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8  第三王子ルーファスの結婚 上

 王子の数は二人で丁度良いのだ。

 一人は王太子に、もう一人はその予備として、そしていずれは補佐として、もしくは王を諫める存在として機能すればよい。

 では三人目は? 

 王女ならば政略で他国や有力貴族へ嫁ぎ、子を産むことが求められよう。

 それが出来ない第三王子は中途半端だ。いてもいなくてもいいような。

 王家とは実に厄介だ。

 血統を残すことを殊更に求められ、生まれたら生まれたで持て余す。


 第三王子ルーファスは、そんな鬱憤を抱えつつも、日々職務を全うする真面目な男だ。

 魔法持ちは王族や貴族に多い。その中でもルーファスは国一番の魔法力を有する、氷魔法の使い手である。

 お陰で第一騎士団の団長として、国のために尽くすことが出来た。


 隣国との戦いの時も、どうせ散っても困らぬ命だと存分に暴れるつもりだった。

 なのに女房面でベッタリまとわりつく聖女が一人……。


「殿下、危のうございます」


「ここは戦場です。聖女殿も私に構う暇があったら、傷ついた兵士を一人でも多く癒して頂きたい」


「そんなぁ……御身にもしものことがあれば私は生きていけません。それに殿下の傷を癒すのが私のお役目だと伺っています。前線になど怖くてとても……」


 ポロポロ涙を流す聖女に、ルーファスは頭が痛くなった。

 頼むから邪魔はしないで欲しい。そう言いたいのをゴクリと飲み込んだ。

 侯爵家の令嬢なのだ。後々面倒くさい。適当にあしらう方が楽だとルーファスは割り切った。


 そんな時だ。ルーファスが平民の聖女リーシェを見たのは。

 彼らが北の辺境から急ぎ王都へ帰還する途中で行き会ったのだ。

 平民の聖女は憔悴しきった様子で、護衛騎士のラングレー公爵に支えられていた。休息のための場所と食事を提供しようと、その準備が整う間、リーシェは怪我人の多さを見かねて癒しの魔法を放っていた。

 一瞬で味方が回復してゆくその威力に、ルーファスは思わず目を見張った。また、自身もボロボロなはずなのに他人を思い遣る彼女の優しさに心惹かれた。

 泣いて腫れた目。それが愛しい人を亡くした直後であったことを、ルーファスは後から知った。


 当代聖女は七人。そのうち三人はまだ幼いため戦場に出せない。残る四人のうち二人は魔法力が弱く、一日四、五人の治癒が限界だった。

 もう一人は侯爵家の一人娘であったため身の安全に対する忖度が働き、後方支援になった。

 必然的にリーシェの負担が大きくなる。平民で使い勝手がよく、魔力量、魔法力共に歴代聖女の中でも最大級の力を持っていたからだ。


 ルーファスはリーシェに対して申し訳ない気持ちになった。自分が聖女の仕事をろくすっぽしないこの侯爵令嬢を御せなかったから、こんな時にも彼女に負担を背負わせている。

 それと同時に、この令嬢が自分の結婚相手の最有力候補であることがたまらなく嫌になった。今までの自分ならば、義務として受け入れていただろう。


「ならばリーシェと結婚すればよい。簡単な話だろう」


 事もなげに言うのは叔父の王弟である。彼は表向き国王の補佐に甘んじているが、その発言力はこの国の事実上のトップと言っても過言ではない。

 隣には愛人のマノン。その溺愛ぶりに彼を知る人物なら誰でも驚く。


「しかし、彼女はラングレー公のいい人なのでは?」


「気にするな。おまえが頑張ってモノにすればいいじゃないか、なあ?」


 そうやって無責任に発破をかける声色には、相手を本気にさせてしまう程度の説得力がある。同意を求められたマノンは微笑み、頷いた。


「リーシェは結婚せずに彼を後見人に据えました。つまり、それが答えです」


「彼らの結婚はないと?」


「王命でもない限りないでしょうね」


 彼女と旧知の仲であるマノンの自信満々な発言に、ルーファスは背中を押された。

 あれからリーシェは、聖女を引退する時の慣例である結婚をせず、ラングレー公爵を後見人に据えることでその代わりとしていた。

 前例がなく、王宮や教会ではすったもんだがあったが王弟が丸く収めた。

 その後、王弟のサロンで接待役として勤めることとなったので、ルーファスはリーシェと再会できたのだ。

 おそらく陰ながら協力してくれていたのだろうな、と思う。

 さりげなくリーシェを公爵邸から王弟所有のアパートメントへ移したことも、ラングレー公がなかなか家に帰れないほど忙しくなったのも。

 公爵は王弟に借りを作り過ぎたのだ。だから断れなかった。


 ラングレー公の目を盗むように、ルーファスはサロンに足しげく通い、リーシェと少しずつ仲を深めた。

 初めて二人でオペラを鑑賞した時は胸が高鳴り、王立の植物園では彼女の手に触れた。拒まれなかった。手を繋いで香しい花々を見て回った。

 リーシェは魔法の話を好み、聞きたがった。魔法はルーファスの得意分野だ。

 だが彼女との距離が縮まっても、あの侯爵令嬢が第一候補であることとリーシェがラングレー公のいい人であることに変わりはない。


 ルーファスが焦っていた頃、転機がやって来た。

 ラングレー公の一人息子デイヴィットが廃嫡になったのだ。跡目が空席になり、王弟の後押しもあってその席にルーファスが座ることになった。

 この国では公爵家の数は四つと決められている。無闇に増やすことが出来ないからこそ、一人娘の侯爵令嬢が候補に挙がっていたのだし、いずれ臣に下らねばならない第三王子にとって、婿入りして侯爵を名乗るのが最善だと思われていた。

 しかし、公爵を継げるのであれば願ってもない話だ。これで侯爵令嬢が候補から外れることにもなる。

 ルーファスは喜んだ。だが、すべては王弟の掌の上であることに警戒し始めた。公爵同様、自分も王弟に借りを作りすぎている、と。


「なに、すべてはマノンの望みだよ、マノンのね」


 ルーファスの心を見透かしたように王弟は暴露する。隣に座るマノンの視線を移すと、悪戯がバレた子供のような顔をして肩をすくめている。


「だってラングレー公爵はよくないわ。()()()は北の村を発つとき、リーシェに別れの挨拶すらさせなかったんだもの。しかもその息子が軍規違反を犯したせいで、あの子が心に傷を負ったのよ」


「と、こう申すのだよ。あれは弟のようなものだから、心苦しいのだがな」


「あんなオジサンより、ルーファス殿下の方がずっとリーシェとお似合いだわ」


 マノンがつんと顔を上げるのを見て王弟は相好を崩した。

 こんな風に一人の女にのめり込む男ではなかったはずだとルーファスは記憶をたどる。

 まさか魅了魔法か、と疑うも、過去に精神系の魔法保持者はほとんど存在していない。それにあれは魔力消費が激しく、魅了状態を継続することが難しいのだ。彼が操られている可能性は低い。

 それよりもルーファスは、リーシェの相手としてマノンに認められたことが嬉しかった。


「そういう訳だ。あれも馬鹿じゃないから、薄々気がついているよ。自分が彼女に選ばれなかったとね。()()()()の矜持として、引き際くらいは心得ているだろう」


「彼女は恋人を亡くしたと聞いています。結婚を了承するでしょうか」


 ルーファスははっきり言って自信がなかった。嫌われてはいないだろうが、結婚するほど好かれているかと言えば、どうも違う気がする。


「大丈夫ですよ。あの子には殿下が必要です。それに――……が、魅力的だから」


 会話の一部が曖昧なのは、マノンが差し出したネックレスに気を取られていたからだ。白いムーンストーンのネックレス。小さな宝石は、時々、照明の光に反射して青く煌めいている。


「これは?」


「リーシェが一番喜ぶ物です。身一つで王都に連れて来られたから、故郷の思い出は、もうこれしか残っていません。先日、北の砦にあったのを一人の騎士が届けてくださいました。公爵は本当に狭量な男です。彼ならばこれを取り寄せることくらい、いつだってできたはずなのに、思い出の品を持つことさえ許さないんだから」


 あなたから渡してあげて欲しい、とマノンは言い、ルーファスは受け取った。


 自分の部屋の机に座って、まじまじとムーンストーンのネックレスを眺める。

 第三王子からするとなんてことはない、しかし平民が買うには奮発したとわかる品である。

 金のチェーンは長い間手入れがされていないようだが、キラキラと輝いている。

 故郷の思い出の品。恋人の形見の品なのだ。

 ルーファスにはラングレー公がこれを取り寄せなかった理由がわかる。しかしマノンは、つまらぬ嫉妬をする男にリーシェを得る資格はないと言っているのだ。

 はぁ~と大きなため息を吐き、ルーファスはネックレスを箱に戻した。

 暫し時が過ぎ、よし、と気合を入れる。

 ルーファスは決意した。


 遊び人の王弟と違い、ルーファスは女に慣れていなかった。早くから婚約者のいた兄たちのように、特別な女性に贈り物をしたこともない。

 ルーファスは悩んだ末、十二本のバラを用意した。プロポーズをするのに「愛」の花言葉と「私の妻になって欲しい」という意味を十二の数に込めた花束が、やはり一番しっくりときた。


 その日、ルーファスは自分の別邸にリーシェをディナーに招待した。

 食事が終わり二人きりになると、恭しく花束を差し出す。


「リーシェ、私と結婚して欲しい。間もなく私はラングレー公爵の後を継ぐ。出来れば君の後見人ではなく、夫として共にありたいと思う」


 急なプロポーズにリーシェは戸惑った様子で、目を泳がせた。震える唇でどうにか言葉を紡ぎだそうとしている。


「殿下、私……私は…………」


「君に忘れられない人がいるのは知っている。それでもどうか、この手を取って貰えないだろうか」


 ルーファスは胸のポケットから、あのムーンストーンのネックレスの入った箱を取り出し蓋を開けた。

 リーシェは目を見開き、やがて一筋の涙が伝った。わななく手でネックレスに手を伸ばし、大切そうに胸に抱く。


「ああ……殿下……ありがとう……ございます…………」


 彼女の感涙が鎮まるのを、ルーファスは辛抱強く待った。

 暫くするとリーシェはまだ少し震える手で花束を受け取り、一本のバラを引き抜くとルーファスの胸元に挿す。イエスの合図だ。


「リーシェ……!」


 感極まってリーシェを抱きしめる。

 ルーファスは重なる甘い唇に酔いしれ、歯止めが利かなくなった。



 翌日、診察に来たドーソン医師は、ルーファスの前で眉をひそめた。


「魔力切れですね。心の乱れは魔力の乱れ。何かショックなことでもありましたか?」


「いえ、結婚が決まりました」


「そりゃめでたい。以前診た患者は失恋のショックで魔力切れでしたからな」


 ドーソン医師はハハハと笑い、ルーファスは赤面しながらベッドからだるい体を起こす。

 この時の彼には、その患者と自分の共通点などわかるはずもなく、それがこれから起こる禍事の前触れだとは予想もつかなかった。


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