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大阪を歩く犬4  作者: ぽちでわん
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和泉国分寺と県犬養

国分寺を案内する看板で右折すると、国分寺はすぐ近く見えていた。思いのほか小さなお寺だった。そんなに古くもない。

かつては大きな寺院だったのだって。北は千人風呂跡(黒石道バス停あたり)から南は宝塔跡(塔之原から地名がついたらしい殿原とのはらバス停あたり)まで、東は大門跡(槙尾川大門橋あたり)から西は羽床川まであたりが境内だったそうだ。

国に1つずつ国分寺と国分尼寺を置くと決められた頃、和泉国はまだ河内国から独立していなくて、河内国には柏原に国分寺がつくられた。その後に和泉国が分離独立して、新しく建てるのではなく、既にあったお寺(安楽寺)を平安時代になって国分寺に転化したらしい。国分尼寺はないままだったそうだ。

そして安楽寺が、光明子誕生の地と伝わるところだそうだ。正しくは安楽寺の奥の院の浄福寺かな。

鹿が生んだ光明子は美しい子で、藤原不比等が槇尾山(施福寺かな)に参った帰りに見出し、養女としたと言い伝えられているそうだ。光り輝く子だったので光明子。鹿はとある高僧の尿をなめて光明子を身ごもったそうな。

本当のところは、光明子は県犬飼三千代が不比等との間に生んだ安宿あすかべ媛。県犬飼三千代って、最初の夫の美努みぬ王(三野みの王)との間には橘諸兄(葛城王)を生んでいる人。

前に行った久米田池(岸和田市)の造成には橘諸兄の尽力があったと言うし、ここには光明子生誕の地という伝説があるし、このあたりは藤原氏というよりも、元は県犬飼氏に縁の深いところだったのかもしれないな、と思った。

岸和田(和泉郡八木郷だったところ)にある箕土路町はかつて犬飼村と呼ばれていたそうだ。

前にワタツミの娘のフルタマを祖とする八木氏の本拠地(夜疑神社や久米田池あたり)に行った時、箕土路ってところを通って、面白い地名だなあと思いながらも詳細はよく分からなかった。

旧名は「犬飼」らしく、「天の川」や「犬飼神社」もあったそうだ。もしかしたら箕土路が県犬飼氏の本拠地だったのか?とも言われているのだって。

各地に置かれた屯倉の番をする犬を飼う職能部民を犬飼(犬養)部といい、その統制役が犬飼氏。犬養部を置いたのは、安閑天皇だったのだとか。安曇犬飼さん他、いろいろいて、その中でも一番有力だったのが県犬飼さんと思われるそうだ。

七夕伝説の話に出てくる男の人は、「彦星」とか「牽牛」とか「犬飼」とか。同じく「天の川」のある交野の方では彦星はニギハヤヒ(交野の有力者だった肩野物部氏の祖)だってことになっていたそうだけれど、同じように箕土路では、有力者だった犬飼さんになっていたのかも?

県犬飼さんはカミムスビの子孫らしい。和泉の大物、大庭さん(カミムスビの子孫のアマツマラの子孫)と同じだな。

鳥取氏や倭文氏や御野(美努)氏の祖神で、和泉鳥取の波太神社に祀られる角凝命ツヌコリはカミムスビの子だそうだ。ツヌコリの息子にイサフタマがいて、その子孫が倭文神(タケハツチ)。倭文神はアマテラスの岩戸隠れで倭文(日本古来の織物)を織った人で、この人が倭文氏の祖となった。そして県犬養氏もまたこの人を祖とするのだって。

県犬養美千代さんはツヌコリの血を引く人というわけね。

日本でも犬は縄文時代から飼われていたそうだ。オオカミがいたのだもの、親とはぐれた赤ちゃんオオカミと一緒に育つ人間の子だっていただろうし、大きくなっても、その子孫たちも、人のそばで生きることを選ぶこともあっただろう。縄文時代には狩りにも重宝しただろうし、重宝するだけじゃない、夜でも、危険が迫っても、どこへでもお供をしようとする犬は、どんなにいいパートナーだったか犬として分かる。

そして水稲社会になると、力を持つ集落の倉庫なんかの番に重宝されるようになったのかな。やがて天皇直轄の屯倉が各地に置かれるようになると、犬飼部が設置されたのかな。


大寺院だった安楽寺だったけれど、1年にわたって南北朝の戦いの舞台になったりで、すっかり廃れてしまったそうだ。

今では峠の途中に小さく建つ寺は、裏は低地になっていて、見晴らしが良かった。

ここからは、国分寺の前の道を南下していった。古くて、田畑の多い田舎の顔をしながらも、ただものでない感があった。

ここから父鬼街道を国分峠まで行きたかったのだけれど、道に迷ってしまった。なんだろう、迷ったというより、簡単には行かせないよって力が働いているようで、早々と退散することにした。

とりあえずバス通りまで戻っていった。「光明皇后誕生地」とある石碑を過ぎ、殿原バス停にでた。

殿原バス停を北上し、国分寺の案内の看板も過ぎて、右手に橋が見えるところで、橋に向かって右折。

田舎にあって、この辻には商店が少々あったけれど、みんな藤原さんのお店だった。見えていた橋は豊橋なる橋で、ここを渡り、山道みたいなところを進んでいった。

「藤原豊太郎君碑」があった。

黒石町に入り、西福寺を過ぎた。このあたりもこわいくらい藤原さんばっかりだった。

「男縄池新設功績」の碑があり、道が3つに分かれていた。まっすぐ行くと大津街道で、三林の池田春日神社に行けるようだった。

右手に行くと黒石の中心地のようで、「鴨池ふれあい農園」が案内されていた。黒石はまた次回にして、ここはコミュニティバスのバス停のある左手へと進んでいった。

上に大きな橋がかかっていた。黒石大橋だった。

以前、松尾寺に行った帰りに橋の上を歩き、長い橋の下にあるのが川じゃなくて集落なのを見て驚いた。その橋の下にあった谷間の集落を歩いていた。

橋の上からは家々もいっぱい見えていたのだけれど、歩いてみると田畑ばかり。黒石大橋の橋脚は、田んぼや草ぼうぼうの空き地なんかの中にあった。上から見えていた家々は、藤原さん王国あたりだったのかな。

八王子橋なる橋を渡った。周りには竹林や小さな工場しかなかったけれど、凝った橋だったし、かつては八王子神社かなにかがあって、そこに至る参道にかかる橋だったのかな。

地名は平山町だった。「ちかん注意」とか「変質者注意」とか、注意を促すポスターがいっぱいだった。

このあたりは、納花町からはるか下に見えていた水田の南端のあたりだったのかな。

竹林などがあって、乾いた竹が風でザワザワ鳴り、かんこんと打ち鳴る音もして、別世界のようだった。

そして道は国道480号線に出て、少し北上すると南池田小学校の西側だった。

行きは南池田小学校の東側の道を南下していき、国分寺あたりでUターンして北上。南池田小学校の西側に戻ってきたわけだった。

「オヤジのたまご ループ」なるロールケーキ専門店があった。他にお店もないし、おかあさんが入って行った。窓越しに見ていたら、若いオヤジが二人いた。そして大阪市内ではありえないようなスローモーションがかかっているくらいの丁寧さで立ち働いていた。

大阪市って、客が多いだけになかなかに接客レベルが高くて、手際もシステムも頭の回転もいい。けれどここでは、手際の良さなんて求められていないのか、ひたすらゆっくり丁寧。おかあさんが少々いらいらしているのが分かったくらいだった。

そして味も田舎レベルかと思いきや、思いのほかレベルが高くてびっくり。いただいたのは、夏限定のアイスシューだったのだけれど。

スローは田舎だからこそなら、おいしさも田舎だからこそに思われた。望まれることをこなすのじゃなく、自分たちの心血注いでやってます、そんな感じがした。都会では洗練されて、レベルは高いことが多いけれど、ここまでの味は出せないかもしれない。

もう少し行くとお地蔵さんがいた。すぐのバス停を左折。石川メリヤスのところ。


ここを道なりに進んでいった。途中、金刀比羅神社があるはずだったので寄り道して探してみたのだけれど、たどり着けなかった。和泉黄金塚古墳と同じで、田んぼのあぜ道なんかで迷路になっていた。

気を取り直し、ナカオ金属工業を過ぎてすぐの辻を左折、すぐ右折と進むと左に池(今池)が現れた。ここをずっと行くと、途中から大通りに合流して、和泉中央駅に。

大通りは道幅は広いし、そんなにビルもないし、広々としていた。右手に黄色いゴリラの背中が見えた。どこかの商業施設の立体看板かな。

そして左手に弘法寺。少し坂を上った奥にあって、なんだか気になるお寺だったので、疲れていたけれど行ってみた。

駅近だというのに案外広いお寺だった。裏には裏山(おがみ山)もあって、八十八ヶ所参りができるようになっていた。裏山にも登って行ってみると、かなりの高台にあって、駅近とは思えない素敵なところだった。「石尾のお大師さん」とも呼ばれ、空海が開いたところらしい。

槇尾山に向かう途中、ここに道場を開いたのだって。そしてほどなくして伏屋長者の寄進で寺を建立。

伏屋長者って、江戸時代に伏屋新田(今の伏屋町)を開発したという「万町の庄屋、伏屋」関係かな。ここの地名が万町だった。伏屋とか、万町とか、古くからの地名や屋号が今も残っているのがすごいなあ。

あと少しで駅だった。


そして、この後、台風7号がやってきた。台風のあと、大雨が降り、特別警報がいくつも出されていた。次の日になっても特別警報は続いていて、一部地域ではたいへんなことになっていた。

そしてその後には容赦ない暑さがやってきた。アスファルトも空気も危険なくらいのあつさだった。散歩はしばらくおあずけだ。

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