失せ物探し
ピースケは怒っていた。
子犬の顔だが、不機嫌な表情がもろ出ている。
「もう……小さいことは気にしないの」
「何が小さいことだ。いきなり毛を抜く奴があるかっ」
「仕方ないでしょ。この術には持ち主の一部がある方が、ずっとうまくいくんだもん。それに、毛をもらうねって、ちゃんと言ったじゃない」
「言っただけだろ。俺が承諾する前に抜くなっ。それと、そういう説明は先にしろ」
「はいはい。じゃあ、術を始めるから、静かにしてねー」
「この……」
マーメイルに協力を求めたことを、早くも後悔するピースケだった。
失せ物探しの術は、なくした物品と術者とを呪文によって糸でつなぐ。その糸は術者にしか見えず、失せ物の持ち主になって日が浅かったり、ある場所が遠くだと糸が細くなる。
もっとも、その糸の太さは術者の力量や持ち主の魔力によっても変化するのだ。マーメイルはそんなに強い魔力を持っていないので、距離うんぬんより最初から細くなる可能性が高い。
ちなみに、その糸を作り出すためには、持ち主の一部が必要となる。最悪、何もなくても術は行えるが、糸が弱くなり、術者の力量によっては簡単に切れてしまうのだ。
そのため、一般的に使われるのが持ち主の髪。なければ皮膚の一部や角、鱗など。血が一番強く太い糸を出せるが、それは余程急ぎか大切な物の時しか使わない。血を要求すると、依頼主が渋い顔をするからだ。
そういう事情で、マーメイルはピースケの背中から毛を抜いた。
だが、もらうと言われて「え?」と聞き返したピースケから、マーメイルは問答無用で抜いた。切ったのではなく、抜いたのだ。
そのせいで、ピースケはご機嫌斜めなのである。
「元に戻った時にハゲる程、大量に抜いてないでしょ。たかだか数本じゃない。これくらいで文句言わないの」
ピースケの抗議を無視して、マーメイルは術を行う。
呪文を唱えるとピースケから抜いた数本の黒い毛が宙に浮き、それらは一本につながって糸になった。黒色が抜け、やがて銀になる。
糸と言っても、物質として存在している訳ではない。全ての物を通り抜ける、魔力が視覚化されて線になったものだ。
「え……」
銀色に輝く糸は、マーメイルの親指の爪程に幅がある。糸と言うより、これだと紐だ。
「こんな太い糸、初めて。ピースケ、あんたって正体は何なの?」
自分の力が強いためにこうなった、とは楽天家のマーメイルだって思わない。この術は数回くらいしか行ったことがないが、出る糸はいつも「糸」と呼ぶにふさわしい細さだったのだ。
今日になっていきなり魔力が上がったはずはないから素材が、つまり毛の持ち主である「ピースケの魔力が相当に強い」という証になる。
「……」
ピースケは目をそらし、答えようとしない。
名前も言わないのに、種族を答えるはずないか。これだけ太い糸を出せるような魔力を持つってことは、かなり高等種族よね。だとしたら……そりゃ、子犬にされたらプライドも傷付くってものだわ。
この糸は、魔女にしか見えない。つまり、失せ物がある場所まで、マーメイルも同行することになる。失せ物の所へたどり着き「ピースケの魔力を封じてある」という装飾品の呪いを解けば、彼は本来の姿に戻るはずだ。
今は答えを得られなくても、しばらく待てば自動的に彼がどういう種族か知ることができる。
元に戻る直前、姿を消す……ということはないだろう。根拠は何もないが、ピースケは義理を通すタイプに思えたのだ。
マーメイルは、無理に正体を問いただすのはやめた。
「じゃあ、行きましょうか。こっちよ、ピースケ」
「本当に見えているのか?」
糸は術者であるマーメイルの胸元から、切れることなく失せ物までつながっている。だが、ピースケの正体が何であれ、彼にはどうがんばってもその糸は見えない。こっちだと言われても、彼にはわからないのだ。
自分にはわからないのだから、懐疑的な目になるのは仕方がない。マーメイルがだましている訳ではない、と言っても、証拠を提示できなければ納得はさせられないだろう。
「ええ、あんたの強い魔力のおかげで、これ以上にないくらいはっきり見えてるわ。見落とす方が難しいくらい。ほら、早く来ないと置いて行くわよ」
さっさと歩き出すマーメイルの後を、ピースケが慌てて追う。
「言っておくが、その装飾品を先に奪って俺をゆすろうとしても無駄だからな」
マーメイルは思わず、くすっと笑った。
「ピースケって、変な心配するのね。誰かをゆすったって、ろくなことにはならないわ。返り討ちに遭うのがオチよ」
別にマーメイルが正直者である、とか何とか、そういう訳ではない。
マーメイルは自分がそんなに頭がいいとは思っていないし、魔力も低い。ずる賢くもなれないので、余計なことはするまい、という安全第一主義なだけなのだ。
「ところで、その装飾品って何なの? 指輪? ペンダント?」
「……ブローチだ」
「どんな感じの?」
「そこまで聞く必要があるのか?」
「糸の行き着く先にブローチが見えれば、すぐに教えてあげられるでしょ。あたしの方が視線は高いんだし。糸が間違うはずはないと思うけど、説明で聞いた形と同じ物があるってわかれば、そう言ってあげられるわ」
糸が見えないピースケも、ブローチそのものに近付けば気配でわかる。教えてもらう必要はないのだが……その辺りの細かい部分は気にしていないマーメイルである。
「大きさは、お前の手の平の半分くらいだ。全体の色は金。ほぼ円形で、中央に小粒のルビーが付いている。そのルビーを中心にして、翼のレリーフがデザインされたものだ」
知られても特に問題はないのか、ピースケはブローチの説明をする。
「ルビーなんて付いてるの? 宝石好きのゴブリンなんかが見付けたら、取って行かないかしら」
この世界には、宝石が大好きな種族と興味がない種族がいる。宝石好きがどこかへ持って行けば、この糸が伸びる方向もその都度変わってくることになるのだ。
「たぶん、近くにいるだけでも、まともじゃいられなくなる。己の容量より強い魔力は、毒になるだけだからな」
ブローチからは、封じられたピースケの魔力がもれているらしい。力の弱い者にとって、その魔力は毒にも等しくなる場合があるのだ。精神がおかしくなったり、身体が魔力に耐えられずに壊れたり、命にかかわる。
「ピースケって、本当に強いのね。とてもそんなふうには見えないけど」
「この姿に惑わされているからだ。ってか、お前の中でピースケってのは定着か」
「だって、ピースケが自分の名前を言わないからじゃない。名乗ってくれれば、あたしだってその名前で呼んであげるわ」
「……」
マーメイルがそう言っても、ぷいっと横を向くだけでピースケが名乗ることはなかった。
「お前、本当に魔女なのか?」
本日……もう何度目になるかわからない、ピースケの疑いの目。
「満月が出ても、狼にはならないわよーだ」
「俺がこれまでに会った魔女達は、みんな妖艶だったぞ。お前より子どもでも、色っぽい雰囲気を醸し出していたが……」
「どうせ、あたしは珍しいタイプの魔女でしょーよ」
ピースケにコンプレックスど真ん中を指摘され、マーメイルは頬をふくらます。こういう仕種一つ取っても、妖艶とは程遠い、と自分でもわかっているのだが、ついやってしまう。
ゆるやかなウエーブの黒髪は胸まであり、緑の瞳は大きい。髪や瞳の色については様々なので、いいとして。
身長は高くないが、低くもない。やや小柄といったところ。口は裂けることもなく、目鼻の位置は特別問題なし。
別にどこがどうというのでもなく、少なくとも正面のシルエットだけなら他の魔女と変わる部分などない……はずなのだが。
顔立ちがどうにも幼いせいか、どういう仕種やポーズを取っても、子どもが背伸びしているようにしか見てもらえないのだ。
「お姉ちゃんや妹は、あたしと違って魔女らしいけどね」
姉はともかく、なぜ妹の方が……と思うこともあるが、もう気にしないことにした。してもむなしいだけなので。
「魔女姉妹か。父親は?」
「ドラゴン」
父のラルバは、ドラゴン族。母は魔女のディーヌ。なれそめは聞いてないが、両親は子どもであるマーメイルから見ても嫌になるくらい、ラブラブである。
バカンスと称して、魔界だけでなくあちこちの世界へ年中飛び回り、帰って来ると弟や妹が増えるのだ。
ちなみに、魔女と婚姻関係を結ぶと、父親がどの種族であっても関係なく、女の子が生まれれば魔女になる。男の子が父親と同じ種族で生まれるのだ。
なので、マーメイルにはドラゴン族の兄弟と魔女の姉妹がいる。
「最初の子であるお姉ちゃんが生まれた時、両親はたまたま人間界にいたの。その国で使われている言葉の最初の文字を使おうってなって、アーメイル。その後も順番に名前が付けられて、あたしの名前は十三番目の文字からマーメイルになったの」
「マーメイドと何か関係があるのかと思ったが、違うのか。それにしても、ざっくりした名付け方だな。まぁ、何番目の子だとか、名付けに悩む時間が減るだろうが。それでも、最後の文字まで使ったらどうするつもりなんだ?」
「今は二十三番目まできてるわ。全部使い終わったら、別の国で使われてる五十音っていうのを使う予定だって。あたしはどういう文字か知らないけど」
「聞いておいて何だが、あとどれだけ子どもを作るつもりなんだ」
「さあ。何も考えてないと思う」
両親がどこまで大家族を作るつもりか、なんて知らない。子どもの立場としては、ご自由に、といったところだ。
兄弟姉妹はそれぞれ別々に暮らしているので、滅多に全員集合とはならない。だから、大家族のイメージがマーメイルの中にないのだろう。たまに術のことを相談しに、七番目の姉の所へ行く程度だ。
ちなみに、まだ幼い弟や妹は、面倒見のいい四番目の兄が世話をしている。そうして、それぞれが自立できるようになれば、そこを出て行くのだ。マーメイルもそうだった。
面倒見がよすぎる兄の家が保育所になってしまっているようで、将来がちょっと心配にならなくもない。
「俺は兄弟がいない。幼い頃から一緒にいる、悪友と呼ぶべき奴はいるが……」
「兄弟がいすぎるのも、何かと問題だと思うわ。うちの一族で世界を創る気か、なんて言いがかりをつけられたりしたら困るもん」
案外、両親はそのつもりでは……などと思ったりしたこともある。そうなっても、大した世界にはならない気もするが。
実際のところ、魔女がその気になったらどれだけの子どもを産めるのだろう。
「単なる子だくさんの奴に言いがかりをつける程、悪魔王の器は小さくないぞ」
庶民は自由に暮らしているが、マーメイル達が暮らすこの世界では悪魔が王の冠を戴いて統治している。よその世界では、別の種族が頂点に君臨しているらしい。
「そう願うわ。ピースケは悪魔王に会ったことある?」
「ああ、あるぞ」
もはや彼自身も「ピースケ」を受け入れている様子。普通に返事をしている。
「どんな方なの?」
「すぐに雷を落とす」
「雷? 雷神なの?」
「悪魔なんだから、雷神ではない」
「じゃあ、どういう……」
言いかけたマーメイルの腕に、何かくっついた。
「え……?」
見ると、粘着性の強い黄ばんだ糸のような物がくっついているのだ。
見回せば、周囲には同じ物が縦横に張り巡らされ……。
これって……。
「きゃああっ」