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あの日の夏はまだ終わらない  作者: きさらぎ
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第42話 密談

「里花ちゃん、遅くに呼び出してごめんね」


 晃希はすまなさそうに謝りながら里花を部屋へと案内した。

 三つのソファとテーブル飾り棚が一つ設えてある簡素な八畳ほどの洋室。 みんなで集まるときに使う部屋だ。

 里花はいつも通り部活に出てそのあとこちらにやってきた。八時に近い。通常なら藤と佐々もいるのだが、インターハイ前で、遅くまで練習があるので今日は一人だ。


「何かあったんですか?」


 里花はすっかり定位置となっている一人がけのソファに座り、晃希に聞いた。晃希は三人用のソファの真ん中に座っている。


「うん。翔の事なんだけど……」


 晃希は言いにくそうに口を開いた。


「ああ。もしかして、ユッキーに怒鳴り込んでいったって話ですか?」


「……知ってたんだ?!」


 里花にあっさりといわれて、晃希はちょっと拍子抜けしたようにどっとソファの背に体を預けた。

 大胆なことをやらかした翔の事を言っておかなければと思い、里花を呼び出したのだ。バドミントン部に関係することだし、何よりも発端は緋色だ。

 いつもそばにいる里花には知っておいてもらいたいと思ったのだ。何の連絡もなかったからてっきり知らないと思っていた。


「藤と佐々から聞きましたよ。それで部内の男子達の間でもかなり盛り上がっていたという話で、翔がユッキーに何を言ったかまでは伝わってないみたいですけどね」


 彼らの話を聞いてあいつならやりかねないと妙に納得してしまった。晃希のいる教室で起こったことだから事情を知っているだろうし、わざわざいうことでもないと思っていたのだ。

 今のところ、翔たちの事はクラスには流れてきていない。だからそう心配することもないだろうと思っていた。


 晃希にしてみれば、自分の目の前で起こったこと、しかも相手は幼なじみで親友となれば心配するのも当たり前の事だろう。一言メールしとけばよかったかなと反省する。こうやって会うことには変わりはなかっただろうけど。


「たぶんユッキーは意味わかってないと思うよ。しきりに頭をひねって混乱した顔していたからね」


 緋色に近づくなと、今まで何の面識もない翔に言われても寝耳に水で何のことかわからないだろう。助けを求めるように晃希の方を見ている裕幸にも、事情を知りたそうな龍生にも、気づいていたが、こちらもうまい言い訳も説明も出来ないから完璧無視をした。


「まったく、猪突猛進というか、短気というか……」


 家に帰った緋色に直接関わった翔としては、裕幸の事は許せないことだったのだろう。みんな緋色に弱い。わかっていたことだけれども……

 里花は思案するように天井を仰いだ。


 緋色の事になると途端に目の色が変わる。緋色には誰も近寄らせたくないのだろうが、それは子どもじみた嫉妬だ。わたしたちの中で一番大人のような顔をしているくせに。


 わたしのこともそう思っていたからね。

 緋色に初めてできた女友達なんだから歓迎してくれてもいいものを……

 毎回、翔たちと遊んでいる緋色を連れ出すたびにわたしのことを睨むんだから。その頃のわたしは、さながら王子さまのもとから姫君をさらう、悪魔のように見えていたのかもね。


 翔はわたしのことを呼び捨てにする。晃希さんみたいにちゃんづけはしない。藤と佐々みたいに友達だからというわけではない。だからわたしも翔と呼ぶ。


「緋色に関してだけね」


 晃希が仕方ないという顔で付け加える。


「あんまり事を大きくしないで欲しいんですけどね。特進の遠野っていったら、有名人みたいですし。成績は毎回トップで、全国模試でもトップ10に入っているとか。先生も生徒も一目置いているという」


「よく知っているね」


 感心したように晃希がいう。


「うわさは時々……」


 中間テストも終わり、新入生たちも学校に慣れてきた頃で周りを見る余裕も出てくる。そうすると、いろいろな人のうわさが耳に入ってくるのだ。翔もその一人だった。


 特に成績の事ではみんな敏感なのだ。それを聞いたクラスメート達は羨望の眼差しをしていた。

 里花は成績が貼り出された日、一人で翔の成績を確認してきたのだ。頭がいいとは知っていたのだが、一番だとは思っていなかった。


 翔はそんなことを自慢するような奴ではないし、こちらも聞いたことはなかった。うわさには尾ひれがつくもの。だからまさかそこまではないだろうと話半分に聞いていたのだが、単なるうわさではなく事実か。全国トップ10。


(負けられないじゃないの) 


 時折、里花の負けず嫌いが顔を出す。でも今はそんなこと思っている場合ではない。話を元に戻す。


「晃希さんのクラスではどうなんですか?」


「ほとんどの部活が朝練してるからね。教室には数えるくらいしかいなかったハズなんだけど、すごかったよ。ああ、バド部の連中が特に。あいつら普段でも結構騒がしいし、ユッキーと翔といえば今までにない珍しい組み合わせだし、しかも翔の方が一方的にけんか腰だったし。バド部が面白がるのも無理ないかも。あのあとも散々からかわれていたからね。藤と佐々が知っていても不思議はないか」


 お互いが有名人で険悪なムードなのは見ていてわかったろうし。


 校内で会っても声をかけるな、会っても知らないふりをしろ、と中学の時から翔に言われてきたから、その通りにしているけど。

 自分から飛び込んで注目集めてどうするのよって感じ。バド部の中では確実に今までより知名度上がったわよね。


「藤と佐々も呆れただろうね」


「呆れるというか、あいつらも同じことやっちゃったんで、何も言えませんでしたよ」


「はっ? 藤も佐々も?」


 目を思いっ切り見開いて、信じられないように晃希が聞いた。


「はい。同じことをやっちゃったみたいです」


 こくんと頷く里花に落胆したように晃希は言葉を失った。


 藤と佐々は冷静に対処できると思っていたのだが、直情的なのは翔ばかりではなかったみたいだ。彼らも時にはタカが外れるらしい。


「今さらなかったことにはできないですしね」


 冷徹な里花の声。

 こういう時は理性的な者もいなくては、直情者ばかりいても話はまとまらない。


「ユッキー自身は案外こだわっていないみたいだから、そこが救いかな……しばらくは静観してた方がいいかな?」


「ユッキーの能天気さに救われるというのも変な感じですけど。それがいいでしょうね。過剰反応はかえって変なうわさの元になりかねないから。藤と佐々にも再度確認して言っておきます。気持ちは翔と同じでしょうから。わたしもですけどね」


 そう結論づけると里花は立ち上がった。


「帰る?」


「はい」


「緋色には? 会っていく?」


「いえ。もう遅いですし。ゆっくり休ませた方がいいでしょう? また来ますから」


 九時近くになっているし、もともと緋色に会いに来たわけではなかったから断った。


 晃希もそれ以上は何も言わなかった。


 昨日の今日で少なからず動揺している緋色の事を思いやった言葉だと思った。

 緋色はいい友達に恵まれたなと思う。里花にしても、藤や佐々にしても、亮兄の亡くなった後、緋色を支えてくれたのは彼女たちだ。


 おれと翔だけだったら、こんなに早く緋色も元気にならなかっただろうと思う。今だってそうだ。きっとこれからも、緋色を支えてくれるんだろうと思う。晃希にとってそれがなにより心強かった。


 ドアノブに手をかけていた里花が、思いついたように立ち止まると振り返った。


「晃希さん。翔に言っといてもらえませんか?」


「?」


「もう少し大人になれと」


 里花のその言葉に晃希は一瞬目を点にしたかと思うと、盛大に笑い出した。

ひとしきり笑った後、目じりの涙を拭いながらいった。


「いいよ。いっとく」


 里花からの伝言はきっと翔の神経を逆なでするだろうが、仏頂面のままきっと何も言えないだろう翔の姿を思い浮かべた。


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