこくりと揺れ始めた。

☆☆☆

 ドレイクが目を覚ましたのは、月明かりが消えてどんよりした空が広がる時間になってからだ。

 最初は自分がどこにいるのかわからず、すぐに思い出せない。ただ、寝台がいつもとは全く異なる柔らかさなのはわかった。

 それから、つい最近の記憶にある匂いが鼻をくすぐる。身体の中が熱くなるような、それでいてほっとするような匂い。この匂いのものをそばに置きたい、という強い欲が生まれる。

 これを自分のものにしたい、という欲が。

 少し顔を上げると、木にもたれた少女の寝顔があった。その顔を見て、全てを思い出す。

 ああ、そうか。そうだったな。

 ドレイクは、左肩をそっと動かしてみる。痛みは走らない。念のため、右の肩も動かしてみた。何の違和感もない。どうやらしっかり回復したようだ。

「何だ、これ?」

 沼地の蛙が出した泡の膜より薄い結界を見て、つい笑いがこみ上げる。

 本当に「とりあえず出した」って感じだな。少しつついただけで消えるぞ、これ。この結界を見なくてもわかるが、本当に魔力が低いんだな。

 マーメイルが聞いたら怒りそうなことを、ドレイクはこそっと考える。

「おい」

 ドレイクは鼻面で、マーメイルの鼻を押す。キスするような起こし方に気付くことなく、その刺激で魔女は目を覚ました。

「ん……ピースケ?」

 座った状態で寝ていたのに、しっかり熟睡していたようだ。なかなかに図太い、と自分でも思うマーメイル。

 ドレイクの顔を見て、彼の具合を思い出した。

「あ、傷は? 薬を替えた時は、半分くらいふさがってるように見えたけど」

「痛みはない。もう完全にふさがってるはずだ」

 マーメイルは、ドレイクの傷口に当てていた布を取った。薬草のペーストで毛が汚れていたが、そこに傷らしいものはどこにもない。

「本当だわ。ちゃんとふさがってる。薬草の汚れがなかったら、どこが傷口かわからないわ」

「治ると言っただろう。少し時間がかかったが」

「あら、あたしの薬がよかったからよ」

「……まぁ、そういうことにしておいてやろうか」

 言いながら、ドレイクはマーメイルのひざから降りた。

「余計な時間を使ってしまったな。出発するか」

 小鬼の襲撃がなければ、今頃もっと先へ行けたはず。ロスした分をさっさと取り戻さなければ。

「糸はどっちに向かっている?」

「えーと……あれ、なくなってる」

「何ぃっ?」

 マーメイルに糸を長時間持続させるだけの魔力がないため、もしくは眠っていたせいで、術が切れてしまったらしい。

「だ、大丈夫よ。もう一度かければいいだけなんだから」

「……で、また俺の毛を抜くのか」

 ドレイクがものすごく嫌そうな顔をする。最初の問答無用なマーメイルの行為が、頭に浮かんだのだろう。

「あ、そうだ。これが使えるかも」

 マーメイルが手にしたのは、ドレイクの傷に当てていた布だ。

 薬草のペーストは、水分が飛んですっかりカピカピになっている。その布には薬草の緑の他に、ドレイクの血の赤も付いていた。

「この血を使えば、今までよりもっとしっかりした糸が出せるわ」

「俺の一部には違いないからか」

「うん。誰のものでも、血って強い影響力を持ってるもんね。これはもう乾いてるけど、できると思うわ。やってみるね」

 マーメイルは呪文を唱える。

「え……ええっ?」

 マーメイルが、あっけにとられた表情を浮かべる。

 これまでと同じように、銀色に輝く糸が術者であるマーメイルの胸元からある方向へと伸びた。ただ一点、これまでと全く違うところがあったのだ。

「もうわかってたつもりだけど、ピースケって本当に魔力が強いのね」

「どういうことだ?」

 マーメイルが目を丸くしながら、ドレイクに説明する。

「糸じゃないわ、これ。普通は細い糸が出るくらいだけど、ピースケのは紐レベルだったの。それでもすごいんだけど。今出てるのは……もう棒ね。あたしの腕くらいの太い棒が伸びてるの」

 媒体提供者の魔力の高さによって、糸の太さは変わる。ドレイクの血を使った結果、見たこともないような太い糸になったのだ。マーメイルが言うように、棒と呼ぶ方が近い。

 しかも、今は力を抑えられている状態なのに。

「では、見落としようもないな」

「これが見えなかったら、魔女失格よ」

 物質として存在していないので触れないが、これだけ太ければ掴めそうな気がした。

「一度見てみたいものだな。もうこの血はいらないんだろう?」

「ええ。これなら当分消えることはないと思うし」

 マーメイルがそう言うと、ドレイクは自分の血が付いた布を一睨みで燃やした。マーメイルが眠る前に取り替えた布も一緒に。

「俺の血を他のことに利用されると、色々困るからな」

 マーメイルではなく、他の誰かが利用したら、ということだろう。確かに乾いた血を使ってこんなに効果があるのなら、術によってはとんでもない効果をもたらしかねない。

 いくら血が術に有益な効果をもたらすと言っても、これだとへたすれば爆発するんじゃないかとさえ思える。

「どうせまた、変な奴らがいる場所を通るんだろ。隠れる時は、周囲に気を付けろよ」

「う、うん、わかった」

 マーメイルも、あんなことは二度とごめんだ。もう襲われるのは勘弁してほしい。

 糸も無事に出たので、魔女と子犬は糸が伸びる方へと再び歩き出した。

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