水撒き
帰宅するとき、アパートの前の石階段が濡れているのに気が付く。
――え、なんでここだけ濡れているの・・・。
その答えはすぐに分かった。階段の上の方でバシャン、バシャンと水が落ちる音がする。
気になって階段を上がってみると、腰の曲がったおばあさんが柄杓で水を撒いていた。
――夏ならまだしも、なんで、この寒い時期に水撒き?
疑問に思って聞こうとしたが、やめておいた。
近づいたときに、何やらぼそぼそとつぶやいている声が聞こえたからだ。
「くそっ。死んでしまえ。くそっ。死んでしまえ。くそっ。死んでしまえ・・・。」
怪しすぎる。絶対に関わらない方がいい。僕は見なかったふりをしてアパートの部屋へと帰っていった。
その翌日。
けたたましいサイレン音で目が覚めた。
何事かと思って部屋から飛び出すと、救急車が来ていた。
アパート前に集う野次馬の話を聞いていると、どうやら石階段から転げ落ちていた人がいたらしい。
「なんでここの場所だけ氷が張っているんだろう?」
集った皆が、同じ疑問を抱いていた。・・・僕を除いて。
その時、どこからか視線を感じた。
アパートの一室。カーテンの隙間からニヤついた顔が覗いている。
あの、おばあさんだ。
読んでいただき、ありがとうございました。