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6 騎兵隊長ヒースは傍観したい

 人が恋に落ちる瞬間を初めて見た。

 それが自分の上司であり、尊敬する騎士団長であり、堅物と名高い公爵であったことが、隊長ヒースが平民の聖女リーシェに興味を持った切っ掛けだった。


「どうかブラッドと呼んでください」


 聖女保護のため北の村に到着した団長は、騎士らしく聖女の前に跪いた。耳が赤くなっている。優しく見つめる瞳。

 何より彼がブラッドと名前呼びを許しているのは、幼馴染である国王と王弟くらいのものだとヒースは知っている。

 ブラッド・ラングレー公爵は前王妹を母に持つ尊き血筋だ。貴族なら誰でも気安く近づけるという訳ではない。


「…………団長も男だったんですね」


 ヒースがこんな軽口を叩けるのは、軍の上司と部下として築き上げた信頼関係のなせる業だ。

 自分の娘と言っても通る年の差だと団長は否定するが、四十路に近いとは思えないほど若々しく、女性に人気がある。卑下する理由にはなるまい。


 だが、リーシェが教会を抜け出し恋人の腕の中で泣いているのを見て、これで団長の恋は終わったな、とヒースは内心哀れんだ。

 

「どうして私が聖女なんですか…………どうして…………」


 彼女を教会まで送る道すがら、涙声で訴える姿が不憫だった。だがどうすることも出来ない。


「ほら、今日は夜空が綺麗ですよ」


 満天の星と青い月を見上げながら、そう声を掛けるのがヒースの精いっぱいだ。

 コクリと頷くリーシェの首に、ネックレスが無くなっていることに気づいた。落としたのだと思い、この時のヒースは深く考えなかった。


 翌日、あの恋人からリーシェを奪うように、急いでサシェの街まで足を進めた。そんな団長らしからぬ行動にヒースは驚いた。

 たしかに村は辺境に近く、早めに離脱するに越したことはない。しかし今までの団長ならば、休むことも大切だと十分な休息を与えていただろう。

 これは本気なのだなとヒースは思い、片時も離れずリーシェの世話を焼く団長を眺めていた。


 王都が勤務地である近衛騎士団に所属するヒースにとって、人一人迎えに行くだけのこの任務は、面倒で退屈なものだった。

 だが、恋に必死な団長の姿を見られただけでも、ここへ来た甲斐があったというものだ。



 隣国とのきな臭さが現実となった後、ヒースは王都を離れることはなかったが、噂はいろいろと耳にした。


 団長が後見人と警護の任を無理矢理もぎ取り、リーシェと戦場を巡ったこと。

 両者の勝敗を決した北の砦の戦いでリーシェの恋人が亡くなったこと。

 その原因が、今目の前で一緒に酒を飲んでいる団長の息子デイヴィットのミスであること。

 王弟が彼の失態をもみ消したこと。

 そのもみ消しに彼の妻エミリアの実家が尽力したこと。

 リーシェが引退する頃、団長の恋が実ったこと。

 公爵邸を出たリーシェが、王弟主催のサロンで接待役として働いていること。


 中には公になっていない情報もあるが、よくわからないのは暗い顔をしてため息を吐くデイヴィットである。

 ヒースは火炎魔法の使い手で、魔力量が多く火炎攻撃が可能であるため、若いながらも近衛の精鋭である騎兵隊の隊長を務めている。

 伯爵家の三男である彼は、貴族が通う王立学園でデイヴィットと出会い、魔法持ち同士気が合った。


「で、今度は何をやらかして謹慎中なわけ?」


 デイヴィットが外に出られないので、『火と風魔法の相乗効果と戦略の研究』と適当なお題をでっちあげ、勉強会と称してヒースは公爵邸に押し掛けていた。


 この数か月、彼と平民の元聖女の良くない噂が広がっていた。

「平民の元聖女に執心している」「屋敷の中で二人きりになりたがる」「わざわざ彼女の好物を買って帰る」といったような。


 デイヴィットはグラスに残ったワインを一口で飲み干す。


「エミリアと離婚した」


「は? まさか父親殿の女に手を出したんじゃないだろうな?!」


「ち、違うっ! 手なんて出してない。けど…………」


「けど?」


「バレてた。彼女に対する気持ちを」


「ということは噂は本当だった訳か。そりゃ奥方も気の毒に。社交界じゃいたたまれなかっただろう」


「…………」


 デイヴィットは黙って俯いてしまった。唇を嚙みしめている。


「でも不貞を働いたわけじゃないんだろ? 彼女は屋敷を出たんだし、奥方と関係修復は出来なかったのかい」


 まあ、出来なかったからこういう結果なのだろうが、エミリアが簡単に離婚をするタイプに見えなかっただけに意外だった。


「しばらく王宮の宿舎に寝泊まりして、ほとんど帰らなかったから」


 彼はボソリと答える。

 つまりこういう事らしい。失恋に耐えられず奥方をほったらかしにした挙句、屋敷のことも任せっぱなしだった。事態収束のため社交場で仲睦まじさをアピールしようにも肝心の夫はいない。その結果、世間がエミリアへ向ける目は「夫に見向きもされない公爵家の嫁」「夫を元聖女に奪われた哀れな妻」だ。

 ヒースはエミリアに同情した。軍規違反を庇った礼がこの仕打ちでは、奥方の実家も怒り心頭だろう。


「お前、奥方には恩義があったはずだろう? 一生大事にするんじゃなかったのか」


「そのつもりだった。けど、彼女に償いたい気持ちもあって、気がついたらこうなってた」


 ああ、なるほど。それが好物をわざわざ買いに行くとかそういう話になるわけか。

 もっと上手くやればよいものを、素直すぎるというか裏表がないというか。

 しかしヒースは、デイヴィットのこういうところは嫌いじゃない。貴族としては愚鈍だが、なぜか憎めない人の好さがあった。


「まあ、過ぎたことは仕方ないさ。お前も公爵家の嫡男なんだから、そのうち良い縁談が山のように舞い込むだろうよ」


 励ましたつもりだったが、デイヴィットはますます肩を落とした。


「廃嫡になった」


「はあ?」


「これ以上の失態は許さないと警告されていた。今回のことで次期当主に相応しくないと判断されたんだ。でもそれはいいんだ。勘当されたわけじゃないし、魔法持ちだから、この先、食うには困らないだろう」


「そうか」


「それより……それよりも、俺はあの二人を傷つけただけで、結局、誰のことも幸せに出来なかったんだな」


 口惜しそうに呟く友を見る。

 ああ、やっぱり、こいつは憎めないやつなのだと、ヒースは思うのだった。


 

 ヒースはいつも傍観者だ。


 団長の恋する瞬間を。

 友の失恋を。

 聖女の別れを。

 涙を。

 満天の星を。


 それなのに、いったいどうなっている?


 リーシェを抱いて目覚めてみれば、いつの間にか自分もその渦中に巻き込まれていると知る。しどけなく眠る彼女の首筋からアプリコットの香りが微かに漂い、ヒースはおぼろげながら記憶を呼び起こす。


 そうだ。街で見かけた団長を興味本位で後を付けたのだ。行先はすぐにわかった。王弟のサロンだ。

 団長はすぐ隣の彼女のアパートメントへ迎えに行ってから、一緒にサロンへ入っていった。

 なんだ、とヒースはつまらなく感じた。

 そのサロンは紹介者もなく、跡取りでもない伯爵の息子風情(ふぜい)が出入りできるような場所ではなかった。


 シンプルで光沢のある上品なドレスに身を包み、団長の隣を歩くリーシェは、すっかり大人の女性になっていた。

 ヒースの記憶にある痩せすぎていた頃の彼女より、幾分ふっくらして健やかな印象を受ける。

 綺麗になったとヒースは素直に感心し、見惚れた。だが、団長の恋人である。

 急に馬鹿々々しくなり、もう帰ろうと身を翻すとリーシェが小走りに出てきた。急いでいるようだ。すれ違いざまに目が合う。

 このまま行ってしまうと思われたが、リーシェは足を止めた。


「ヒース……さん?」


 よもやあの時の一介の騎士を憶えているとは思わなかった。しかもリーシェは懐かしいと喜び、サロンの中へヒースを引っ張っていったのだ。

 紹介がないと遠慮するのを「私がいるのだから大丈夫よ」と一蹴して。

 ヒースを団長と同じ席に着かせると、リーシェは(せわ)しげに忘れ物を取りに出て行った。


「今、そこで偶然お会いしたものですから。…………すみません」


 まさか尾行したとも言えず、ヒースはなんとも居心地が悪い。


「いや、構わないよ。どうせすぐに発たなきゃならん。申し訳ないが、帰りにリーシェを送ってやってくれないか」


 すぐ隣なので送るほどの距離でもないが、ヒースは了承する。

 リーシェが戻るのを待って、団長は王宮に向かうために出て行った。

 残されたヒースは二人きりになると、しげしげとリーシェを眺めた。

 上司と友を虜にした女だ。蜂蜜色の髪、エメラルドの瞳、艶やかな唇。手にするアプリコット酒のグラスからは甘酸っぱい香り。


「そんなに見られると恥ずかしいわ」


 ヒースの視線にリーシェは照れて下を向いた。

 不躾であったことを恥じ入り、体温が上がる。ヒースは慌てて酒を煽った。

 それからは何を話したのか、あまり覚えていない。しかし、きちんと彼女を送り届けた。


「頼れるのは、あなただけなの」


 そう請われてヒースは部屋に通された。

 ネックレスを探してほしい、と彼女は言う。

 かつて恋人に預けたムーンストーンのネックレス。

 こんなことは誰にも言えない、たとえ公爵にも、と。


 あれは落としたわけではなかったのだ。

 北の砦の戦いの直後、彼女と団長に急な帰還命令が出た。デイヴィットの失態のせいだ。

 恋人の遺品すら受け取れなかったのかと、リーシェの心情を思いヒースの胸は締め付けられた。

 ()()団長にも言えない秘密の願い。

 叶えられるのは自分()()

 淡い優越感に酔う。

 涙で潤む緑の瞳が、あの日、北の地で見た泣き顔と重なった。

 込み上げる愛おしさに、ヒースは堕ちてゆく。

 気づけば彼女を抱きしめていた。



「今夜のことは、すべて忘れてください」


 ゆっくりと起き上がるリーシェから伏し目がちに告げられ、ヒースは頭を殴られたような激しい衝撃を受けた。

 忘れたくないのだ。

 だが、自分にはそれを望む資格すらない。

 ヒースは痛みを抱えたまま、フラフラと夜明け前の部屋を後にした。


 翌日、どうにも具合が悪く、ドーソン医師の診察を受ける。


「魔力切れだね。まるで吸われたように綺麗さっぱりと。まあ、若いし休めば戻るだろうけど、心の乱れは魔力の乱れだよ。何かショックなことでもあったのかい?」


 決まりが悪く黙っていると、察したように肩をポンと叩かれた。


「ま、若いうちはいろいろあるからね」


 回復するまで暫く休みが取れたので、ヒースはあのネックレスを探しに行くことにした。

 リーシェのために自分が出来る唯一のこと。

 成し遂げたら、一区切りつけられそうな気がする。

 それが済んだら、親の勧める見合いを真面目に考えてみようか。

 ヒースにはそれが傍観者に戻れるたった一つの方法のような気がした。


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