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7 エドメ・ダンビエの誰にも言えなかった恋

本日二回目の投稿となります。

 エドメ・ダンビエは新進の画家である。北の村の孤児院で育ち、あの頃はまだエドという名前で、内気な少年は絵を描くことが唯一の楽しみだった。

 その絵が豪商の主人の目に留まり、養子として引き取られたのは奇跡に近い。

 なぜなら、こんな僻地の孤児院に豪商がやって来ることなど滅多にないからだ。

 これは同じ孤児院のマノンのお陰でもある。皆の姉的存在である彼女は、当時まだ十五歳に満たない少女だったが、男に取り入るのがめっぽう上手かった。

 魅了魔法でも使っているのではないかと疑いたくなるほど、狙った男が次々と骨抜きになる。

 その主人もマノンのいる孤児院を何かと気にかけ、食料やら本やら多くの物を寄付してくれた。

 画材もそのうちの一つだ。エドメは心置きなく自由に絵を描くことが出来た。


「エドには才能があるわ」


 その一言でダンビエ商会の主人は、頑として孤児院を出ようとしないマノンの代わりにエドを引き取り、エドメという名を与えた。


「なんとなく画家らしい名前だろう?」


 そう言ってガハハと豪快に笑い、留学までさせてくれたのだ。

 そんな養父のため、何よりチャンスをくれたマノンのためにも頑張らねばならない。エドメは恩に報いようとひたすら精進してきた。

 ダンビエ家が男爵位を授与されていたので、エドメは貴族の通う学校に留学できた。幸いにも侯爵家令息に気に入られ、エドメの絵は社交界に口コミで広がっていった。

 ある貴族がエドメの絵を王妃に贈ったことから、友好国である母国の王妃へと繋がり、恐れ多くも肖像画を描くことになった。その絵を気に入った王弟からも注文が入る。

 とんとん拍子に道が開けていくことに嬉しさと恐怖心を感じながら、エドメは指定された高級アパートメントに足を踏み入れた。まさかマノンに再会できるとは思わずに。


「まあ! エドじゃないの。すっかり立派になって」


 懐かしい邂逅にマノンは驚嘆した。

 しかし、びっくりしたのはエドメの方である。てっきり王弟の奥方の肖像画の依頼かと思っていたら、実は愛人の肖像画で、その愛人がマノンだったのだ。

 

「リーシェを追って王都にやって来たのよ」


 数十年ぶりに誕生した平民の聖女のことは、留学先にも届いていた。

 エドメの脳裏にリーシェのエメラルドグリーン瞳が蘇り、ドキンと胸が跳ねた。


「エドは、絵がうまいのね。キラキラしてて、なんだかとても、すきよ」


 自分の絵を褒めてくれた初めての人だった。「すきよ」と柔らかく微笑む少女の顔が見たくて、次々と絵を描いた。それからエドメは絵を描くことが好きになったのだ。

 きっとリーシェは初恋の人だったのだと思う。淡い思慕と憧れ。それを伝えようとしたことはない。

 彼女の隣には、いつもアランがいたからだ。周りから見ても、二人の間には割って入れない特別な何かがあった。だが、そのアランも、もういない。

 それでもエドは想いを伝えるつもりはない。過去の恋心を蒸し返す趣味はないし、聞けば公爵様の恋人だという。到底自分が敵う相手ではない。

 孤児としては破格の出世だとエドメは自分を評していたが、二人は遥かその上をいっている。

 片や聖女で勝利の女神、もう一人は王弟が溺愛する愛人。しかも妻にと請われて断る大胆不敵さ。所詮、自分は小物なのだ。


 お互いの近況を報告し合いながら、エドメはマノンの顔をスケッチする。宵闇の黒髪、黄金色の瞳、艶のある赤くて厚い唇。眉からは意志の強さが感じられる。

 異性と二人きりにならないように監視の侍女と騎士が付き添っている。彼らに誤解を与えないように当たり障りのない会話が続く。

 エドメはこういう場面には慣れている。余計なことはしゃべらず、見聞きしたことは他所に漏らさない。それが信用に繋がる。貴族相手に商売するなら、絵の巧みさよりも大事なことだ。


「つまらないわね」


 黙って筆を動かすエドメに辟易したのか、暫くすると苛立ちながらマノンは呟く。困惑する周りをよそにパチンと指を鳴らすと、侍女と騎士は立ったまま眠ってしまった。マノンはニヤリと笑う。


「これでいいわ。お目付け役がいたんじゃ、おしゃべりも出来ない」


「これは……魔法?」


 マノンが魔法持ちであるなどとは聞いたことがなく、エドメは仰天した。 


「まあ、似たようなものね。ここで見聞きしたことは秘密よ」


「もちろん、誰にも言いませんよ」


 口止めされなくともエドメはそのつもりだ。特に恩人であるマノンの不利になる事など、世界が滅亡したって漏らさない。


「ならいいわ。エドはこれが終わったら、留学先に戻るの?」


「そのつもりです。学院はとっくに卒業しているのですが、請け負った仕事がいくつか残っているのでそれが終わるまでは」


「そう、それがいいわね。リーシェに会いたい?」


「会いたい気持ちもありますが、会わなくてもいいかな、と」


「おや、まあ! エドはリーシェが好きだったのではなくて?」


 秘めた想いをマノンが知っていたので、エドメは苦笑するしかない。


「昔の話ですよ。子供の頃の懐かしい思い出です」


「なら、大丈夫ね。なにせこの数か月で、リーシェで人生を狂わせた男が立て続けに二人もいたから心配で」


「人生を狂わせた」のがマノンではなくリーシェであることに意表を突かれた。エドメが目を瞬かせているとマノンは蠱惑的に微笑む。

 ほら、この妖艶さに皆、堕ちてゆくのだ。


()()()()()あの子の魔性は天性だから、狙った獲物だけ撃ち落とす器用な真似は出来ないの。巻き込まれないように気を付けなさい。一人は公爵家を廃嫡され、もう一人は将来有望な近衛の隊長だったのに、急に退役して辺境伯の縁者の婿に入ったわ。あなたに警告したかったの」


 何があったのかはわからないが、せっかく教えてくれたのだから従うことにする。


「巻き込まれるも何もリーシェは公爵様の恋人なのでしょう? 私が出る幕はありませんよ」


「でも二人は巻き込まれたわ。それにリーシェはまだ独身。今、縁談の話が進んでるの」


「その公爵様とでしょう? やっと幸せになるんだ。めでたいことじゃないですか」


「あら違うわよ? 縁談の相手はラングレー公爵じゃない。この国の第三王子だわ」


「えっ?!」


 驚きでエドメの手が止まった。それを見たマノンがますます悪戯っぽい笑みを深くする。


「ね? もう一波乱起きそうな気がするでしょ」


 確かに。しかし、なぜわざわざ第三王子は他人の恋人であるリーシェを妻に迎えるのか。聖女とはいえ元は平民である。王族ならば、条件の良い令嬢は他にたくさんいるだろう。


「第三王子の相手は、最近引退した侯爵家の聖女が第一候補だったのよ。一人娘だから結婚して侯爵家を継ぐという見方が有力だったの。だけど肝心の王子が乗り気じゃなかったのよね」


「まさか……リーシェ?」


「ご名答。王子は戦場で偶然目にした平民の聖女がお好きだったのよ。ラングレー公爵は恋人と噂されるけど、形式上は後見人。それもあってリーシェへ縁談の申し込みは未だに多いの。つまり、王子が表立って求婚するには何も障害がない。今まで公爵に遠慮して言い出せなかっただけで」


「それをなぜ今さら」


「きっかけはラングレー公爵の息子が廃嫡になったことね。他に子どものいない公爵は跡継ぎを親戚からとることにしたの」


「それが第三王子ですか」


「そう。臣に下るなら侯爵より公爵の方がいいでしょ。しかもラングレー家はリーシェの後見だもの。もっと言えば後見人より夫である方が自然だわ」


「だからと言って公爵様がリーシェを手放すとは思えませんが。それにリーシェは? 本人は何と言っているんです? まさか無理矢理………」


 エドメの中にリーシェの意志が蔑ろにされているのではないかという焦りと怒りが込み上げる。思わす語気を強めるが、マノンは余裕の笑みだ。


「それは私が許さないわ。今回のことはリーシェの意志よ。安心して」


 その力強い物言いにエドメは勢いを失った。


「リーシェの一番はアランよ。公爵でも王子でもないわ、アラン以外は誰でも同じなのよ、あの子にとって」


 抜け殻だ、とマノンは案じる。

 誰でもいいなら自分でもいいのではと、つい考えてしまいたくなるのを、エドメは慌てて打ち消した。危ない、危ない。

 心を鎮めて再び筆を持った手を動かし始める。これは夫人同士の茶飲み話のようなものだ。いちいち気にしていてはだめなのだ。


「そういえばマノンねえさんは、昔からリーシェを可愛がっていましたよね」


 取りとめのない会話に戻る。マノンはエドメの意図を察してつまらなそうに肩をすくめる。


「そうね、リーシェは私にとって()()よ。あの子のために私は男たちに取り入って多くの寄付をさせて、孤児院の生活向上に努めてきたわ」


「王都へも彼女を追って来たと言ってましたよね」


「ええ、彼女の役に立つために、王弟の愛人におさまったわ。彼は権力があるし、国王より身軽で言いなりに出来るから」


 段々と得体のしれない方向に話が進んでいるとエドメは感じた。せっかく話題を変えたのに、マノンは逃してくれないようだ。


「まさか、私をダンビエ商会に紹介したのも……」


「もちろん、リーシェがあなたの絵を気に入っていたからよ。私に絵なんてわかるわけないもの」


「あの……」


「あ、誤解しないでね。私の恋愛対象は男性よ」


「あんまり人を揶揄うのは止めてください」


 ケラケラと笑うマノンにエドメはため息を吐く。彼女はきっと遊んでいるのだ。体のいい暇つぶし。よくあることだ。


 継続的に同じような逢瀬が何度かあった。マノンが指を鳴らすとお目付け役たちは眠り、起きると眠ったことすら忘れている。そのうちリーシェも仲間に加わった。

 エドメが筆をとる間、マノンと他愛ないおしゃべりをして、リーシェはソファで寛ぎながら鼻歌混じりの歌声で、アプリコット酒を飲んでいる。この国の(ことば)ではない不思議な旋律。


「昔、母親が良く歌っていたの」


 孤児であるリーシェに母親の記憶があることを、この時のエドメは怪しむことなくやり過ごした。

 それよりも大人の女性になったリーシェが、昔と変わらない笑顔で「すきよ」とエドの絵を褒める追憶に胸がいっぱいだったのだ。


「エドにはしゃべり過ぎちゃったわね」


 最後の日、マノンはペロッと舌を出しておどけた。

 そして青い蝶がしきりにマノンの黒髪にまとわりつくのを手で払いながら「きっとエドは名のある画家になれるわ。国立美術館に飾られるような」と励ます。エドメは心強かった。


「さようなら」


 リーシェから別れを告げられた時、もう二度と会えないと確信した。

 それなのに自分に絵という道を与えてくれた人に伝えられたのは、こんな月並みな言葉だけだ。 

   

「お元気で」

  

 エドメは誰にも言えなかった初恋が、ようやく終わるのを感じた。


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