第49話 もっと、強くなりたい
「監督」
愛衣が口を開いた。
「なんだい?」
圭吾が柔らかく問い返す。
「練習のレベルを上げたいのですが。このままではあまりにも差がありすぎて、相手になりませんよね?」
練習内容は主将を交代した時点で監督たちを交えて決めた。以前より厳しいものになったとは思っていたが、まだまだ足りない。
部内で一番強い自分が軽くやっつけられたのだ。もっとレベルアップをしないと緋色の相手にはなれない。
全国を目指す。
実現不可能ではない、明確な目標ができたのだ。このままではだめだと、焦りがつのる。
「うーん。気持ちはわかるけど」
圭吾は愛衣の提案に難色を示した。腕組みをしてしばらく考える。レベルを上げようと思えばいくらでも上げられる。が、一足飛びで実力が身に付くわけではない。
「今回考えたのも以前に比べたら、レベルが高いものだと思うし。さらにレベルを上げても体に負担がかかるんじゃないかな?」
はやく強くなりたいとはやる気持ちを察し、圭吾は注意を促す。急激なレベルアップは故障にもつながる。
「わたしも監督に賛成。緋色を見れば焦る気持ちはわかるけど。彼女がいれば全国が狙える。だから自分たちも強くなりたいってね」
香織は愛衣と同じ立場ならそう思ったであろうことを口にする。
「だったら」
なおも言いつのろうとする愛衣に、
「強くなりたいんです。このままでは全国には行けない」
千里がさらに加勢するようにいった。
「そうです」
あとの二人も愛衣に賛成する。
四人から身を乗り出すように詰め寄られた圭吾は、思わず身を引くように体をのけぞらせた。彼女達の熱い気持ちが伝わってくる。南が言った通りだった。向上心が人一倍強い。
鍛えがいはありそうだ。四人はその情熱のまま熱い瞳で真剣な表情で圭吾を見つめている。圭吾は一人一人を見ながら、相変わらず柔らかい声音で諭すよう言った。
「おれもこのままでいいとは思っていないよ。有り体に言えば、レベルアップには賛成する」
ただし、と付け加える。一呼吸おいてから、
「夏休みまでは今のままでいこう。その代わり、体を作るために体幹や体力をつけるための基礎トレーニングを増やす。そして夏休みに入ったらもう少し練習のレベルを上げる」
という提案をした。理性的で的確な判断で反対する余地もない。
わかってはいたのだ、理屈でも無理があるのは。力というものは一朝一夕に身につくものではない。一日一日の積み重ねが大事なのだ。
過度に練習を増やしたとしても強くなるわけでもない。わかっていても言わずにはいられなかったのだ。緋色との実力の差を見せつけられて。
愛衣は千里たちと顔を見合わせるとアイコンタクト。みんな異存はないようだった。
(もう少し揉めるかと思ったけど。愛衣たちも案外素直に従ったし。若いし、初監督だし、しどろもどろになってお話にならないかと思ったのに)
実はそういうところが見たかったのだ。
期待していたのに、そうしたら私が颯爽と助け船を出すつもりでいたのにな……残念!
面白い場面を見逃した時のように、心の中でがっくりと肩を落とした。
でもまあ、残念ではあるけれど、と一言付け加えてから思い直す。
女子の場合は感情が先に立ち、感覚的にものを見て考えがちだから、その気持ちを汲んで、なおかつ望む通りに彼女たちの要求をのむ。というやり方はうまいと思う。
拍手とともにお見事! と合いの手でも入れたくなるほどだ。こういう人だったのかと一人ごちる。
香織たちの通う大学と圭吾の出身大学のバドミントン部は、仲が良く交流試合をよくやっていた。そのあとの合コンを兼ねた飲み会が目的ではあったのだが。
圭吾は四年生だったのであまり話したことはなかったが、顔だけは知っていた。ここで会って優太と共にお互いにびっくりしたのだ。
優太は一連のやりとりを聞きながら別の事を思っていた。
これは、亮が意図していたものだろうかと。
初めて見た時の彼女と、大事そうに抱きしめていた亮の姿。今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。忘れられない。
亮はいったい何を思っていたのだろう。




