6話
魔族の王を自称する人物は人間だった。
もはや正確な情報が一つもなく、推測に推測を重ねるしかない現状。
国の権力を嫌った冒険者が国から出て行き、母数が減ってしまった。その中で秀でていた僕たちは、魔王を討伐するためのパーティとして選ばれた。
しかし、僕たちの実力は以前から間違いなく頭抜けていた。魔術(当時は異能)を使えるだけで、かなりのアドバンテージが存在した。
それを赤子扱いしてみせた老人の力は間違いなく魔王クラスである。勇者の実力を三年間見続けた僕が判断する。あれは、完成した勇者のカウンターだ。
魔王が現れたから勇者が召喚可能になったと言うべきか。
ごう、と横にいるユイの体が一際炎を猛らせる。まるで自身が見に纏う業火と同化するように、怒りに身を任せるように。
「…あなた、足元の土を巻き上げて起爆を誘発させましたね。しかも見せつけるように、足元に視線誘導までさせて。」
先ほどから感じていた怒りの矛先はそこか。
全てを破壊する一撃必殺。
ユイはこの技にかなりの信頼を置いており、改良に改良を重ねた研究成果を、初見で対策された上に小馬鹿にされたのだ。怒髪天をつく勢いなのも納得だろう。
「決めたわ。あなた、ぜったい泣かせる。色々と偉そうに上から目線でうざったいのよ!」
「私も悪癖だと自覚しているよ。」
自重気味に笑う魔王は再び右に構える。
体を開き、剣先を下に向ける独特な構え。隻腕ということも含め、特殊な戦闘スタイルかと思いきや圧倒的な速度と筋力を使った王道的な戦闘からは王者の貫禄を感じる。
焦げるような無音の後、最初の仕掛けはほぼ同時だった。
地面を揺らすほどの馬鹿力で魔王が踏み込む音と、拍手によって鳴る鈴のような音が重なる。
「黒闇天!」
運命を固定するとは、運命操作において初歩的な技である。現在の時間軸に存在する対象の情報を切り取り、指定した時間の同じ座標にトレースする。
僕たち人間には、対象が青白いドーム状のシールドに守られているように見えるが実際は違う。人間に可視化可能な色、事象がそれであるというだけだ。
また、この魔術の真髄は座標の固定・トレースにある。
「むっ?!」
魔王の体が、強制的に斬撃の体制で空中に止まる。体には薄く膜状の青白い物質が纏われており、自慢の筋肉を無理矢理動かそうとするも運命は動かない。
僕の限界は3秒。それまでに勝負を決する。
「行けっ!ユイ!」
目の前で彼女はターゲットをロックオンする体制。右手の人差し指と中指の二本を魔王に向け、左手は衝撃に備えるべく右手に添えて。
足元の芝生には幾何学模様の魔術式が浮かび上がる。普段は背中に流れる真紅の髪の毛は逆立ち、圧倒的な魔力によって組まれる術式は彼女を中心に熱を帯びた渦を巻き起がる。
「Red…Bright…Ravage…For You…」
一層強く吹き荒れた炎渦は次第に彼女の二本の指に収束していく。
赤黒く火花を散らす球状に組みあがった術式は、まさに破壊の権化であった。
「死ね、魔王!」
四単語に彩られた死が動けない魔王を襲う。
即座に魔王にかけた魔術を解き、自爆を防ぐために僕たちに二人の運命を固定する。
草原を焼け野原へと塗り替え、緑あふれる景色は一瞬にしてあらゆるすべてを黒に変えた。
四単語...今のユイが行使できる最大限の魔術。これこそ現在五代目であり、四百年を超える純潔の魔術家系が成し遂げられる至上の魔術。
しかし。
「強烈な魔術だ、実に埃被った血統を感じるよ…悪くない、魔術は代を重ねるごとに強くなる。より強靭に、より洗練される。」
子供に言い聞かせるように諭すような物言い。
剣先を僕たちの方向に向け、左から右へ、血を振り払う所作を取る。残心、それともルーティンワークというやつなのだろうか。その動作はやはりとても美しかった。
「そん、な…馬鹿な!私の術式ごと魔術を切り裂いたというの!?どんっな馬鹿げた体してんのよ!」
いつも上品なユイの言葉遣いが先ほどからかなり乱れている。
魔術師の家系を重ねた数だけの魔術にかけられるのは、膨大な魔力だけではない。それは、誇りをかけた一撃に他ならない。
「まだ惚けるな!あいつの初速は見てからじゃ間に合わない!」
ユイの前に立ち、一瞬目線を向けて喝を入れる。体は決して魔王から逸らさず、常に魔術の展開準備をしておく。
そして空間が揺れた。
パンッ。
「…そう。魔術の使えない、欠陥品の私に許された力はそれだけだった。」
「…ぁ」
なぜか目線の先には漆黒の軍服が見えた。
途端に飛び散るアカは昔見た絵の具に似ており、ビクンと一度痙攣する様は脳髄を砕かれた鹿のよう。
あまり表情を出さず、まだ幼い顔の残る吊り目が特徴的だった。だが、カイと話している時だけは年相応で、優しい瞳をしていた。
その顔が、上と下に分かれている。
綺麗に真っ二つに。
最期にユイと目が合う…目が合ってしまう。
目を見開き涙を溜め、声の出ない声で喉を震わせた。
もう永遠に鼓膜を震わせることのない声が、脳裏にこびりついて二度と忘れられない記憶となる。それは、目の前の少女が過去となってしまったことを、何よりも雄弁に語っていた。
『ま、か、せ、た』
そして____白目を向いた後、膝から崩れ落ちる。
パリン、と身に纏った青白い薄膜が割れた。
咄嗟に間に合った魔術は一人用でしかなく、呆気なくユイは命を散らした。
「ああ…ここにいま、私の美学は成された!」
最高の初速で、最速の一撃。これこそが、これこそが…右手に持った剣を地面に向け、太陽に向かって心底嬉しそうに笑う、笑う、笑う。
しかし僕にはもうその声は聞こえていなかった。なぜなら、代わりに三年間聴き慣れた音がしたから。
ギィ、ギィ、ギィ…
荷台を止める時に聞いた音に似ているが、荷台は動いていない。歯車を止める時のような…
または止まっていた歯車を、動かす音か。
「罪を数えてェ〜ヒトォツ、フタァツ。」
「…ハハハ、荷台の少女は極南の出身かな。2日は身動き取れない程度には痛めつけたハズだがね。」
ギィギィ、ギィ、ギィィィ…
少女は鬼の形相をしていた。
否、それは正しく鬼であった。
「鬼の血を引き〜生まれてヒトォツ、家族を裏切りフタァツ。」
その影は荷台の上に乗り、比類なき速度でその体を変形させていく。
置き換わっていく。歯車を回すほどに人の形を捨て、鬼へ体を置換する。
「仲間を見捨てて…ミィッツ!」
ギィィィィィィ!
皮膚は赤黒く変色し、筋肉が膨張する。
額には一本の外付け魔術臓器…ツノが生えており、血走った眼には魔王しか映っていない。
「鬼退治といこう、少女よ。今の私は絶好調だ!」
「あァそうかい…私は最悪の気分だよ!」
【魔術】その①
作中で何度か言及しているが、昔は異能と呼ばれており魔術とは戦後に「魔術の徒」の残党が冒険者を中心に広めた呼び方である。当時異能を使えない一般人は異能を神聖視していたが、魔術の徒が學問的視点を広めた。現在では人工的に魔術臓器を作る実験が専ら噂となっている。
次回は忘れてなかったら魔術臓器の設定書きます。